第28話 ギルドマスター
ビルネンベルクの冒険者ギルドのギルドマスターであるガリオンは冒険者上がりである。
もともと、この町で5歳年上のファルケとパーティを組んで活動していた。駆け出しの頃に、この町を訪れた「大森林の勇者」とも、比較的大規模な討伐を合同受注したこともある。
「大森林の勇者」は現在のヴァルターランド王国の国王アダルヘルムが若い頃にリーダーを務めていたパーティで、当時はアシュレイも所属していた。
その時、17,18歳の血気盛んなガリオンは先走った挙げ句、大怪我を負ってしまった。
半ば朦朧とした意識の中で、俺はここで死ぬのか、とぼんやり思っていたら、全身が暖かくなり、傷を負った胸から熱いような痛いような感覚がスウッと消えていくのを感じた。
「もう大丈夫ですよ」
そう言われて目を明けると、すぐ近くにアシュレイの顔があった。
アシュレイは当時、30歳になる前ぐらいであったのだが、美貌はいまだ衰えていなかった。ガリオンは今でも、あの時のアシュレイの顔をそれまでに見たもっとも美しい顔立ちだと密かに思い続けている。
「さあ、腕を見せてください」
そう言われて、胸だけではなく、魔狼の牙を利き腕で受け止めてしまい、防具ごと腕も食いちぎられてしまったのを思い出した。
もう冒険者も出来ないのか、と絶望しかかったガリオンに、アシュレイは
「興奮しないで。気持ちを楽に持って、まだちぎれたばかりなら十分に再生出来ますよ」
そう言って、再び治癒の光をガリオンの腕に集中させ、やがてガリオンの腕は元の小さなキズにいたるまで前の通りに再生されていた。
部位欠損の再生。
治癒魔法の中でも、非常に難易度が高い上に見た目のインパクトも強いことから、これができれば、屈指の治癒魔法使いとして非常に高価な治療費を稼ぎまくるか、王族や大貴族のお抱えになるか、それとも軍に所属して貴族への叙爵を狙うか……。
どちらにしても、人口1億人を超えるヴァルターランド王国で、部位欠損再生が可能な治癒魔法使いとなると、一時代に5人かそこいらしか居ない。
その秘儀を割りと簡単にやってのけたアシュレイは、別にそれを誇ることもなく淡々としていた。
「大森林の勇者」はすぐにビルネンベルクを離れ、ガリオンは10歳以上も年上の魔法使いに想いを伝えることも出来ないままになってしまった。ただ、リーダーのアダルヘルムとは割りと意気投合し、別れる際に何かあったら、俺のところに連絡しろ、と言われたものだった。
その後、「大森林の勇者」が解散したことは噂で知ったが、1人になったアシュレイがどうなったのか、ガリオンには知る由も無かった。
そして、ガリオンも十分に経験を積んだ30代なかばになった6年前のことになる。
5歳年上の相棒のファルケが、大きな依頼を受けてきた。冒険者ギルドを経由したものではなく、ということは何らかのトラブルがあってもギルドを頼れないということで、彼らは普段ならば絶対に受けない類いの依頼である。
しかし、依頼主がこのビルネンベルクを含めた、ここらあたり一帯の領主であるハイネスゴール伯爵となると、話は別である。伯爵は、貴族階級の人間としては珍しく、冒険者を正当に評価する人であった。
事態が終結したら、必ず後付けで指名依頼にするとの約束がなされ、その約束はキチンと履行された。
依頼の内容は、代々このビルネンベルクの代官をつとめる家臣のハイネが不正を働いている虞れがあるので調査をして欲しいというもので、紆余曲折があったものの、その伯爵の懸念はあたっていた。
そして、最終的にハイネは、税金をチョロマカスだけでは飽き足らず、この町の経済をおおいに潤していたハオマ草をさらに高騰させようと目論み、その群生地に火を放ったのだった。
ハイネの計算では、群生地を半分程度焼いて、のこりを保護の名目で代官が独占すれば、巨額の富を得られるというものであった。
しかし、そのために雇った火属性の使い手だという触れ込みの魔法使いがとんでもない食わせ者で、炎のコントロールなど出来ず、貴重なハオマ草は全滅してしまったのだった。
その混乱の際に、若い商人のドレイク(衛士のコーエンと冒険者のエッカルトの幼なじみ)が死亡してしまったのは痛恨事であった。彼は薬種を扱っていて、ハイネの無理強いを告発しようとして口封じをされたのだった。その時に何らかの行き違いがあったらしく、エッカルトとコーエンが仲違いしたのだという。
ガリオンにとって痛恨事は、この時に代官の手勢と戦闘になり、ガリオンは足首に怪我をして、冒険者家業を引退せざるを得なくなったことだ。
ハイネスゴール伯爵は、ハイネ代官とその家臣たちを一層した後の、新任の代官をファルケがやらないか、と誘ってきた。
