第29話 ギルマスとの会話
「そのポーションを作るのに、薬草が必要になったんです。森の縁のあたりだと、かなりあらされていて、欲しい薬草が手に入りません」
「む……。そうか、だが、それなら他の冒険者が採ってきた素材がウチの倉庫にも、商業ギルドの方にある筈だ。必要ならばそこから調達してやる。いくらか原価は掛かるが、安全なだけじゃなくて、手間も減ることを思えば、ずっと利口だ。もし、在庫がなければ、ギルドとして依頼を出してでも調達してやる」
「ストックしてある素材は鮮度がちょっと……。それに私は別に薬師だけやるつもりは無いんです」
「それじゃあ、ジャックあたりに言って、暇のある時に一緒に採取を手伝わせてやる。それだったら良いだろう。なんならエッカルトでも……、あ、いや、エッカルトはやめとくか」
「……できれば、魔法使いだということは知られなく無いです。少なくとも未成年の間ぐらいは。そんな大人の人を引き連れて薬草採取なんてやってたら、なんて言われるか。
私としては、森の危険よりも、町でいろいろな人に注目される方がよほど危険で厄介なんです」
「おい! 魔物を舐めてるのか? お前がどれほど強い魔法使いだか知らねえが、このビルネンベルク界隈の魔物を甘く見るんじゃねえ。とにかく森の奥に行くのは禁止だ」
「ガリオン。犬を連れていれば、森の奥に行ってよいというのなら、フロリアが行っても構わぬだろう。私が付き添っているのだから」
いきなり、渋い中年男の声がする。
フロリアは自分に断りも無く話し始めたトパーズにびっくりして、「ちょっと、……待って」とか言いながら、なんとか止めようと手をバタバタふったりしたがもちろん効果はない。
そして、あっけに取られるガリオンの前に影からヌッと顔を出したトパーズが「久しぶりだな、ガリオン」と続ける。
「あ、あ……、あんたはトパーズ! トパーズなのか、本当に!!」
「そうだ。ずいぶんと偉そうに話すようになったものだ。やっと自分で餌をとれるようになった若子のようなものだったのに。
人間は、あっという間に変わるものだな」
ガリオンは腰を半分ぐらい浮かしたまま、トパーズを見ていたが、やっと座り直しす。
「トパーズが一緒ってことは、その娘はアシュレイさんの血縁なのか?」
「違う。アシュレイが数年前に拾ってきたのだ。弟子、というのだそうだ」
「そうなのか……」
「はい。お師匠様にはポーションの作り方やその他の魔法などを習いました」
「なんとまあ……。それで、アシュレイさんはお元気なのか?」
「今年の2月の初めぐらいに亡くなりました」
「……そうなのか」
ガリオンの脳裏に命を救われたときのアシュレイの顔が浮かぶ。死を覚悟したのに、全てを治し、癒やしてくれた彼女の優しく微笑む顔……。
「どうした、ガリオン?」
「いや、なんでもない」
「これまでアシュレイとフロリアと私はアオモリの中で暮らしていたのだ。私とフロリアの2人で、奥の方まで薬草採取で何日も野営することも珍しくはなかった。それでも別に問題などはない。
この娘にとっては、ちょっかいを出してくる奴らが暮らす町のほうがよっぽど厄介なのは本当のことだ。好きにやらせろ」
「うーん。……確かにあんたがそういうならばそうなのだろう。だが、フロリアだけを特別扱いすると、文句を言うやつが出てくる。
フロリア、お前がそれだけの力を持っていると示せば誰でも納得するだろうが、魔法が使えるのは知られたくないのだろ?
そうなると、どうしたって力もない癖に、自分達も森の奥に行きたがる奴が出てくるんだ。何しろ実入りが変わってくるからな」
「己の牙の鋭さも分からぬような愚か者の面倒を、なんで私たちが気にしなきゃならないのだ? お主らはよく言っておったろうが、"冒険者は自己責任だ"とな。
とにかく、フロリアは行きたいところに行く。
それで文句があるなら、もうこの町に用事はないな。あの何とかいう薬草もなくなったようであるし」
「待ってくれ、早まるな!!」
ガリオンはしばらく頭を抱えていたが、
「分かった。フロリア、お前がどこまで森に潜ろうが、俺は何も言わねえ。だが、町の他の連中は色々と言うのはお前のことを心配してのことなのだ。ある程度は抑えるけど、全部は無理だ。そのことは理解しろ。
……そうだな。何人かに話を通しておくから、お前の魔法とトパーズのことは話させてもらうぞ。
この町の代官のファルケを通して、門番あたりにも言っておくし、ジャックは俺から話しておく。
あとは商業ギルドもイザベルには話を通しておかなきゃなるまい。その辺は了承してもらおう。
森の奥に行くときにはできるだけ人目につかないように気をつけてくれ。すべて隠すのは難しいだろうがな。お前だけがずるいというやつにはその都度、俺が話をつける。それでどうだ」
「わかりました。私も森の奥まで行くのは必要最小限にとどめます」
「うむ。それならばよいだろう。ファルケと言うのは聞いた覚えのある名前だな」
「俺の相棒だ。昔、会っただろう」
「私が人間のことなど、細かく覚えている訳が無かろう。ガリオン、お主は怪我をしてピーピー泣いている姿があまりに滑稽だったので、覚えていただけだ」
ビルネンベルクのギルドマスター、ガリオンはものすごく嫌そうな顔になった。
***
それからガリオンはアシュレイのことを知りたがったが、晩年は森の中にフロリアとトパーズと暮らして、滅多に他の人間とも会わないような、静かだが寂しい暮らしであったと聞いて、なんとも言えない表情になった。
アシュレイの昔の仲間が今では国王にまでなっているということは言うべきなのかどうか、いずれ誰かにアシュレイの噂を聞くことがあればわかるのかも知れないが、とりあえずは黙っておくことにした。
ガリオンから見て、フロリアはポーションづくりができる薬師、ということは治癒魔法も使え、「剣のきらめき」のジャックによると土魔法や水魔法の適正もある割と器用な魔法使いといった認識であって、この田舎町に居てくれれば、けっこう町の"売り物"になるが、変に国王に知られると王都に取られかねない、と思ったのだ。
"生き馬の目を抜くような王都に身寄りのない魔法使いの娘などを生かせたら碌なことにならない。国王の知り合いの弟子とは言っても昔のことだし、よほどのことが無い限りは国王に知らせることはないよな。本人のためにもここで暮らすのが最善だ"――ガリオンはそんな風に自分に言い聞かせていた。
フロリアが割りと器用な魔法使いどころではなく、その実力を知りながら報告も挙げずに、存在を隠して自分の領地で取り込んだりすれば、そのことだけで王国に叛意あり、と認定されかねないほどのゴーレム職人であるとは、ガリオンには思いもよらないことであった。
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