第31話 ケットシーの裏切り
この回から、毎日更新に切り替えました。
書き溜めた分が割りとあるからです。もっとも、私生活が変に忙しくなってしまったので、その書き溜め分を使い切ったら、今度は週一ぐらいの更新頻度に下がりそうですが……。
小さくなって首をすくめたケットシーを前に、フロリアとトパーズが難しい顔をしている。
フロリアはともかく、トパーズが怒りを顔に浮かべるとなんとも迫力があり、ケットシーはブルブル震えだしそうである。
「それで、お前は私の信頼を裏切ったという訳か。え、ニャン丸?」
「その名前で呼ばないでくださいにゃ。申し訳にゃいとは思ってますにゃ」
3月の頭からすでに丸3ヶ月近く、フロリアは「渡り鳥亭」の個室を借りっぱなしにしているが、実際にはその個室で寝ることはなく、亜空間への扉を抜けて、快適な携帯用マイスペースで寝泊まりしているのだった。
宿代が無駄であるが、どこかの宿を借りてないと、この町でできた知人達に追求されてしまうのだ。フロリアを心配してのことなので、そうした人たちを邪険にもできない。
それで、亜空間に閉じこもっている間、借りている部屋の見張り番としてケットシーを置いておき、なにか異変があれば、翌朝フロリアに知らせる役目を任せていた。
森の中で寝るときにはドライアドの眷属の蔓草に任せていたのだが、町中では蔓草はちょっとまずい。それならば、シルフィードあたりの出番なのだが、一晩二晩程度なら構わないが、何日も人が多い環境にいると精霊は疲労が溜まってしまうのだ。
そこで、トパーズの提案で、ケットシーにその役目を命じることになった。ケットシーは戦闘力こそ低いが、"影に潜る"ことができ、人語が話せる。いざというときには逃げ足も早い。好奇心旺盛で、見張り役にはうってつけだ、とトパーズもフロリアも思っていた。
ところが、先程のこと、「渡り鳥亭」の一人娘でフロリアの姉役を自任しているリタが口を滑らせたのだ。
「ニャン丸ちゃん、お肉も食べるかな?」
フロリアは「え、ニャン丸ちゃん?」と聞き直したことで、留守番役のケットシーがリタからミルクを貰っていたことが判明。
リタはフロリアの表情からやっと自分がまずいことを言ったのを悟って、慌ててニャン丸ちゃんの弁護をしたのだが……。
たまたま領都から大勢の泊まり客が来て、食堂の後片付けが夜遅くまで掛かった日、リタはふと厨房の床を見ると、見慣れない猫がいるのを発見。
そっと後ろから近づくが、その時は逃げられてしまう。それから、床にヤギのミルクの入った小皿をおいて見張ること数晩、また猫がそのミルクを呑みに現れ、今度はリタと目が合ってしまい、「逃げなくても捕まえたりしない。ミルクも上げるから」と言われて、ケットシーはミルクの誘引力に負けてしまったのだという。
今では、ニャン丸という名前まで付けてもらって、夜な夜な餌を貰っていて……。
もともと、リタはフロリアが夜になると気配がなくなることを不思議に思っていて(「どんなお客でも、部屋にいるとなんとなくわかる」のだそうだ)、それで「秘密の部屋」にこもっていて、その間の留守番をニャン丸ちゃんがつとめていたと知って、やっと腑に落ちたのだそうだ。
「ところで、秘密の部屋って、どんななの。誰にも言わないから教えてよ。もしかして、亜空間スキルってやつ。あれ伝説じゃなかったんだ!!」
そんなことまで知られていた。
興味津々のリタの追求をかわしきれずにとうとう、動物を部屋に入れてはいけないという規則を破ったことをリタの両親に黙っていることと引き換えに、亜空間に入れることを約束させられてしまった。
「その代わり、もしほかの人に漏れたら、口封じでたくさんの人が不幸になる」と脅さなければならなかった。
――それで、こうしてトパーズとフロリアで、裏切り者のケットシーを断罪しているのであった。
「お前は、信頼を裏切って、お前を眷属にしている私の誇りまで傷つけた。その報いは分かっているな。最後に言いたいことがあれば、それだけは聞いておいてやろう」
