第30話 下町グループと孤児院グループ
こうしてガリオンとの話し合いは決着し、フロリアは晴れて(目立たないように気をつけながら)森の奥に行けるようになった。
「今回はトパーズのおかげね」
「当然だ。フロリアはどうも同族のオスに対して怖がり過ぎだ。そんなことじゃ、かえってオスに侮られて、つけ狙われるだけだ。いつでも己の爪や牙が相手を引き裂けるのだと思えば、もっと余裕ができるはずだ。
余裕を持って対応すれば、お前なら魔力がにじみ出てくるから、それが自然と相手を威圧する。別に凄まなくても、相手が魔力を持たなくても、自然とわかるものだ」
大人に対して怖がりすぎなのはフロリア自身も自覚はある。
どうしても、11歳の少女の体に精神が引っ張られるのだ。前世だって、呑気な女子高生だったし、この世界――人の命が軽い世界――の大人の男はそれだけで少し怖い存在であるし、ましてや冒険者になるような人間はこの世界の標準から見ても乱暴なことが多い。
「それはわかってるけど、本当に引き裂いたりしたら、衛士さんに追われることになるし、なかなか簡単にはいかないんだよ」
「ふん。アシュレイも似たような事を言っておったが、臆病者の言い訳にしか聞こえぬ。まあ、好きにするが良いさ。だが、いざとなったら、私は人間のルールなぞ知らぬぞ。出ていって、片っ端から引き裂いてやる」
この先、悪意を持った誰かに絡まれたら、自力で解決しなければならないということになったようだ。もししくじると、相手が大変な目に遭い、フロリアはやり過ぎたとして他人から非難され、衛士に追われることになる。
この世界は前世の日本よりもかなり正当防衛の適用範囲は広いのだが、それは相手が一般人の場合である。貴族や兵士相手に揉めたりすると、それこそ国王の後ろ盾でもない限りは平民は一方的な悪者にされてしまうのだった。
"ま、ここで静かに暮らす限りは貴族と知り合ったり、ましてや揉めたりすることはないだろうけどね"
***
そんなことを考えてながら、森の中の割りと街道に近いところを歩いていたら、「おい!」と声を掛けられた。
フロリアが下町グループと名付けている見習い冒険者のグループであった。
彼らは全部で8人で、全員男。だいたいフロリアと同じか年下のようだが、リーダーは年上っぽい。もう成人していると言われても違和感の無い姿かたちをしている。後で知ったのだが、14歳だったそうだ。この世界では誕生日ではなく新年で1歳、年を取るのであと10ヶ月ほどで成人の冒険者になるところだ。
そして、番犬代わりの犬を連れている。がっしりとした犬で、足が短く、かなり凶暴そうな顔立ちをしている。
「お前、森の奥まで行ったっていう噂だな。ルールを破って良いと思っているのか?」
「あなた達には関係の無いことでしょ」
「関係あるんだよ。俺たちまでくだらねえことを言われるようになるんだ。どう落とし前をつけてくれるんだ?」
「落とし前? ギルドマスターとは話がついているから、あなた達に落とし前なんてつける必要はないわ。文句あるなら、ギルドマスターに言えば良いんじゃない?」
「け、大人をダシにして誤魔化そうってのかよ。まあいい。森の奥に行きたきゃ、どうすれば良いのか教えてやる。俺たちのグループに入りゃあ良いんだよ。そうすりゃあ、ちゃんと守ってやるし、森の奥でもどこでも連れて行ってやるぜ」
ああ、それが狙いか、とフロリアは思った。
そういえば、ソフィーさんからこの前、「あなたは短時間しか採取しないのに、割りと高級な宿屋に連泊できる稼ぎを出していると思われているみたいよ」と言われたのだった。
もちろん、ポーションの売上があるからできることなのだが、それを知らない他の冒険者から見ると、フロリアが薬草採取になにか特別なノウハウでも持っているかのように見えるのだろう。
実際、薬草採取だけに絞っても、フロリアは他のどの見習い冒険者より優れた採集者である(探知魔法とドライアドの手助け、収納スキルのお陰であるのだが)。
