第293話 クラーケン討伐3
「ああっ、クラーケンだ。もう一匹、出やがった!!」
浜辺で見物客の誰かが叫ぶ。
見ると、船から数百メートル程度離れた場所にクラーケンの頭が見える。波間にうねうねと脚がうごめいているのも……。
「あの位置なら船がまっすく帰ってくれば、戦わずに済むのだが」
誰かが言った。
おそらくは漁師の誰かだろう。このあたりの海岸は比較的遠浅気味なのだが、ちょうど船が浮かんでいるあたりで急に深くなっていて、「かけあがり」と呼ばれる。
クラーケンはこの「かけあがり」から沖にしか出現しておらず、遠浅の部分まで逃げ込めばひとまずは安心なのである。
ところが、船に乗っているティベリオ達としてはこのまま一戦も交えずに戻る訳にはいかない。
船首をクラーケンの方に向けて動き出している。
「バカな! あんなのとまともにやり合うつもりかよ!!」
見物人達が騒ぐ。
しかし、やり合うつもりが無ければ、わざわざあんなところに出ては来ない。
「どうやら、あのお坊ちゃんはあそこで死ぬようですね」
ルイーザは冷静につぶやく。
「あたし達には、関係ないことさ……って言いたいけど、後でモンテッキの奴らが騒ぎそうだねえ」
うんざりするように、アドリアが返すが、だからといって助けるための行動にでるつもりは無いようだった。
マジックレディスでは(いまだ内密にしているフロリアの様々な長距離攻撃用の魔導具等を別にすれば)、長距離で大きな破壊力を有する魔法はアドリアの雷撃にとどめを刺す。
その雷撃が打留めの今は、有効な援助が出来ないのだ。
それに、助けたら助けたで、後で余計なことをした、と難癖を付けられる原因になる。
「本当にどちらにしても面倒な連中……」
船の魔法使い風刃のラザロは波間から見えるクラーケンの頭部に、二つ名の元になったエアカッターを乱れ打ちし始める。
「大した連射だけど、まだ遠いよ」
モルガーナが批評する。
確かに遠すぎるが、それでもクラーケンの頭部に幾つかの傷跡がついて、その部分が青ざめて見えた。
フロリアにイカの血が青っぽいという知識があれば、しっかり怪我をして出血している、と判断出来たのだろうが、そんな事に興味が無い元女子高生は、「まるで効いてない」と思ったのだった(もっとも、この世界の魔物であるクラーケンも青い血とは限らないのだが)。
クラーケンはよほど頭に来たと見えて、船に向かって、からだを波の下に隠すこともせずに海水面に晒したまま、速度をあげて船に突っ込んでいく。
「あ、これは死んだ」
とモルガーナ。
うーん……。
知ったことではない、というのは確かにその通りなのだけど……。
「ええい、仕方ない。セバスチャン! 魚雷撃って!」
「雨はほぼ上がって、陸から見えていますが」
「仕方ない。あの人達はさすがに死ぬほど悪いことしたわけじゃないし」
「かしこまりました」
「あ、ついでに誘導する魔力波も出して、クラーケンを沖なり海底なりに引き剥がして」
「かしこまりました」
10秒後ぐらいに、ドォーンという腹に響くような音とともにクラーケンの脚の付け根あたりに水柱が上がった。
魚雷が命中して爆発した水柱で、根本の方には炎も上がるが、すぐに波にかき消される。
続けて、ドォーン、ドォーン、と2発の爆発音と水柱。
クラーケンは、一度からだのほとんどを波の上にさらけ出すぐらい飛び上がろうとしたが、そのまま着水して、沈んで行った。
船は波のために大きく揺らいで、どうやら乗っている連中は振り落とされないように船べりに掴まっているのが精一杯のようであった。
「セバスチャン。 やっつけちゃった?」
「いえ、ご主人さま。大きな手傷はおっていますが、いまだ健在です。我々の予測以上に生命力の強い魔物です」
「そう。それじゃあ、また討伐に来なきゃならないみたいね。とにかく、しっかりあとを追跡して見失わないようにしてね」
「かしこまりました」
クラーケンの姿が見えなくなったところで、船はようやく陸に舳先を向けた。
さほど、陸から離れている訳ではないので、すぐに船も岸辺までたどり着く。普段使っている漁船よりも大型とは言っても、この遠浅の海で底が付くほどの大きさではないのだろう。
陸に着くやいなや、ティベリオは船から飛び降り、マジックレディスの方をにらみながら、「我々の討伐を邪魔するとは何事か!」と怒鳴る。
「なに、言ってるんだ、バカ坊っちゃん! 邪魔をしたのはそっちだろ!
そもそも、町から討伐依頼を受けてるのは私達だ! それを横からかっさらおうとするなんて、冒険者の仁義がわかってるのかい、あんたは!!」
こうした時のモルガーナのタンカは大したものである。
「違う!! 先にクラーケン討伐を引き受けたのは私だ! お前たちは昨日の朝、夫婦岩とかなんとかという岩礁に取り残された漁師を助ける依頼しか受けていない。それもバカ高い依頼料でな。
それが終わったら、クラーケン討伐はもっとバカ高い依頼料じゃなきゃ受けられないといって町に戻った筈だ。
私はその後で、そこにいるギルドマスターから直接、クラーケンを討伐してくれ、と依頼を受けて、私の親しい冒険者にやらせたのだ。それは残念ながら、失敗に終わったので、今日は新しい冒険者を探して、私自らが新たに依頼を完遂すべく乗り出したのだ。
お前たち、マジックレディスがそれを邪魔して、1匹目のクラーケンを横取りしたのだ! 2匹目は我が盟友の風刃のラザロの魔法の前にのたうちまわって沈んでいった。
お前たちの邪魔が無ければ、止めをさせたものを、どう責任を取るつもりだ!!」
「私達は、ちゃんと町に戻ってから、ギルドを通して依頼を受けている。難癖を付けているのはそちらの方だ。
そもそもこの観客を見よ。これはギルドが私達マジックレディスがクラーケン討伐を行うから、という触れ込みで集めたものだ! その事だけでも、正式に討伐依頼を受けたのが私達だということは明白だろう。
1匹目を倒す時に邪魔をしたのはそちらだ。おかげでお前たちが巻き添えにならないように雷撃を手加減するのに苦労したぞ。
それとも一緒に黒焦げになったほうが嬉しかったか? だったら、次からはそう言ってくれ」
アドリアも負けじと言い返す。
これはいっそのこと助けないほうが良かったのかも……とフロリアが後悔し始めた時、ようやく太っちょのギルドマスターが両者の間に入ってきた。
「ま、まあまあ、どちらも素晴らしいお力をお持ちの魔法使いの方々、ここは1つ、力を合わせてクラーケン討伐に取り組んで頂き、町の平和を取り戻してもらいたい、と思うのです。どうです、皆様もそう思いませんか!!」
「思うわけ無いだろ!!」
モルガーナが叫ぶ。
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