第273話 海辺のロミオとジュリエット2
良い雰囲気も手伝って、酒精分が薄い甘いお酒でも魔法少女をトロンとさせるには十分であった。そこへウルト○マンが肩を抱き、仮面をずらして口もとをあらわにしたのだった。
整った口元に吸い寄せられるように魔法少女は瞳を閉じ、そのまま深く口付けをされるのであった。体の力が抜ける。
このまま、どこかに連れされてても、抵抗できそうにない……。
「お嬢様。あまりにオイタがすぎるようでございます。お父上様もお探しですので、お戻りくださいまし」
その瞬間、聞き慣れた声が、魔法少女を現実に引き戻す。消えてしまったジュリエンヌを探し回ってようやく発見した侍女のシモンヌであった。
「そちらのお方も、どなたか存じませんが、お嬢様はそろそろお帰りの時間でございます。お戯れはその辺にしていただきたく存じます」
「おや、これは失礼」
ウルト○マンは大人しく、魔法少女を離したのだった。男装の麗人とまえでは言わなくとも、細身でタキシード姿がけっこう似合っているシモンヌが素早く近寄ると、シナシナと崩れ落ちそうなお嬢様を抱きとめた。
「あっ! シモンヌ! なんであんたがここに?!」
ジュリエンヌは身を固くすると、シモンヌの腕から逃れようとする。
どうやら、お楽しみの時間が終わったと判断したウルト○マンは、仮面を付け直すと、「お嬢さん。お迎えが来たみたいですね。またご縁がありましたらどこかでお会いしましょう」とあっさり、ジュリエンヌを諦めるのだった。
外国で一夜限りの恋なら後腐れも無いだろうと思ったのだが、夜会にまで侍女が付いてくるようではそうもいかぬようだった。というか、父親まで夜会に来ているのなら、どちらにしても口説き落とす相手では無かったみたいだ。
この辺は手慣れているウルト○マンは、あっさり諦めると、次の恋の相手を探すべく、会場へと戻っていくのだった。
「あ、お待ちになって」
それを追おうとするジュリエンヌに、そのジュリエンヌを制止するシモンヌ。他のカップルも、ちらほらこちらを見ている。
ジュリエンヌは小さなマスクだけなので、仮装しているとは言え、知っている者が見ればどこの誰か判ってしまう。こんなところで、こうした騒ぎを起こすのはとてもまずい。お嬢様の将来に差し障ってしまう可能性すらあるのだ。
「さ、お嬢様。お父上のところに戻りますよ」
「嫌よ!! 何なのよ、あんたは! いつもいつも私の邪魔ばっかりして! 放っておいてよ」
「そのような訳には参りません。さ、お嬢様、参りますよ」
シモンヌは手慣れたもので、特にどこに力を入れているという風でも無いのに、ジュリエンヌが身動きできないように関節の急所を押さえると、そのまま会場の隅の方に歩いて行くのであった。
「バカ! 離せ、離しなさいよ!!」
ジュリエンヌが騒ぐが、シモンヌから逃れることはできない。
シモンヌは会場には入らずに隅の方に行くと、通りかかったボーイを呼び止めて、左右にピンとヒゲが跳ねたお面を付けた紳士を呼んでもらえないか、と頼む。
ボーイは心得たもので、事情も聞かず一礼をして立ち去ったかと思うと、10分もしないうちにジュリエンヌの父親で、フラール王国の法衣貴族カプレ子爵を連れて戻ってきたのだった。続いて、子爵夫人も姿を現す。2人とも娘を探して、広い会場内をあちこち探し回っていたのに、どうやって探し当てたのか謎である。
「おう。こんなところに居ったのか、ジュリエンヌ。探させおって」
「お父さま、お母さま! この無礼者を罰して下さい! ええい、私から手を離せ、シモンヌ!」
シモンヌはようやく、拘束を解いて、ジュリエンヌを自由にする。
「何だって、お前は私の邪魔ばかりするの! そんなに私が苦しんだら面白いと思っているの?!」