「いやよ。男の子ばかりのグループになんか入らないわ」
実際、フロリアと同じ年ぐらい――前世の日本であれば、まだ小学生ぐらいの年齢である――の男の子たちでも、人種の差もあるし、生活環境の厳しさのせいもあるのだろうが、すでに相当に大人っぽい。それもけっこう荒んだ雰囲気が漂っていて、リーダーにいたっては、一端のチンピラといっても通用するようなふてぶてしさがあるほどだった。
「おい、穏やかに話しているうちに、大人しく言う事聞けよ。俺たちを怒らせたいのか?」
うーむ。怪我をさせるのもかわいそうだし、ここは唐辛子魔法で、数時間程度のたうちまわる程度で勘弁してあげようかな、でも私が魔法使いだってバレちゃいそう。けっこう、周りに人が集まってきてるし……とフロリアが思案していると、「お前たち、何をしてるんだ」と一人の子供が割って入ってきた。
孤児院グループのリーダーのシリルだ。
残りのメンバーもちょっと離れたところで遠巻きにしている。
「何だ、シリル! 邪魔をするつもりか?」
「ジャックさんに、この子に手を出すなって言われたはずだ。ギルマスだって分かっていることなんだぞ。それなのに、この子に難癖つけるなんて、お前ら、この町で冒険者を続ける気はもう無いのか?」
「良い子振りやがって。俺たちは怖いものなんてねえんだ。好きにやらしてもらう」
「へえ。それじゃあ、ギルドに報告させて貰うぞ」
「できるものならやってみろ!」
下町グループのリーダーは腰に下げた鉈に手を伸ばす。
「おい、いざこざで刃物振り回したら、もうおしまいだぞ。これだけ周りに見られているのに、お前ら、本気か」
孤児院グループだけではなく、もっと離れたところでソロや3人組ぐらいまでの見習い冒険者が数組、こちらを伺っている。さすがにこんな浅いところで揉めていれば気がつくのだろう。
「おい、お前らはどうするんだ? リーダーはもう冒険者になれなくても仕方ない、そう覚悟を決めたみたいだが、お前らも大人しくそれに付き合うのか。え? 読み書きも碌にできない、計算もできない、後ろ盾になってくれる大人もいない、そんな状況で、冒険者にもなれない、となったらどうするんだ?
町で荷役でもしている日雇いぐらいにしかなれないんだぞ。お前らだって、わかっているだろ。ここで刃物を使えば、ギルドから追放されてそうなるんだ。
お前らはそこまでして、このリーダーに付いてく義理があるのか? ちょっとしたことでカッとなって、簡単な損得計算も出来ないような奴がそんなに良いりーだーかよ? それとも、いっそ地獄のそこまでこいつに付き合って盗賊にでもなるのか?
そんなの最後は魔呪で縛られて犯罪奴隷だぞ」
シリルの言葉に、下町グループの面々は一様に動揺した様子になる。見た目よりは気が小さいみたいである。
互いにヒソヒソ話を始める。
手下共が思ったほどには自分の言いなりにならないのに気がついたリーダーは焦ったようだったがどうしようもない。
「お前たちはちゃんとギルマスから森の奥の方まで行っても良いって、許しを得ているんだ。それで納得して、奥で採取してれば良いだろ。それで結構、金になるはずだ」
リーダーはいまいましげに舌打ちすると、「今日のところは勘弁してやる! 覚えてろよ」と捨て台詞を吐いて、引き上げていった。
下町グループが去ると、シリルはふうっと大きく息を吐いた。
彼もかなり緊張していたようだった。
「シリルさん。ありがとうございます。助かりました」
フロリアはシリルの顔をじっと見て、礼を言うと、シリルの顔はみるみる赤く染まっていく。
「あ……あの、仲間をた、助けてくれたからな。こんなことぐらいなんでも無いさ。……これからも、なにかあったら、俺に言ってくれ」
そうして、自分の仲間が待つ方に走っていく。
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