第269話 夜会にて3
せっかくのパーティである。魔法少女のことは忘れて、十分に愉しもう。
フロリア達はパーティ会場に戻る。
「おお、可愛らしいお嬢さんたちだ。一杯、いかがですか?」
戻るや、狼の顔を模した黒いマスクを付け、瀟洒なサマースーツに身を包んだ紳士達に話しかけられる。そちらも4人組で、年の頃は30代以降か。どうもマスクを付けていると、年齢がわかりにくい。
フロリアには明らかに年長すぎる相手だが、18歳になるモルガーナやエンマだと、話し相手になってもそれほど違和感がない(この世界は年の差婚も対して珍しくはないのだ)。
特にこの2人は発育も良いし、性格はともかく見た目は大人っぽい。
「あら、ありがとう」
素直にモルガーナは相手になることにしたようだ。紳士は通りがかるウェイターがお盆に乗せていた小さなグラスをとって、モルガーナに渡す。ついでにあと3つ、持ってくるように命じる。
「私達のことは北の狼とでもおよび下さいな」
「狼さん達、すごく強そうですね」
フロリアにとっては懐かしい訛りが僅かにある。シュタイン大公国から来たのか、それとももしかしてヴェスターランド王国からわざわざ来た客人なのだろうか。
多分、貴族の関係者だと思うので、さすがにヴェスターランド王国は無いか。
シュタイン大公国も、ヴェスターランドと同根の国で民族的にも似ているので、同じ大陸の共通語(古い時代に転生人が広めた日本語)をはなしていても、独特のイントネーションがこの2国は似ているのであった。
「なあに、狼とは言ってもおとなしいものですよ」
「あら、女性に対しては、獰猛になるんじゃないの?」
「ははは、お嬢さんたちぐらい美しいと、先祖の血が蘇るかも知れませんな」
すごいどうでも良い会話だなあ、とフロリアは思いながら、聞いていた。すると、狼の1人がフロリアにも話しかけてきて、なんか困った。
身分を問わない、詮索しないパーティというのは、逆に言えばこうした会話で相手のことを聞いたり、自分のことを話したり出来ないということで、話のネタが思い浮かばない。こうした時に会話術とか必要になるのだろう。
前世でも、クラスメイトとカラオケに行くぐらいで、合コンとかは無かったものなあ。せめて大学生まで生きていたら、そういう経験も積めたかも知れなかったけど。
相手もどうやら、狼の中では若いようで、場慣れしてないのか、話を繋げられない。
無言のまま、気まずい時間が流れる。
他の狼たちは、どうやら今夜のお相手が欲しいのか、このリゾートに滞在している間の恋人を探しているのか、どうやらそんな感じだったのだが、モルガーナやエンマはそれを敏感に察して、すぐに適当にやり過ごすようになり、ソーニャは最初っからけっこう木で鼻をくくるような感じで相手をしており、フロリアもぎこちなさが酷い、という状況。
10分ほど、会話をしたが、「また、機会があれば、おあいしましょう」という言葉を最後に狼達は次の獲物を求めて去っていった。
まあ、しつこく絡まないで、すぐに去ってくれるのだから、嫌悪感を覚える相手ではないのだろう。フロリアにしてみれば、一番若い狼でも自分の年齢の倍以上なので、ちょっと……という気分は有るのだけれど。
「それじゃあ、ご馳走を愉しもうよ」
というモルガーナの言葉で、一旦社交はお休みにして、テーブルに並んだご馳走に集中することにした。
いや、する積りだった。
それが、妨げられたのだ。
"フロリア、敵意だぞ"
というトパーズの囁き。
とっさに会場内を見渡すと、こちらを見ている4人組の姿が目についた。先程の狼達のような瀟洒なサマースーツを着こなしたような紳士ではない。
冒険者の格好を埃を叩いて、それっぽくスカーフとか結んでアレンジしているけど、そこが割れている、といった感じ。マスクも黒の小さな両端がピンと跳ねたデザインのマスク。
飾り気も何もあったものじゃない。いくら無礼講のパーティでもさすがに浮いている。他に服は持ってないのだろうか?
