第313話 新たな力 ……いつの間に?
夜になると馬車は、街道脇の大きめの野営地に入っていった。フロリアは居心地の悪い馬車の中で寝た振りをしていたので、その目で見たわけではないが、セバスチャンによると野営地には、商人や冒険者と思しき格好をした人物が10数人ほど居て、それっぽい荷馬車も置かれていたとのこと。
「ただし、立ち居振る舞いや言葉使いなどを分析しますと、この近辺の商人や冒険者の一般的なものとは違いがございます。
どちらかと言えば、軍人・兵士の行動との共通点が多くなっております。
それに、1つの集団のみで野営地1つを占めていて、この馬車が入る前に他の交易隊が野営地に入ろうとしたのですが、力ずくで追い払っております。
野営地の全員がフロリア様を拉致した賊共の一味と思われます」
「それは随分、大掛かりね」
「それから、ご指示の通り、フライハイトブルクのアドリア様に書簡を届けました」
手紙中にはフロリア自身が筆を執ったと書いたが、さすがにそんな隙を与えるほど、この誘拐者達は呑気では無かった。
それで、セバスチャンが用意した手紙を、モンブランの眷属の鳶に託して届けて貰ったのだ。
「ああっ! そう言えば、私が自ら書いたってしちゃったけど、筆跡が違うと疑われないかしら」
今頃になって、筆跡問題に気がついたフロリアはちょっと焦って、疑念を口にした。、
「ご心配ありません。フロリア様の筆跡、文章の癖、良く間違われるスペルミスなどは完全に再現できております」
「え、キモい」
「……」
「あ、あの、セバスチャン。気を悪くしないで! へそを曲げないで」
慌ててフォローするフロリアだが、もちろんセバスチャンの人工人格は気を悪くしないし、フロリアのありとあらゆる点を調べ上げることを止めようとも思わなかった。
「と、とにかく、これでフライハイトブルク内のこいつらの仲間は一網打尽にできそうね」
「はい。アドリア様はもちろん、冒険者ギルドを通して、町の戦力も動くようでございます。程なく、攻撃が始まることでしょう」
そちらの方は、アドリア達に任せて、1人でも打ち漏らしが発生するようなら、セバスチャンが追跡して処理するように命じた。
「後はエンマの方ね」
「エンマ様達も監禁場所を特定しました」
衛星画像であたりを付けて、その周辺をねずみ達で虱潰しに調べたのだという。この世界ではフロリア以外の誰にも出来ない力技である。
「みんな、無事なの?」
「はい。エンマ様、ジュリエンヌ様、シモンヌ様が誘拐され、現在監禁されておりますが、生命の危険はございません。ただし、カプレ子爵家の男性従者は殺害されております」
「そう……。救出は出来る?」
「問題ありません。ただ、捕虜の方々の安全を担保するため、ねずみ型ロボットではなく別のロボットを使用したく存じます」
「別のロボット。また、何か作ったの? 今度は犬型?」
猫型だとトパーズが意識するのでちょっと困るな、と思っていたら、「人型でございます」という返事。
「……それって、見た目で人間と区別がつかないようなロボットってこと?」
「いいえ。ご主人さま方と見分けがつかないようなロボットの作成は、前のご主人さまであるガリレオ様から禁じられています。もちろん、フロリア様のお許しがあれば」
「だ、だめよ。それはガリレオさんの言いつけを守って」
「かしこまりました。今回作成したロボットは、2本足で直立して歩き、2本の腕で戦う人間の形をしているというだけで、私達と同じく見た目は金属製でございます」
「それなら良かった」
ガリレオ・ガリレイの禁止事項は人型ロボットの基地の外への派遣が含まれていたのだが、それはフロリアが良く判らぬままに解除してしまっていた。
すでに何度か実験を兼ねて、今回話題にしているロボットの派遣をしていたのだが、それをようやくフロリアに報告したのだ。
フロリアは、セバスチャンがけっこう独断専行しているのを気にしていたのだが、先日のさかな型ロボットをなし崩し的に受け入れてしまってから麻痺したようで、今回も簡単に承認してしまったのだ。
「ところでどんなロボットなの? 見た目が人間じゃなかったら、その監禁場所に行くまで目立つんじゃ?」
「あと、1時間ほどお待ちいただければ、日が落ちます。そのタイミングに合わせて、空中から乗り物で接近します。目標地点上空に到達した時点でパラシュートを使い、ロボット兵を落下させ、賊共を急襲します」
「それって、ええと、お兄ちゃんはなんて言っていたっけ? 乗り物って飛行機? で、落下傘兵を降下させるの?」
「ガリレオ様は空挺兵、降下猟兵と呼ばれていると仰っていました。ただ、ガリレオ様の構想では機動歩兵と呼んでおられたそうです」
「へー。格好良いネーミングだね。でも飛行機なんて何時作ったの? それに空から近づいたりしたらバレない?」
「正確には飛行機としてガリレオ様に教示頂いたものとは違いますが、その乗り物も機動歩兵も隠蔽魔法を施してあります。……無事に降下に成功したら、目標物を急襲し、敵を排除し、捕虜を奪還いたします」
セバスチャンの説明だととても簡単そうだが、実際、うまくやるのだろう。
「そして、奪還した捕虜の方々ですが、いかが致しましょうか? 基地にお連れするのが一番安全かと」
「うーん。基地のことは知られたくないなあ。ええと、監禁場所ってどのあたり? 今から、モンブランの眷属達が急いだら間に合う?」
「多少、作戦開始時間を遅らせれば、問題ありません」
「うまく行けば、モンブラン達が助けたって誤魔化せないかな。でも、ロボットを見られたら無理よね。……うん、方針は一番大事なのはエンマ達を無事に救出すること。その次がモンブラン達がやったようにごまかすこと。
もし、エンマ達が危険なようなら、ごまかすことを優先しなくても良いわ。最悪、ベルクヴェルク基地の事がバレちゃっても仕方ないわ」
「かしこまりました」
それからフロリアは、野営地の人々に気づかれないように、かなり離れた場所にモンブランを呼び出すと、セバスチャンから教えられた場所に急行するように指示した。
「え……。行きたくない? 大丈夫だよ。トパーズもいるし、私は安全だから心配しないで。うん。それじゃあせめて、眷属だけでも急行させて」
エンマは、彼女自身も従魔使いなので、モンブランならば何とか意思疎通ができそうなのだが、その眷属が相手となるとちょっと心許ない。
だけど、モンブランを説得するのには時間が掛かりそう。
仕方ない。眷属の中でも夜間でも動けるフクロウの種族に、エンマ達のところに行ってもらうことにした。
待っていて、エンマ。
もうすぐ、助け出すから。
***
「まだ、目を回してるまんまなのか?」
野営地に先乗りしていた、賊の仲間は馬車でフロリアと同乗してきた男の1人に聞いた。
「ああ。あの魔導具を使えば、いくら魔法使いだってイチコロだ。少佐のところに着くまで眠りっぱなしだ」
「意外と楽な仕事だったな。さすがは大帝様の遺物だ」
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