第306話 馴れ合いの事情聴取
ポートフィーナからフライハイトブルクはそれほど遠くない。
ポートフィーナに行く時には、7月1日にフライハイトブルクを出発して、割りとゆっくり移動しても4日には到着する。
帰りはもう少し早く移動することにして、7月20日に出発して23日には帰り着いたのだった。
その途中でも、マジックレディスに接触を持とうとする大商人やら他国の貴族やらが鬱陶しい。
フロリアが収納におさめているクラーケン2頭のうちの1頭だけでも手に入れば、いや、その素材の重要部分だけでも先行して手に入れば、どれほどの利益が見込めるだろう。
やろうとしていることは錬金術ギルドと大差無いのだが、まだ研究対象として欲しているだけ錬金術ギルドの方がまともに思えてくる。
クラーケンはただでさえ、滅多に出現しない上に、海中に棲息する魔物だけにとにかく討伐が困難。たいていは追い払うだけで精一杯である。首尾よく倒しても、素材が海中に沈んでしまえば回収は出来ない。
だから希少性充分である。大物の魔物だけに、水属性が付いた魔石は大きいし、内蔵は薬の素材になるものが少なくない。
また背中にあたる部分にある甲骨の部分は素材の頑丈さと言い、形状と言い、少し加工すれば大盾使いの盾の素材としてピッタリである。コテや肩当てなどと合わせて防具一式を作れば、乳白色の美しい色合いと相まって、上級貴族の鎧の装飾品としては申し分無い。
もちろん、その他にもフロリアの従魔の大鷲を始めとする多くの眷属の猛禽類達の奇妙な攻撃、鬼面人を威す炎の龍、そして以前から注目を集める大容量の収納魔法なども、やはり色々な商人などから狙われるのであった。
しかも、面識の無い相手なら割と荒っぽく対応できるのだが、ジューコ―の錬金術師辺りまでフロリアを狙ってくるのが鬱陶しい。
以前にクズ金属をコバルトに変換して見せてから、フロリア狙いがしつこいのだ。あの後、コバルト鉱山は問題なく採掘出来ているのだが、まだコバルト枯渇で困った経験が生々しいのだろう。
それでも、さすがにこの手のつきまといの対応には馴れたマジックレディスだけあって、彼らをまくのはお手の物であるし、一番接触されると厄介で逃げ道が無い夜間の野営のときなどは、亜空間に入ってしまえば見つけられるものではない。
「でもさ、あんまり亜空間に頼ってばかりだと、出入りするところを見られなくても、気が付かれるんじゃない? これだけ、宿泊場所を探しても見つけられないのは伝説の亜空間でも使っていなければありえない、とか何とか、誰かが言いだしたら……」
モルガーナの軽口だったのだが、意外にもアドリアとルイーザが真剣に受け取った。
「確かに、それなりの探知魔法使いを雇っている連中もそこそこ居たからね。それが幾ら真剣に探しても、ことごとく私らの野営地が見つからないとなると、さすがに亜空間に思い至るかも知れないねえ……」
「でも、姐さん。それじゃあ、ときどき外で野営して故意に発見されますか? 野営している時にまで接触してくるような連中って、本気でしつこいしガラの悪い連中も多いですよ。しかも、蹴散らすときにちょっとやりすぎると、後で騒がれるし」
いっそ、フロリアとアドリアが目立つように大鷲で先にフライハイトブルクに帰還する姿を見せて、残りは馬車移動……という案も真剣に検討されたが、肝心の馬車を牽引するゴーレム馬がフロリアでないと動かせないので却下された。
「ある程度、自動で動くようにしてあるんですけど」
「単純に馬車を牽いて並み足で歩いて、設定した場所で停まるだけなら問題ないだろうけど、貴族の馬車あたりに煽られたりしたら、やっぱりゴーレム制御能力のあるフロリアが居ないとね」
相手を倒してしまって良いのなら、何も悩む必要は無いのだが、穏便に済ませなければならない、というのがなんとも面倒だ。
「ていうか、フロリア。ゴーレム使いの御者無しで、自動的に何日も動かして問題無いようなゴーレム馬なんて、いったいどんな人工人格を積んでいるんだい? お前の口調からすると、出来るんだろうけど、それが出来るってことが、いかにとんでもないことか。
それだけでも、ゴーレム使いの能力がかろうじてあるだけの魔力持ちは片っ端から失業するし、ジューコ―の連中は秘密を知りたがってヨダレを流すよ」
というわけで結局は、速度を上げたいところで、他の馬車に邪魔されたりしながらたっぷりとストレスを貯めて、フライハイトブルクの大門にたどりついたのだった。
大門を入るとそこには、顔見知りの冒険者ギルドの職員が貼り付いていて、パーティホームに戻る前に直接、ギルドに顔を出して欲しいという伝言を伝えた。
