第275話 夜会の翌朝
とりあえず、ローマンもエーベルハルトも眠くて仕方ない。
「面白い話だけど、とりあえずは少し眠ってから考えようじゃないか」
「そうだな。俺も朝日が目に染みる」
昨夜もことが終わってからは一眠りしたものの、やはりああした場所で完全に正体無く眠りこけるようでは軍人としてはあまりよろしく無い。
それで2人ともかなり寝不足気味だったので、一旦、自分たちの宿に戻って眠ることにしたのだった。
今回のオフは、自由都市連合の状況を視察するという名目で、カイゼル王国の諜報用の軍資金からある程度の経費が出ていた。
それで彼らは、この町で一番のリゾートホテルに宿を取って滞在していたのだった。
この町で一番のリゾートホテル、すなわちマジックレディス一行の泊まる宿であった。
***
「それにしても昨夜のフロリア人気にはびっくりだね。ま、この前コバルトを生成して見せたから、狙われてるのは判ってたけどさ」
「きっと、ヴィーゴさんはこうなるって知っていて、フロリアを隠れ家会場に案内したんじゃない?」
「エンマ。迂闊なことを言ってはいけません。ヴィーゴさんは帰り際に、こんなことになるとは思っていなかったと、アドリアに謝罪していましたよ。あれはジューコーの錬金術師達の暴走ですよ」
翌日の朝。
マジックレディス一行が宿泊するリゾートホテルで朝食を取りながら、無駄話をしている。祭りが終わった次の日のように、何やら気が抜けたような穏やかな朝で、ダラダラとダベリながら、食事をとる。
食卓の話題はなんといっても、フロリアの大モテ話である。
もちろん、マジックレディスは雷撃のアドリアをはじめ、美人揃いの女魔法使いの集団なのだから、OBのエンマも含めて、どこに行ってもモテるのだが昨夜はちょっと風向きが違った。
フロリアが精霊を召喚して精製したコバルトだが、純度が高く量もたっぷりで、コバルト鉱山が採掘を再開するまでの繋ぎとして十分だっただけではなく、残ったものは高品位の魔導具を作るための原料として大事に使われたそうなのだ。
そもそもジューコーは、コバルト鉱山を目当てにその近隣に出来た町なのだが、そのコバルト鉱山が採掘不能になったのだ。マジックレディスの魔物討伐が成功して、採掘自体は再開しているが、将来的なことを見越すと精霊コボルトを召喚できる術師の存在は大きい。
もちろん、ジューコーのギルドお抱えの術師も数人いるが、フロリアに比べると腕の差は歴然。
コボルトを召喚できる召喚術師はただでさえ、他の国の工房などでも引っ張りだこで、高給を支払うのはもちろん、男の術師であれば美人の嫁を宛てがってその嫁にこの土地から動きたくないと言わせたりして、縛り付けるために様々な対策を取っている。
なので、それまで鉱山に頼っていたジューコーは、有名な魔導具の町でありながら、召喚術師獲得には出遅れていた。
そこへ、第一級のフリーの召喚術師を発見したのである。余所の国の工房に盗られるようなことになれば大変である。
それで、正直に言えばかなり見苦しいような勧誘合戦になったのである。
「ま、フィオのお陰で私達はゆっくりとお料理を楽しめたから良かったけどねえ」
モルガーナはシラッと憎まれ口を叩く。
「でも、こんな調子が続くようだと、フィオの冒険者人生に陰をさすようになるのでは?……ただでさえ、冒険者としても狙われるだろうに、それに加えて、錬金術師としても狙われたら、将来ソロになれないんじゃ……」
ソーニャのもっともな心配に、「だったら、ずっとマジックレディスに居れば良いじゃん。姐さんもそれで良いでしょ」とモルガーナは気楽なものだった。
「そうさね。フィオの好きなように決めれば良いさ。私は、フィオがいたければ、いつまでだって居て良いよ。
だけど、独立の場合はソロになったら勧誘合戦でまともにギルドにも顔出し出来なくなるかもね。……独立が希望だったら、どこか他のパーティに加わった方が良いかもね。
それとも、自分でパーティを立ち上げるか、……あ、強い男を見つけて引っ付いたら、ちょうどよい虫よけになるかもね」
「そんなの駄目だよ、姐さん! フィオは私のモンなんだから。 ね~、フィオ」
そう言って、モルガーナはフロリアの首筋に抱きつく。
「あんた、ソーニャ、ソーニャって騒いでなかった? その前はエンマだったし。歴代彼女の前で新しい彼女にご執心って、そのうち刺されるかも」
「ふーんだ、私は姐さんみたいに、ルイーザ一筋じゃないんだもん」
「な、何を朝から言っているんですか! 姐さんもやめて下さい!」
他の宿泊客も近くにいる朝の食堂で色っぽい話を始めたモルガーナ達に、ずっと黙っていたルイーザが頬を赤らめて制止する。
