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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第1章 旅立ち
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第3話 アシュレイの死

 ヴァルターランド暦556年。

 神聖帝国暦だと、1106年に当たるが、この年の2月1日、ヴァルターランド王国の北方に広がるアオモリという森林の奥にある隠れ家のような小さな家で、無名ではあったが稀代の魔法使いでゴーレム職人であったアシュレイがその生命を閉じようとしていた。

 

 本名、サンドル。

 年齢52歳。

 魔法使いは長生きな者が多く、まだ死亡するような年齢では無かった。それに彼女も彼女の弟子のフロリアも優れた治癒魔法使いなのだから、かなりの怪我や病気でも対応できないということは無かった筈である。

 しかし、彼女は内蔵が完全にやられていて、いくら強力な治癒魔法であっても、手の施しようがなかったのだった。

 少女時代を抜け出たような年齢から26歳で生まれ故郷を亡命するまでの間、アシュレイは強力なエンセオジェンという洗脳薬を使われ続けていた。

 その薬はアシュレイの内蔵をいかなる治癒魔法、強力な上級ポーションを持ってしても、修復不能なぐらい破壊していたのであった。


 その日、アシュレイは1人で森の家の居間でどうにか椅子に座ったまま悩んでいた。

 死ぬことはもう怖くない。むしろ救いだと感じる。

 ただ、心残りがある。

 それは生涯でたった一人の弟子であり、子供を持つことを許されなかったアシュレイにとっては遅くにできた愛し子のような存在である、フロリアを残して逝くことであった。

 時間魔法も最近は鈍っていて、自分の残り時間がたったこれだけしか無いということを、今の今まで、予知してくれなかった。もう少し早く予知してくれたら、フロリアを採取行に出さなかったというのに。

 

 しかし、悔やんでいても仕方ない。直接伝える機会が無いのなら、せめて文章で伝えれば良い。アシュレイは、自分のシルフィードを呼び出すと精霊の言葉で自分がこれから言う事を記してくれ、と命じた。コッポラ工房に居た頃によくやったように。

 そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


 最後の生命力を使い果たして、遺書を書き終えたアシュレイは、収納袋から半欠けのペンダントトップがついたネックレスを出して、文鎮代わりに遺書の上に置いた。


 彼女の唇がわずかに動き「ヴィーゴさん」という言葉が漏れる。さらに「イルダ」と言おうとしたが……。


***


 レソト村の新村長のベンは、一の子分気取りの猟師を連れて、アオモリの奥まで入っていた。

 このあたり一帯は森の魔法使いであるアシュレイ様を憚って、前村長のカールは立入禁止にしていて、村人たちもその中年女の魔法使いをひどく尊敬していて、カールの言葉を忠実に守っていた。


 レソト村は街道からそれてアオモリに少し入ったあたりにあり、誕生してから20年までは経っていない若い村だ。カールは他の場所に住んでいたのだが、その村が魔物の襲撃で壊滅してしまい、生き残りの村人を連れて、新天地を探したのだという。

 そして、この場所に住むことを決定したのは良いが、立ち上げにひどく苦労していた時、たまたま一人旅の魔法使いのアシュレイが訪れ、その魔法の助けを借りて、ようやく村は体裁が整い、村人達も落ち着いた暮らしを取り戻した。

 現在のレソト村は、アオモリの縁にポツンと点在しているような村ではあるが、人口規模からすると贅沢なほどの立派な丸太でできた柵で守られ、豊富な井戸水に恵まれ、村の脇の農地は肥えた土地で物成りも良い。魔物の多い土地柄なのに、不思議とあまり魔物が出現することはなく、小規模だが豊かな暮らしが出来るようになっていた。


 村長のカールには子供がなく、最近親戚筋のベンが養子として村に移住したのだった。ベンは、近隣のニアデスヴァルト町で商家の手代として働いていたが、生真面目そうな風貌で一見すると一生懸命働いているように見えたのだが、実は根っからの怠け者で犯罪者気質があったのだ。ご多分に漏れず、奉公先で不始末をしでかし、普通ならば断罪されるところを、レソト村の運営の手伝いをするという条件で許されたのだった。

 

 カールが急死すると、村の設立当初からの村人の懸念を押さえて前村長の意向であったと主張して、ベンが次の村長に就任した。それまでのベンの猫かぶりも功を奏し、強い反対意見は無かった。

 村長就任後にカールは素知らぬ顔で昔の仲間を少しずつ村に引き入れていて、それが村の雰囲気を悪くしている要因の1つであった。現在同行している、この猟師も他で食い詰めた人間で、カールの昔の仲間であった。

 

 カールは以前から、アシュレイとその子供にしては年が離れすぎている少女が、時折り村を訪れては穀物や野菜、ちょっとした日用品を貰う代わりに、軽い治癒魔法で怪我や病気を治し、いくらかのポーションを置いていくことは知っていた。