そして、この4人組の姿にはフロリアも見覚えが有る。というか、今日の昼間は彼らを釣りだそうと岬の突端近くまで行ったのだ。
「エンマさん。嫌な人たちに見つかりました」
フロリアは風魔法で、エンマ達にだけ聞こえるように言葉を届ける。
エンマは振り向くと、フロリアの視線をおって、4人組の姿を認め、顔色がさっと変わったのが仮面越しでも判った。
焔の魔導師の連中である。
リーダーのアンガスはズカズカとエンマの方に近寄ってくると、「おい、珍しいところで会うじゃねえか」と切り出す。
「あら、どちら様?」
「おい、ふざけんなよ」
「ふざけてんのはどっちよ。無礼講って言葉知らない?」
モルガーナが口を挟む。
「ふん。おめえら、マジックレディスの連中だな。ちっとばかし名が売れてるからって、偉そうにふんぞり返りやがって。、どいつもアドリアの腰巾着みてえなもんじゃねえか。この前から、俺らが居るのに気がついていた癖に無視しやがっていたよな。
あんまり舐めるなよ」
「ああ、なんかコソコソ跡を付けてきてる連中がいるなあ、とは思っていたよ。しばらくギルドに顔を出さなかったら、なんか知らない魔法使いが幅を利かせているんだってねえ。私達を腰巾着なんて言うからには、さぞや実力が有るんでしょうねえ」
モルガーナのからかうような口調にさっとアンガスの顔が紅潮するのが判った。
他のメンバー3人は、アンガスから少し離れた後ろの方に固まっている。
今のモルガーナもソーニャも魔力を隠していない。
なので、彼らにはその圧力は十分に感じられるので、恐れて居るのだろう。
よもやパーティ会場で本気を出すことは無いだろうが、物の弾みでモルガーナが魔法を使ったら、彼らは一瞬であの世行きになりかねない。
アンガスは嘲笑に乗って、本格的に喧嘩を始めるのかと思ったが、沈黙の数瞬を経て、「俺は別にあんたに用事はない。エンマに用事があるだけだ」と言った。
「私は用事は無いわ。何度も言ったでしょ。私はあんた達のメンバーに加わる積りはないし、ソロで仕事を続ける積りなの。魔法使いが足りないのなら、誰か別の人を探してよ」
「こっちはお前のために言っているんだ、わからねえのか。女が1人で活動してたら、色々と付け狙われるし、受けられる仕事も限られる。俺たちが一緒なら、ずっと仕事の幅が広がるんだ。
お前だって、以前はパーティ組んでいたんだから、判るだろうが」
「マジックレディスとあんた達じゃあ、一緒に出来ないよ。それに、男ばっかりのパーティに私が1人で加わるなんて、できるわけ無いじゃない。
周りは私があんたの女になったと思われるだけ。そんなの冗談じゃないわ。
それに仕事が広がるって言っても、今のあんた達の構成じゃあ、どっちにしても受けられる仕事は知れてるわ。正直言って、そっちの3人は居るだけじゃないの」
「だから、お前が加われば、いろんな仕事が受けられるって言ってるんだ。1人で加入が嫌なら、そっちのチビも一緒に加われば良い。そいつはまだ見習いなんだろ。俺たちのパーティの見習いでも構わねえだろ」
アンガスはフロリアに手を伸ばそうとする。
急に自分に矛先がむいて驚いたフロリアだったが、スッと一歩引いて、アンガスの手を避ける。
これが町中とかなら、わざと手首を掴ませて、その瞬間に電撃の一つもお見舞いするところだが、パーティ会場でそれは多分まずい。
ヴィーゴさんに迷惑が掛かると困る。
モルガーナとソーニャが私の前にスッと割り込む。
にらみ合い、数秒。
「お嬢さんたち、お困りのようですね」
若い男性の声が割って入ってきた。
いつも読んでくださってありがとうございます。