「お嬢様の評判のためでございます。まだ嫁入り前だということをよくお考え下さい」
そのシモンヌの一言で、ジュリエンヌが何をしていたのか、だいたい察した子爵は、娘を叱り飛ばした。
「お前は、どこまで軽率な行動を取れば気が済むのだ。今夜、この夜会に参加することを許したのは、そんな浮ついた真似を許すためではない!! せっかく、お前の婚約者と引き合わせようとしたのに、フラフラといなくなるとは何事だ! ティベリオ君もどこかへ消えてしまうし、全く何のための夜会だか、判らぬではないか!」
「……婚約者、私のですか?」
「そうですよ。今夜、こちらに参加していたので、お父さまは引き合わせようとしておられたのです」
「い、嫌よ!! 私は、先程のあの方と」
子爵がシモンヌを見ると、「申し訳ありません」と頭をさげた。
「や、やはり、どこの馬の骨とも知れぬ輩と乳繰り合っておったのか、このバカ娘が!! ええい、今日はもう帰るぞ。こんな言い争いを表でやるわけにはいかぬ」
「嫌よ。私はあのお方を探して、もう一度……」
それ以上、ジュリエンヌは何もいう暇を与えられなかった。
子爵は護身用の軽い衝撃を相手に与える魔導具を使ったのだ。フロリアやアドリアあたりが使う電撃の魔法の軽量版で、相手が魔法使いだとたいていはキャンセルされてしまうが、無防備な15歳の少女には効果てきめんであった。
なかば朦朧としているジュリエンヌを抱きかかえるようにしたシモンヌと子爵夫人は、子爵の後を追う。子爵は知り合いに行き会うと、気軽な口調で「いや、娘が人混みにあてられたようでしてな、ちょっと早めに失礼します。ええ、また改めてお会いしましょう。……そうですとも、あの貨客船をフラール王国の方に回していただく話はこちらも期待しておりますとも……」などと如才なく話しながら、会場の出口に向かうのだった。
……
「ローマン。どうした? てっきり釣り上げたから、どこかにしけこんだかと思っていたぞ」
仮○ライダー1号ことカイゼル王国軍人エーベルハルトは、同輩のウルト○マンことローマンに話しかけた。
「ああ、エーベルハルトか。いや、釣り針に引っ掛かったんだけどな、取り逃がしてしまったよ」
肩をすくめる。
「なんだ。お前にしては珍しいな」
「ああ、ちょっと普段と趣きを変えて、若鹿を狩ろうと思ったんだが、お付きが付いていてな。うまくいかぬものだったよ。
……だが、あのお付きの方がそそるものがあったな。細すぎる気もするが、おそらくは何かの武術でもやっているのだろう、引き締まって良い体をしていた。
いつもの脂身たっぷりに飽きて、若鹿でも……と思ったが、鍛えられた赤身の方が旨いやも知れぬ」
「相変わらずだな。もてすぎて、ゲテモノ趣味になっているんじゃないのか?」
「ハハハ。そういうお主はどうだったんだ」
「ふむ。おそらくは冒険者風情だと思うが、やはり若鹿とお近づきになれそうだったんだがな……。
何人も居たのだが、どうも思った仔鹿が反応が無くてな。別の若鹿にしつこくされて、逃げ出して来たよ。そもそも、ちょっと揉め事があったもので、変に周りの注目を集めてしまったし、あれじゃあ、うまく引っ掛けられぬ。
だが、あの子鹿が付けていた仮面には見覚えがある。確か、浜辺の通りの一番の宿で貸し出しているものだ。場所さえ判れば、まだやりようはあるよ。何しろ、狙いは一番の仔鹿ちゃんだ。
あの銀髪はなんとも言えぬ。まだ成人まで数年といったところか。周りの姉鹿たちから離れたところを狙って、若くて硬い肉を愉しませて貰うつもりだ」
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