これは伯爵家内部でも「累代の家臣から選ぶべき」という反対意見が多かったのだが、「わが家名の一部を下賜したハイネ家ですら、私への忠誠を裏切ったでではないか」という伯爵の皮肉たっぷりの一言が効き目があった。
こうして、まるっきり平民出身の代官が誕生し、さらにガリオンは冒険者ギルドのギルドマスターとしてこの町の支部を預かることになった。
本来、ギルドは国際組織であって、ビルネンベルク王国の支配体制の掣肘は受けない立場なのだが、だからといって無駄に対立する立場という訳でもない。緩やかな緊張関係を持って、互いに協力している、といったところである。
このビルネンベルクの場合は、ギルドマスターも旧代官に取り込まれて不正に関与していたという弱みがあったため、ハイネスゴール伯爵の要望が通り、ファルケ新代官を助けるためにガリオンギルドマスターが誕生したのだ。
当時35歳のギルマスというのはずいぶんと若かったが、実務を受付嬢のソフィーを始めとしたスタッフに丸投げして、ともすればハグレ者が多い冒険者ににらみを効かせることに専念したのが功を奏し、6年経った今では、それなりに風格がでてきている。
ファルケとガリオンを始め、商業ギルドのギルマスのイザベル、そして衛士隊のアロイス隊長といった町の首脳部の尽力があり、金のなる木(ハオマ草)を失ったにも関わらず、ビルネンベルクの町はどうにか急速に廃れることもなく持ちこたえていた。
そして先日、久方ぶりにポーションを作れる魔法使いが町に現れた、という知らせをイザベルから聞き、しかもその魔法使いがまだ未成年の少女ということで、機会を見つけて直に話をしておきたいと思っていたのだ。
交易隊の護衛依頼で知り合ったそうだが、ガリオンが一番信頼している冒険者パーティの「剣のきらめき」や、若手の「野獣の牙」もその少女の魔法を知っているということだそうだ。
それで、ガリオンは「剣のきらめき」のジャックと話したのだが、彼によると「どうもあのお嬢ちゃんの魔法は底が知れない。俺に判っている範囲でも大したもんだが、それで全部とも思えない」ということだった。
それほどの魔法使いがこの町に居着いてくれれば、どれほどの波及効果があるだろうか。今のギルドには、カイという中年に差し掛かった位のソロ冒険者の魔法使いが1人居るだけだ。彼は、幾つかの属性の攻撃魔法を使い、召喚スキルで鳥の魔物を呼び出し使役出来る。
本来であれば、このギルドの冒険者代表でもおかしくない実力はあるのだが、如何せん、性格に難がありすぎる。魔法使いはともすれば、他者に利用されることが多く、我が身を守る為に狷介な性格になることが多いのだが、カイはそれが極端すぎる。
難しい依頼を受けたパーティが安全に依頼を遂行するためにカイに臨時メンバーを頼むと、依頼料の半分をカイが取り、さらに食事や必要品などはそのパーティ持ち。しかも、常に尊大な態度……という訳で、嫌われているのだ。しかも、何度か困難に襲われた時に臨時パーティとは言えパーティメンバーを見捨てて逃げたことがあるらしく、そのためにもっと大きな町からこのビルネンベルクに流れてきた、という噂も囁かれている。
カイは現在、Cランクなのだが、この町のトップのジャックがBランクなのが面白くないようで、何かというと「剣のきらめき」に突っかかっているのも、ガリオンが頭を抱えるところだった。
「その娘っ子は美人になりそうだし、このギルドのマスコットのようになってくれたら、言う事ないのだが」
ガリオンは、代官のファルケにもそう話していた。
その娘が、見習い冒険者達を助けてくれたのは良いが、聞くと単独で森のかなり奥の方まで行ったらしい。
魔法の腕に自信があるのかも知れないが、ガリオンはヒヤリとした。
ジャックの話では、かなりの魔力だが、攻撃魔法の使い手かどうか迄は判らないということであった。
ガリオンは自身が魔法使いではないので、良く分からないのだが、攻撃魔法の使い手というのは相性の問題があって、魔力が多い魔法使いなら攻撃魔法が必ず使えるという訳でも無いらしい。
それで、この機会に少女の顔を見ておくのと同時に、少し説教をすることにしたのだ。
「この町のチカモリは奥のほうがかなり危険だって聞いているはずだ。成人すればどこに行こうが本人の責任だが、未成年の見習い冒険者はギルドの決め事に従って、森の縁のあたりだけで採取することになっている。
孤児院の連中あたりは、魔物避けの犬を連れて行くからという条件で認めているのだ。 ま、アイツラもその犬が死んじまっているのに、森の奥まで行ったらしいから、説教くれてやらにゃならんが、お前も駄目だ。
ポーションを売れば、生活には困らんのだろ。なんだって危険だって判っているところまでノコノコ入っていくんだ」
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