第295話 焔の魔導師の暴走
ポートフィーナに戻る道は、町の観光客が今時点でも多く行き来していて、とてもではないが、このお嬢様を連れていくことはできない。せめて、馬車にでも乗っけてしまえば、そのひと目から隠すこともできるのだが、馬車が通るような道でも無い。
なので、やむを得ずローマンたちはひとけの無い方向、漁村からポートフィーナを囲むように伸びる岬への道を行く。そちらも、割と少なくない人数がクラーケン討伐見物に出ていて、ひと目が無いとは言えないのだが、岬の反対側に降りていく脇道にそれることでようやく誰の目にも止まらなくなった。
「でも、ここまで目立ちまくってしまったな。こうなりゃなるようになれだ。この娘は、悪評が立って嫁入り先が無くなりそうだが、こちらは色恋沙汰も軍人の甲斐性、って面があるからな。
この娘がフラール王国の貴族の娘だって知らなかったってことで押し通せれば、なんとかなるかも……。なんとか、早く手放したいところなんだが」
などと、エーベルハルトは考えていた。
「よお。色男さんたちよ。
俺っちにも、おすそ分けしちゃあくれねえか?」
近くに寄られるまで人の気配を感じ取れなかった、ローマンとエーベルハルトは背筋がザワリとする思いで、声のする方を振り向いた。
そこには、顔を布で覆い、体はかなり汚れたマントで覆った、冒険者らしき男が立っていた。
「貴様、俺たちが誰だか判って言っているのか?!」
「ふふふ。判っているつもりだがねえ。ていうか、あんたたち、自分らが誰だか知れたら、困るんじゃないのか? フラール王国の貴族の娘なんぞを連れて逃避行してるってことになったら、本国に帰って立場がねえだろ。
俺はこれでも親切心から言っているんだが、その娘の家族も婚約者もよく知っているんだぜ、軍人さん。だから、これ以上騒ぎが大きくならないように、そっと親元に返してやろっていう腹積もりさ。
さ、こういう時は俺みたいなのに、任せるもんだぜ」
男は顔を隠していても、下卑た表情を浮かべているのが透けて見えるようであった。
***
「フロリア様。ジュリエンヌという娘がトラブルを起こしています」
帰路、浜辺の漁村から高い位置にある街道まで登って、ポートフィーナの方に折れてしばらく歩いたあたり。
今回は討伐の行き帰りがどうしても徒歩移動になるので、冒険者ギルドの職員に余計な連中を近づけないようにガードさせることも、依頼を受ける条件にあげている。
にも関わらず、さすがに金持ち御用達のリゾート地だけあって、大商人や他国の貴族など、普段自儘に行動して掣肘されることのない人間は、ギルド職員の制止程度は気にもとめないのだ。
そして、いきなり上から目線でマジックレディスの進路を遮ろうとしては、アドリアの凄まじい圧力に怯えをなす、ということになる。
ただでさえ、戦闘後で気が立っているところに、我欲剥き出しで近寄れはこうなるのも当たり前である。
そうした帰り道の途中。
関わりができた人間にはある程度の期間、セバスチャンにねずみ型ロボットなどを使った監視を命じていたところ、ジュリエンヌお嬢様がトラブルにあるのだという。
それはいつものことじゃない、と答えようとしたが、さすがにだったらセバスチャンが敢えて報告してくることも無いだろう。
「何をしでかしてるの?」
「庇護者の目を逃れて、ローマンとエーベルハルトというカイゼル王国の軍人とともにひと目につかない場所に移動しています」
「……そう。まあいいや、放っておきましょ」
「かしこまりました」
「なんか、動きがあったら教えてね」
フロリアの顔つきがなにか変だったのかも知れない。
「フィオちゃん? なんかあった?」
変に鋭いところのあるモルガーナが聞いてくる。
「あ、なんとも無いです。……ちょっとジュリエンヌが」
「ジュリエンヌ? またあのお嬢様がなにかしでかしたの?」
「ええ、どうやら、ここまでクラーケン討伐の見物に来てたみたいですが」
とセバスチャンから報告があった内容を答える。
なぜ、そうしたことを知っているのかについては答えない。いちいち言い訳しなくとも、モンブランの従魔の眷属にその辺をみはらせているのだろう、と皆は思うはずである。
「ったく。……私がとことん、厄介事を持ち込んじゃったみたい」
エンマが凹む。
「あんたの所為じゃないさ。クラーケンもお嬢様もね。ま、お嬢様は放っておこうか」
というアドリアの言葉に皆、うなずく。
それで再び町に向かってあるき始めたのだが、そこにジュリエンヌの侍女のシモンヌが走ってくる。今日もタキシード姿ではなく、クラシカルなメイド服である。
それで走ってくるのだから、これまた随分と目立っている。
マジックレディスを見つけて、駆け寄ろうとしてギルドの職員に止められるが(偉そうな金持ちでなければ、ギルド職員の抑止力は機能している)、エンマが「あ、その人は通して上げて」という声で近くまで来ることができた。
シモンヌの用件は、予想通りというかなんというか、ジュリエンヌお嬢様が消えてしまったが、心当たりはないか、というものであった。
「さあねえ?」
と、アドリアはそっけなく、答える。
だから、知らぬふりをするのかと思いきや、「どうやら、あんたのお嬢さんは街道に出たところで逆側に行って、岬の反対側に降りていったみたいだよ。……カイゼル王国の軍人さんと一緒にね」と教えてやった。
みるみる青褪めるシモンヌ。
「あんたももういい加減、あんな我儘娘は放っておきな。どっか別の奉公先でも見つけなよ」
シモンヌはキッとアドリアを見つめると「私は代々、カプレ家にお仕えしてきた家の出で、お嬢様はお生まれになったときからお世話をしています」と答えた。
シモンヌの年齢を考えると、当人も4~5歳の頃からジュリエンヌのお世話係を続けてきたのだろう。小姓みたいなものか。
「ったく、貴族ってのは……。あんたはいずれ、あの娘のとばっちりで首を落とされるか、毒を煽るか、そのあたりがトドのつまりさ」
「覚悟の上です」
そして、いきなり土下座すると「お願いします。お嬢様のところまで連れて行ってください」と言い出す。
まあ、自力で走って行っても、正確な居場所も分からないし、魔法に頼りたくなる気持ちはわかる。
アドリアはなにかとても嫌なものを見たような顔をして横を向いた。
エンマが「あの、姐さん。私が行ってきても良いですか?」と、そのシモンヌの背を撫でながら言った。
アドリアは少し黙ったまま、横を向いていたが、「あんたはもう一人前のソロの冒険者なんだよ。自分の好きにすればいいさ」と言った。
「だけど、もしほんとに困ったら、フィオの鳥にでも合図しな」
「ありがとう、姐さん」
そして、エンマとシモンヌの2人で走り出そうとしたとき、
「あ、まずい。姐さん、お嬢様、見捨てられましたよ」
フロリアが叫んだ。
いつも読んでくださってありがとうございます。




