第296話 焔の魔導師退治
「どういうことだい?」
「お嬢様たち、魔法使いに絡まれて、軍人さんはお嬢様を引き渡して逃げちゃいましたね。魔法使いは……あ、焔の魔導師です。今日は1人しかいないみたいですけど」
さすがに周囲の人たちに聞こえると困るだろうから(ただでさえ注目集めているのが土下座のあたりから、本当におかしい感じで皆が見ている)、フロリアはアドリアに近寄ると、耳元でそういった。
「チッ」
盛大にアドリアは舌打ちする。
「そんな奴らにのぼせ上がるとは大したお嬢様だこと」
しかし、その言葉を魔法で聞き取ったエンマは「フィオちゃん。お願い、連れて行って! すぐに!」と叫ぶ。
アドリアは、「仕方ないね。やってあげな」という。
「こうなれば、私も行くよ。ルイーザ、後は頼むよ」
「姐さんは疲れてるじゃない。私が行くよ」
モルガーナが立候補する。
「そんなに乗れませんよ。私とシモンヌさんとエンマさんで限界です」
「えー、ずるーい。ね、足に掴まっていくから連れてってよ」
「遊びに行くんじゃないですよ、モルガーナ。向こうで戦闘になる可能性もありますよ」
「任せといてよ、ルイーザ! ていうか、焔のあいつでしょ。戦闘なら私あたりが相性が良いと思うけど……」
「わかったよ、モルガーナ。あんたに任せよう。ただ、相手を殺さないようにね」
いったい、何の相談をしているのか、周囲の見物人たちが騒ぎ出したし、お嬢様の方ものんびりしていられない様子だったので、ともあれ飛び立つことにした。
「何度も呼んでごめんね。もうひとっ飛びお願い」
大鷲にそう頼むと4人を乗せたまま(私とエンマとシモンヌは背に乗り、モルガーナはホントに足に掴まった)、ひらりと空に飛び上がる。
いきなり道の真ん中に大鷲が現れたかと思うと、飛び去っていくという状況はなかなかに周りの見物人にはインパクトがあったがまあ仕方ない。
大鷲は1分も掛からない間にジュリエンヌお嬢様が、暴漢に連れ去られる現場上空に到着した。
ねずみ型ロボットの報告を継続して聞いていたので、状況は判っている。
***
カイゼル王国の軍人2人は、アンガスのいかにも取ってつけたようなセリフに
「おお、このお嬢さんと知り合いと邂逅するとは運が良い。我らも、理由は分からぬが、つきまとわれて迷惑していたのだ。
是非とも親御殿のところに送り届けて頂きたい!!」
おおげさにエーベルハルトが叫ぶと、ローマンも今度こそ無理やり腕を振り払って、「後はお頼み申す」と叫んで、さっさと2人とも行ってしまった。
流石のジュリエンヌお嬢様も、このローマンたちの仕打ちに呆気にとられて、ヒステリーを起こして大騒ぎをするのを忘れてしまい、呆然と地面にへたり込んでしまう。
それを近づいてきたアンガスがうそぶく。
「へへへ、ちゃんとお届けするぜ、あんたの婚約者んとこへな。その前にちょいと楽しませてもらうがな」
カイゼル王国の軍人2人は「これで良かったのだろうか?」「ああ、知り合いだというのも嘘ではなさそうであるし、十分な対応だろう」「だがこうなると後難が厄介だ。まだ休暇はあるが一刻も早く、この町を立ち去ったほうが良かろう」などと相談していた。
双方とも、魔法使いが相手では2対1でも勝ち目が無い、ということについては敢えて感想を述べることはしなかったのだった。
***
アンガスは、呆然と座り込んでいたジュリエンヌの腕を乱暴に掴んで引きずろうとするが、ジュリエンヌは動こうともしない。
軍人たちは目立たないように街道を外れて、岬の外側に降りてきたのだが、やはりあれだけ目立つ行動をとった後だけに、遠くのほうにチラホラ、人があつまりつつあるのが見える。
舌打ちしたアンガスは、ジュリエンヌの頬を叩くと「てめえ、痛い目に遭いてえのかよ」と怒鳴る。