「ほうら、怒られた」
エンマがそれを見て、大いに笑い転げるのだった。
それにしても……とフロリアは思う。
昨夜、あの会場にはジューコーの町の重鎮立ちだけではなく、ファーレンティン大魔導師も居た。この大陸各地に支部を持つ錬金術ギルドの総帥とも言える立場の大魔導師で、普段はフライハイトブルクの本部ギルドにいる。
以前、特に請われてバルトーク伯爵領で令嬢フランチェスカ(現在はシュタイン大公国の皇太子妃)に取り憑いていた魔導具(呪具)であるやみ蛇を売却して、多いに興味を持たれてしまった。
その後、フロリアのことを精査したらしく、昨夜はフロリアがヴェスターランド王国のビルネンベルクで自作(お師匠様のアシュレイと共同で作った)ゴーレムを駆使してスタンピードの波を撃破したことをしっかりと把握されていた。
まあ、それは商業ギルドなり冒険者ギルドなりにはすでに情報が知られているのだから、そこから調べれば簡単に判ることなのだが、その時のゴーレムを見たがっていてちょっと困った。
ただ単純に断るだけなら、知らぬ存ぜぬで押し通せば良いのだ。誰であろうと、冒険者の秘密を無理に聞き出すのはタブーなので有るから。
だが、フロリアは単純にファーレンティンの願いをはねつけるだけで良いのか、決めかねる点があるのだ。
以前にベルクヴェルク基地を入手した後、フロリアは1つの宿題を自分で自分に課すことになった。
ルイーザが心酔する七大転生人ではないが、フロリアもこの世界に転生したからには、何か爪痕を残すべきなのかも知れない、……そう思わないでもなかったのだ。
そのためにはベルクヴェルク基地を明らかにして、その科学力をこの世界の発展の為に使う……それが一番手っ取り早いだろう。
だけど……。
どうやって広めていくのかが問題である。あの力は、今のこの世界の文明レベルから隔絶している。それを人々の幸福の為だけに使うのならば良いが、戦争の道具として使った場合には、この世界を崩壊に導きかねない。
簡単に誰にでも開示できるような情報ではないのだ。
基地の管理人とも言えるセバスチャンに聞いたところ、前の主人であるガリレオ氏は基地を隠すことを選択したが、同時に
「この基地を受け継ぐ者が現れた場合、新しい主人がその時の状況を考えて、基地の存在を明らかにして、その力を全て世の中に拡散したほうが良いと考えるかも知れない。
その時にはその判断に従え」
という指示も受けていたのだという。
「ガリレイ様は潮目とか流れ、という言葉を使っておられましたが、いつか外の様子が変われば、我々の活動方針も変わるのが自然なことであると仰っておられました。その潮目を読むのは、次のご主人さまの仕事であるとも。
フロリア様が開放すべきと判断されたのでしたら、我々はそのご意思を十分に実現すべくお支え申し上げるのみでございます」
誰かに基地のことを明かすとして、自分が知る限り一番の適役はファーレンティン大魔導師である、というのはフロリアに異存がない。何と言っても、魔導具や錬金術の専門家で、生涯を掛けてその研究をしてきた人である。
ギルドの組織には大勢の研究者も居て、その指揮もとれる人だ。
さらに言うなれば、各国の宮廷魔術師などに比べて、自由都市連合のギルドが一番戦争に使う可能性が少ないように思う。
フロリアが理解している限りでは、自由都市連合は交易都市を中心にしているだけに、その国策は平和主義である。
前世の日本で蔓延していたような、教条主義的な平和主義ではなく、「平和でないと商売に差し障りがある」という実利的な平和主義だった。
、逆に言えば平和を守るためには少々の汚い裏工作や政治的な取引、場合によっては破壊活動も辞さないというかなり血腥い平和主義なのだが、それだけに薄っぺらい理想やスローガンを掲げるだけの平和主義より信用できるような気がした。
いつまでにやらなきゃならない、という提出期限が決まっている宿題ではないので、逆に棚上げして放置している期間が長くなってしまっているのは、フロリア自身でも感じるところである。
ファーレンティン大魔導師について言えば、さすがにあまり待たせると"お迎え"が先に来てしまいそうだが……。
「どうしたの、ティオちゃん? なんか、大人しくなっちゃったけど。あんまりモルガーナにいじめられて、落ち込んじゃった?」
エンマにそう聞かれて、自分が考え込んでいたことに気がつく。
「ちょ!! ひどいよ、エンマ。私はいつもティオには優しいじゃない! ね、ティオ、そうだよね」
ついさっき怒られたばかりなのだが、モルガーナがまた騒ぐ。
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