「にゃ、にゃ、にゃ……にゃにもかも、ヤギのミルクが悪いんですにゃ」
「餌ならば、フロリアから十分に貰っておったであろうが。ともあれ、もうわかった。それじゃあ死ね」
トパーズの前足の爪がギラリと光る。
「待ってトパーズ。さすがに殺しちゃうのはかわいそうだよ」
「またか。お前もアシュレイもいつも甘すぎる。こんなヤツはもう信用できない。後腐れの無いように片付けておくに限るのだ」
「そうかも知れないけど、しゃべる猫なんて他に聞いたこともないぐらいめずらしいんだから、早まっちゃだめだよ」
「しゃべるぐらい、私だってしている」
「トパーズは特別な聖獣じゃない。このニャン丸は鑑定だと魔物の範疇に入るのに、人間と変わらないぐらい喋れて、影に潜む能力もあるし、もしかして、将来は聖獣になるかもしれないよ」
「こんなヤツが私と同じになるわけがなかろう」
「とにかく殺しちゃダメ。リタも悲しむよ」
「他の人間のことなど知るか。そもそも、殺さずにおいて、この先、此奴をどうするつもりなのだ」
「よく言って聞かせれば、きっとちゃんと働いてくれるようになるよ」
「甘いわ!! 殺すな、というのならわかったが、送還して二度と呼び出さないだけだ」
「そ、そんな。それじゃあ、ヤギのミルクが飲めなくなるにゃ」
「あ゛?」
「ひぃぃ」
ケットシーは慌てて、フロリアの後ろに隠れる。
「そうね。それじゃあ、この子と従魔契約をちゃんと結んで、首輪を嵌めることにするわ。それなら、もう私を裏切ることはないでしょ」
「……気に食わぬが、フロリアがそれで良いのなら、私はこれ以上、何も言わぬ。……ああ、そういえば、私もアシュレイと契約していただけで、フロリアとは別に何の約束もなしに、ここまで一緒に居たのだったな」
それで、まずはトパーズと改めて契約を結ぶことになった。
従魔契約とは主人であるテイマーを、従魔が主人と認めることで契約が成立するのである。
テイマーは従魔を自在に操る代わりに、従魔を自らの家族の一員のように愛さなくてはならない。
通常はテイマーは召喚術師を兼ねていて、従魔を必要に応じて、呼び出すことが出来る。その呼び出しを待っている間、従魔はどこに居て、どのように呼び出しに応じて現れるのか……そのあたりは召喚術師本人にも判らない。そのスキルを持っていれば、自然と出来るようになるのである。
フロリアはこれまでに数多くの精霊を召喚することに成功しているのだが、魔物や聖獣を従魔にするのは初めてのことであった。
トパーズの場合は、すでに親しいと言ってもよい間柄なので、簡単に成功すると思っていた。
「……なんでよぉ」
なぜか、トパーズとの従魔契約が成功しない。
1時間後、半泣きになったフロリアを、トパーズは慰めようもなく、ヒゲもしょぼくれている。
「と、とりあえず、ケットシーの奴めを先に獣魔契約するか……」
ケットシーの方はあっさり従魔契約に成功した。
従魔には証となる首輪や足輪などを付ける習慣があるが、ケットシー用の首輪は、フロリアが作る。魔道具造りならお手のものであるので問題は無い。
最初は長靴にしようかとも思ったのだが、ネタが判る人が居ないし、長靴など履かせたら見た目でただの猫だと思って貰えなくなる、というわけで結局、見た目はごく普通の首輪を嵌めさせることになった。ただ、その首輪はトパーズの発案で、いつでもケットシーの息の根を止めることが出来るようにフロリアの命令1つでキュッと締まるというものになった。
「そ、それはあんまりにゃ」
「うるさい。ごちゃごちゃ抜かすと今、締めるようにフロリアに言うぞ」
トパーズに怒鳴られて、ケットシーはまた小さくなった。
従魔の名前は主人が付けることになっているのだが、すでにニャン丸が定着してしまっているので、そのままになった。
トパーズはフロリアとの契約は成立しなかったものの、かつてアシュレイと契約した時の首輪をそのまま使っている。その首輪は、フロリアが付与魔法を覚えた時に収納スキルも追加してあるのだった。