それで、ようやくフラフラと立ち上がったジュリエンヌを引きずるように、アンガスはその場を離れていこうとした。
このあたりの海辺は海からの強風が吹いている時期が長い。ポートフィーナは町を囲むような岬が風よけになっているので、適度に涼しい風なのだが、その岬の外側ともなると風が原因で高い木は生育できない。
疎林というか、腰ぐらいまでのブッシュが生えているだけである。
なので、上からアンガスとジュリエンヌの姿は丸見えであった。
「さっきに行くよぉぉ」
そう言うと、モルガーナは掴まっていた大鷲の足から離れると、地面に飛び降りた。
以前に金色熊討伐の際に、フロリアが森の中を精霊のシルフィードの力を利用して飛び回る様子を見て、モルガーナが練習していた技があった。
下方に向けて風魔法を広範囲に噴射して、その逆噴射で落下速度を弱めるというものであった。基本的に自力で改良改革が苦手なこの世界の人間の1人であるモルガーナだが、フロリアの知識と発想も加わり、他の魔法使いでは使わない技として習得しつつあった。
だが問題は、モルガーナは低いところで少し練習したことしかないのに、これだけの高さからいきなりぶっつけ本番で飛び降りたことである。
「わわッ」
さすがのフロリアも驚いたが、モルガーナは無事に着地して、そのままアンガスとジュリエンヌに対峙する。
「無茶をして!! フィオちゃん、私達も下におろして!」
言われる迄もなく、大鷲は一気に着地する。アンガスとジュリエンヌを挟んで、モルガーナの反対側。2人を挟み撃ちにする形になった。
皆が降りやすいように大鷲は背を屈めて首を地面に近いところまで降ろすが、メイド服のシモンヌはもたつく。エンマは軽やかに飛び降りると、アンガスを睨みつけて「あんたが狙っていたのは私の筈だ。その人を離して、私に向かってくるが良い!」と叫ぶ。
アンガスもある程度、相手の魔力量を測ることができるため、気がついた時には前後を自分よりも大きな魔力の持ち主に挟まれた状況になったことを正確に理解した。
戦っても勝ち目は無いし、逃げても本気で追われたら逃げ切れないだろう。
開き直って、この貴族の娘を人質にとる?
いやいや、そんなことをしたらこの場を逃れても、明日から行く場所がなくなる。アンガスの目的はあくまで無理難題を押し付けてきた昨日までの飼い主であるティベリオにひと泡吹かせたいというだけで、なにも犯罪者になりたい訳ではない。
「おめえら、何を誤解しているんだ?! おれはこの娘が迷子になって、変な奴らに連れ去られそうになっていたから、助け出しただけだぜ。言いがかりはやめてもらおう」
大声で怒鳴る。
遠巻きにしている見物人達の中にも、あのカイゼル王国の若い軍人がジュリエンヌを引き摺っていたのを見た者は少なく無いはずだ。実際にはジュリエンヌの方が積極的で軍人の奴らは困っていたのは、風魔法で聞き耳をたてていたのは知っている。
だが、この場はあくまで自分は攫われそうになっていた、貴族のご令嬢を縁あって助けた善意の冒険者であると主張しなければならないのだ。
「嘘よ! こいつに殴られたの!」
ジュリエンヌはそう叫ぶといきなり立ち上がって、シモンヌめがけて走り出す。
反射的にアンガスは得意の火魔法を放ちそうになる。いや、この距離で非魔法使いに攻撃魔法なんか使ったら即死してしまう。
慌てて、発動を止めようと自分の手で反対側の手をつかみ、地面に向ける。最悪でも娘に当ててはならない。
次の瞬間、後ろの方に居たフロリアの右手からパッとごく小さな火花が散り、次の瞬間アンガスの地面に向けた方の腕の肩口あたりから鮮血が散った。
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