 その村長宅に保管されていたポーションを1つくすねて、クレマンの手下のドニがレソト村まで来た時に持たせてやった。

 クレマンとはニアデスヴァルト町の商業ギルドで窓口係をしている男だ。小さな町なので、ギルド職員も数人しか居らず、実質的に副ギルドマスターのような立場なのだが、カールが怪しげな裏商売に手を染めた時に、クレマンの裏の顔を知り、それから付かず離れずの関係である。

 そのクレマンからやっと返答が来て、ポーションの代価として驚くほどの高値を提示してきた。しかも、あればあるだけ引き取るとのこと。

 カールは運が向いてきた、と思った。


 しかし、アシュレイが持参してくるのをじっと待っているだけでは、数がまとまる訳もない。ここは1つ、アシュレイと"交渉"して作れるだけのポーションを作らせるのだ。

 そう考えて、魔法使いの隠れ家を目指すことにしたのだ。アシュレイはどこか怖いところがあるおばさんだが、所詮は女だ。自分の本拠地に押し入るように入ってこられれば、ビビって言う事を聞くであろう。

 それにあの子供もちょっと気になる。

 アシュレイが訓練だと言って、怪我をした村人に治癒魔法を使わせているが、その村人によれば、アシュレイと全然変わらない程度に治せるという。アシュレイはどんどん年をとるだけだが、娘の方はまだ蕾。これから花がさくのだ。すでに、奇妙な色気を感じさせる事があり、数年後が楽しみだ。

 村長権限で自分のものにしておけば、色と欲の両方で美味しそうだ。


 そうした訳で、アシュレイの家をさがして、うろつくこと数時間。そろそろあたりが薄暗くなってきたので、ランタンを灯す。


「このあたりの筈なのだが」


 何度か下見をさせたというのに、この猟師は頼り無い。だが、弓を持った相手を怒らせるのは得策では無い。夜になってしまっては魔物や野生動物が怖い。

 そろそろ諦めて帰ろうか、と思った時にようやく目的地は見つかった。


「あ、あそこだ。くそ、さっき通った時にはこんなに近くにあるのに気が付かなかった」


 確かにそのこぶりな家は周囲をきれいに整地した真ん中にポツリと立っていた。

 特に隠そうとした訳でも無さそうなのに、なぜ何度も通り過ぎたのだろう。


「おーい、アシュレイさんよ。用事があって来たんだ。レソト村の村長だ、開けてくれ」


 無遠慮にベンはドアをどんどん叩く。その家は暗くなっているのに、あかりが灯されることもなく、暗く沈んでいるように見える。


「勝手に開けるぞ」


 ベンは宣言すると、ドアを開ける。鍵は掛かっていなかった。この家に近づける魔物など居ないし、人は来ないので、鍵を掛ける習慣は無かったのだ。

 暗い部屋の中をランタンで照らす。

 女の住まいの癖に何の飾り気もない部屋だ。

 アシュレイも娘も居ないのだろうか。

 ベンは遠慮なく、部屋の中に入っていく。


「さすがに金目のもんはなさそうですね」


 猟師もそんなことを言いながら、抜け目なく部屋を隅々まで照らして廻っている。


「こっちにも部屋がありますね」


 そう言いながら、ドアを開けてその部屋に入っていった猟師が「うぉ!!」という声を上げる。ベンが飛んでいくと、その書斎らしい部屋の机の前に、アシュレイが椅子に深く座ったまま、身動ぎもしない。


 ベンは数度、呼びかけてから、ランタンをアシュレイの顔の近くに寄せる。


「なんてことだ。死んでやがる」


 予想もしない事態に戸惑いながらも、ベンはその机の上に半欠けのネックレスのようなもので、5~6枚の紙を押さえているのに気がつく。とりあえず、ネックレスは上着のポケットに仕舞い、紙をランタンで照らして見てみると、なにやらぐにゃぐにゃとした文字らしきものが書かれている。一度は商人を志したので、ベンはある程度の読み書きはできるのだが、この紙に書かれているのは、彼らが普段使っている文字では無かった。

 読めないが、魔法使いが最後に残したものだ。これも値打ちものかも知れねえ。

 ベンはその紙も束ねて丸めると、やはり上着のポケットにねじ込む。


 他に金目のものは無いか、小娘はどこに行ったのか、調べようとした瞬間、昏い部屋の中を薄ぼんやりした霞のようなものがふわふわと飛んだかと思ったら、急に強い風が吹いてきた。

 なんで、部屋の中で風が吹くのかとおもった瞬間、よく聞き取れないが、虚空から響くような声がした。さらに風が強く吹いて、棚がガタガタ音を立てる。


「ギャアアアァ、化け物だあ」


と猟師は叫んで、部屋を飛び出していく。

 

「ばか、1人にするな」


 ベンは叫んで猟師の後を追う。

 猟師がいないと帰れなくなる。家から飛び出す際に手で持っていたランタンを落としてしまった。

 外に出たベンは、木々の暗い陰を目にして、ランタンを落としたことに気がついたが、とても取りに戻る気にはならなかった。

 さっさと走り出す猟師の背中に「置いていくな!」 と怒鳴って、追いかけるのが精一杯だった。

 ランタンの炎は消える事無く、床に燃え広がっていく……。

いつも読んでくださってありがとうございます。



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