「結構疲れているんだけどね。明日じゃまずいのかい?」
「申し訳ありません、アドリアさん。できるだけ早くアドリアさんと、それからフロリアさんに話がしたい、という事です。
今日あたり戻られるということで、マルセロ会長や商業ギルドのアルバーノ会頭もお待ちになっています」
そう言われてしまっては、すっぽかす訳にもいかなかった。
もう馬車もゴーレム馬もしまってあるので、一行は徒歩である。フロリアとアドリア、ルイーザとソーニャとモルガーナの2組に分かれて行動することになった。
「ルイーザ、先に戻って皆にお土産を配っておいてちょうだい。子供らが喧嘩しないようにね」
「わかりました、お気をつけて、姐さん」
フロリアとアドリアにはギルドの職員だけではなく、衛士が数人護衛代わりで付いていたほどだった。
さすがに衛士を押しのけてまで、無理にアドリア達に接触して商談を持ちかけようという者はおらず、すんなりとギルドまで到着した。
衛士はギルドの入り口で任務を終了し、建物内に入ると、他の冒険者がチラホラいて、ヒソヒソ話が始まる。
すでにポートフィーナでの大立ち回りにクラーケン討伐の噂は広まっているみたいである。
この世界では馬車で数日程度の距離は大して遠くはないし、珍しい海棲魔物の討伐に、2つ名付きの冒険者が決闘したり、他国の貴族令嬢が誘拐されかかったり、と話題性は抜群である。
本当のことや、まるっきりのデタラメや、かなり尾ひれが付いて大げさになったことなどがギルド内で囁かれているのだ。
冒険者ギルド連合会会長の部屋に行くと、会長のマルセロに本部ギルドマスターのオリエッタ、商業ギルドのギルド会頭のアルバーノ老人などが集まっていた。
「フロリア、それとお嬢ちゃん。やっと帰ってきたね。あんた達はどこに行っても良い感じの騒ぎを起こすねえ」
マルセロのからかうような言葉にアドリアは、
「今回ばかりは完全に巻き込まれたんですよ。好きこのんで首を突っ込んだ訳でもないですし、依頼料目当てで討伐を引き受けた訳でも無いですよ」
「だいたいの処は調べてあるよ。だけど、色々とあったからには、事情を細かく聞かせて貰わないとならないね」
そしてクラーケン討伐の件はもとより魔法使いの冒険者といざこざを起こした件についても詳しく聞き取り調査をされたのだった。
焔の魔導師のアンガスについては、アンガスの犯罪行為(令嬢の誘拐未遂)がポートフィーナの衛士隊による捜査と尋問(拷問)の結果明らかになっているし、そのアンガス自体すでにこの世の者では無いので、それほどの問題にはならなかった。
ただ翌日の風刃のラザロとのいざこざについては、アドリアが「あんたならもっと穏便なやり方でケリを付けられただろう。ラザロのヤツ、尻尾を巻いてこの町に逃げ帰ってきたと思ったら、またすぐどっかに行っちまった。もう戻ってこないだろうねえ」と散々に苦言を呈された。
「そうは言っても、マルセロさん。あの場合は私が代わりに決闘の相手になって、ラザロの面目を酷く潰さない程度に収めたところで、何の解決にもなりませんよ。
同じ町で冒険者をやることになるんですから、あとあとまで延々と絡まれます。
そんなぐらいだったら、あの衆人環視の場所で一発でケリを付けちまった方がフィオのためだと思ったんですよ」
「お嬢ちゃんが負けるとは思わなかったのかい」
「まったく。フィオはまだまだ手札を隠してますから。まあ、トパーズを使わないで戦うと言い出した時には、内心ちょっと焦りましたけどね」
マルセロはニヤリと笑って、「ごちゃごちゃ言っているけど、本当はあんたもフロリアの実力を見たかったんだろう?」
どうやら図星だったらしく、アドリアはマルセロから視線をそらした。
「あの男も困ったもんだよ。普段ならあんな馬鹿げた絡み方はしないんだけどね。お坊っちゃまのティベリオに繋ぎができてのぼせ上がったのか、フロリアに男を狂わせる何かがあるのか」
「ヤメてくださいよ、マルセロさん。この年齢で変な魅了とか出ていたら、この先とんでもないことになるじゃないですか」
アドリアは笑って否定したが、しかし実はフロリアがこれだけ色々な筋から狙われるのは、類まれな魔法もさりながら、その容姿や雰囲気に男を否応なく引き付ける何かがある、ということは感じていた。
ともあれ、今回はラザロの側の自爆みたいなものだが、貴重な二つ名付きの攻撃魔法使いが1人失われてしまったことは確かである。
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