第312話 逆襲開始
アドリアは、まず半泣きで狼狽するモルガーナを、落ち着かせた。
「あんた達の判断は間違っちゃいないよ。家の者たちを守ってくれたんだからね。それにフィオはたしかに未成年だけど、ただの子供じゃない。魔法が底しれないってだけじゃなくて、本人の判断力やなんかも、あの年齢の子とは思えないところがあるし、それにトパーズも付いているんだ。きっと大丈夫さ」
アドリアはくれぐれも軽挙をしないようにモルガーナとソーニャに言い含めると、ルイーザにパーティホームを任せて、すぐに冒険者ギルドに行くことにしたのだった。
ただし、直接ギルドの建物に走っていく訳ではない。Sランクの花形冒険者であるアドリアが1人で焦っているような行動を取れば、色々な人間がそれを勘ぐる。
この世界でも、女性にたいする処女信仰のような考えは根強く残っている。市井に生きる庶民の中は割合に自由奔放な者もいるが、貴族階級ともなると子女の処女性はかなり重要視され、"好ましくない噂"が流れた貴族令嬢は良い縁談が来なくなる。
魔法使い、冒険者は、どちらかと言えば庶民よりなのだが、それでも目立つ美少女魔法使いともなれば、周囲の好奇の目は避けられない。
1人で拉致されて、一定の時間、敵の手中に落ちていたということが知れ渡れば、これから先のフロリアの人生にずっと暗い影を落とすことになるであろう。
現実にどうであったか、というのはあまり関係がない。
そういう噂を立てられたら"負け"なのである。
フロリアだけではない。先に身柄を拘束されたらしいエンマもそうであるし、エンマが守っている筈のジュリエンヌ・カプレ子爵令嬢に対する"世間の評判"も考えて行動しなければならない。
自らも女性であるだけに、アドリアはそうしたことには敏感で、事態をなるべく他人に知られないように処理することを重視したのだった。
***
「アドリア。いったい何事が起きてるんだね? 町中でドンパチは褒められないねえ」
アドリアが待つ部屋にようやく、1人の老婆がやってきた。
この大陸の多くの国に支部がおかれている冒険者ギルドの総元締め、国際冒険者ギルド連合会会長のマルセロである。
その生涯を通して、魔法なんかただの一度も使ったことなど無いが、並み居る魔法使いたちから畏怖と尊敬の念を持って見られているのであった。
人心掌握術にも長けているが、とにかく情報通で知らないことが無い、と言いたくなるほどで、今回もすでにマジックレディスのパーティホームでの異変を嗅ぎつけているのだった。
「自分でもよく分からないんですよ。そもそも、お相手が誰かも、はっきりしない始末で……。ただ、相手の狙いはもう判っています。フロリアですよ。しかも、もう狙いは半ば成功していて、フロリアを攫われています」
「何だって!! この婆さんに詳しく話しな!」
アドリアは現在、判っている限りの詳細を話した。
「ふうむ。その緊急の依頼ってのも、あんたとルイーザをパーティホームからおびき出すための罠だったんだろうね。それだけの仕込みをして、魔法使いを何人も用意するなんて、それこそ1つの国ぐらいのでかい組織がバックに居なきゃできないこと……。
しかも、随分と力技を使う……。
こんなやり方をしたら、フロリアの居所が知れれば、この自由都市連合が色々とねじ込んで来るって判っているだろうに。そしてフロリアを"使えば"、どうしたってどこにいるのかって情報は漏れてくる。
だが、それを気にしていないねえ。……ともかく、フロリアさえ確保しちまえば、それで構わないって見極めているのか?」
「あの娘は、ともかく私の想像を遥かに超えてきています。現在、他所に知れている情報だけでも他国に無理をゴリ押ししてでも手に入れたいような存在ですが、うちだけが判っていて、他には漏らしていない情報も少なくありません。
簡単に他国にわたす訳には行かないですよ」
そして、自分たちにもまだ明かして貰っていないフロリアの秘密もたくさんありそうだしね、とアドリアは思った。
「もちろんだよ。
こっちのメンツの問題はもちろん、あの娘を取られたら、今後の商売に大きな差支えができちまう。……あの娘はさ、私はアレなんじゃ無いかと思っているんだけど、実際のところどうなのさ?」
「……転生人、ということですか?」
「ああ、そうさ。この大陸の文化や歴史を変えていくような変革をもたらす娘なのかね?」
「うちのルイーザは転生人マニアですが、そのルイーザはフロリアは転生人だって信じていますよ」
ふむ、とマルセロはうなずくと、フロリアが拉致されている事実は厳重に伏せたまま、ギルドの全力を持って行方を探すことを約束した。
「さあ、忙しくなりそうだね」
それで会談を切り上げようとした処、窓をコツンコツンと叩く音。
とっさに戦闘態勢に入るアドリアと、素早く頭を伏せて守りの姿勢をとるマルセロ。
「ああ、大丈夫です。フロリアの従魔のうちの一羽です」
アドリアは戦闘態勢を解いて、窓の外の張り出しに留まる鳶を見る。
「何か持っていますね」
窓を開けると、鳶は首輪に提げた筒を取れとでも言いたげに、首を上げる。
筒の中身は通信文であった。
従魔の鳥を使って、隔地と通信文のやり取りをするのは、この世界では比較的常識的な通信方法の1つだった。
「だけど、これまでフロリアとはこのやり方で通信をしたことは無かったんですがね」
それより、この部屋は冒険者ギルドが誰かと密談したい時に使用するもので、もちろんギルド建物の中には無くて、少し離れた目立たない建物の中にある。
なぜ、アドリアがこの部屋にいるのかを知っているのか?
そうした疑念は、とりあえずはおいておくことにした。これまでもフロリアとの関係ができてから、そういう疑念はたくさん生まれたものの、転生人のまだ見ぬ力の賜物だと思うようにしている。
通信文は短い文面であった。
差出人はフロリア。
確かにアドリアの知る、フロリアの筆跡であった。
そして内容は……
***
アドリア。マジックレディスのみんな。心配を掛けてごめんなさい。
私はいま、私を誘拐した不審者と馬車でモルドル河沿いの街道を進んでいます。どうやらカイゼル王国を目指しているようで、不審者達は混沌魔法で私の意思を奪うつもりのようですが、逆に彼らの意思を半ば支配して、この手紙を書く隙を見つけています。
ただ、まだエンマの居所がわからないので、その情報を得るためにもう少し、このまま旅を続けます。
なお、マジックレディスのパーティホームを襲った連中のアジトは◯◯通りの……
おそらくはグレートターリ帝国の密偵で、攻撃魔法使いも数名いるので気をつけてください。
みんな、心配しないで、続報を待ってください。きっとエンマを助け出します。
フロリア
***
アドリアから渡されて、手紙を一読したマルセロは、「ほんとに驚いた娘だね。でも無茶をする……」と嘆息した。
「こっちも大概だと思っていたんですけど、振り回されますよ」
「とりあえず、町の中のアジトは衛士を使うよ。だけど魔法使いが居るとなると、それだけは、こちらも冒険者を使うしか無いね」
「わかりました、マルセロ。心当たりを探して見ます」
「それにしてもグレートターリ帝国とはねぇ。ま、確かにあそこならウチとの取引が無くなっても国としてやっていくのが困らないか」
マルセロは再び嘆息した。
それにしてもとんでもない処にまで、噂が流れちまっているんだねえ……。
いつも読んでくださってありがとうございます。




