第268話 夜会にて2
魔法使いとは言っても、どうみても本物ではない。
冒険者ギルドでたむろしている魔法使いが、自分が魔法使いだとアピールするための格好というと、汚れが目立たない黒っぽい色で埃りにまみれているのが普通だった。
それに比べると、この少女のとんがり帽子に魔法使いのローブを着た少女だが、白っぽい色合いで光を反射して玉虫色に変化するという凝ったモノ。
そのローブの下も美しい薄手のブラウスに、プリーツスカート。リゾート地らしく華やかな色合いで、「魔法使いっていうか、魔法少女みたい」とフロリアは思った。
小さなマスクは目元が隠れているだけで、かなりの美少女だと言うことは見て取れる。
少し癖っ毛の金髪がつば広のとんがり帽子から長く流れている。
エンマは、かなり驚いた様子で、「おじょ……、魔法使いさん、驚きました!」と少女に返した。
「うん! 身分は問わないって言うから、お父様に頼んで無理やり来ちゃったの! せっかく、海に来たんだから、楽しまなきゃ!
ねえ、ハワイアンさんのお友達? 紹介して!!」
「ええ、いいですよ。こちらは、私の同業者の白い狐さんと、船乗りさんと鳥さん」
「同業者! 全部、その……(声を潜めて)冒険者なの?」
「そうですよ」
「うわぁ、楽しそう! ね、お話聞かせて! 狐さん!!」
あっという間にフロリアは捕捉されて、両手を握られた。
「ね、狐さん!! まだ未成年よね、それで冒険者って成れるの?!」
「ま、まだ、見習いですが」
「エン……ハワイアンさんのお友達ってもしかして、魔法使いなの?
あなたたち、みんな魔法使い?」
「そ、そうです」
遠慮なく距離を詰めてくるので、思わず頷いてしまった。
「うわぁ、良いなあ。私も魔法使いになりたかったのに!
ね、ここは人が多いから向こうでお話聞かせてよ!」
ボートが係留されている桟橋の方まで連れて行かれるフロリア。やむなく、モルガーナ達も一緒に来る。
悪意のある相手だと、少々力ずくでも排除するが、この娘は悪意は無さそうなので、相手にしにくい。
「お嬢様。お友達の方がお困りですよ」
いつの間にやら、魔法少女の後ろに控えていた、細身のタキシードが似合う人が声を掛ける。中性的な雰囲気で、声を聞くまで、男性か女性か判らない。
「少しだけよ。あなたはお父様の方に行ってらっしゃい」
「お父上は大切な御用がお有りです」
ともあれ、こうして桟橋に行くと、周りに他のパーティ客が居なくなった。
「ここだったら、少しぐらいルール破ってもいいわよね。私、ジュリエンヌ。フラール王国の生まれで、今回はお父様とお母様がポートフィーノで遊んでいるのに、私はメーリンヴィル(フラール王国の王都)でお留守番なんて飽きちゃったから、お父様にお手紙で頼んで、ここまで来ることを許してもらったの。
それで、来る時にずっとエンマが護衛になってくれて、仲良くなったんだよ。
ね、あなたのお名前は?」
「フロリアって言います」
エンマのような腕利きの魔法使いを個人的な護衛に付けられるぐらいだから、きっと貴族の娘のお忍びなのだろう。先程のタキシードが似合う女性はお付きの侍女兼ボディガードといったところか。
「フロリア! フロリア、……へえ、きれいな名前ね。
まだ未成年でしょ。」
「はい」
「それで、魔物の討伐とかできるの?」
「お世話になっているパーティの見習いになっています。基本的に討伐は出来ませんが、魔物の方から襲撃があったら返り討ちにすることは出来ます」
「ふうん。じゃあ、これまでどんな魔物を討伐したの?」
「以前に魔狼やゴブリンを倒しました」
「なんだ。あんまり強くないのね、あなた。
あ、そういえば、フライハイトブルクには空を飛べる魔法使いがいるんだよね! ええと、有名なマジックレディスの魔法使いで、大鷲にのって飛び回るって聞いたんだけど、知ってる? なんか可愛い女の子らしいんだけど」
「はあ」
「ね、その人に鷲に乗せてくれるように頼んでくれない? 私、いちど空を飛んでみたいんだよね」
これは絶対に自分がその女の子だと知られてはいけないと思ったフロリアだった。
「フライハイトブルクは大きな町だから、冒険者もたくさんいます。そういう魔法使いのパーティもあると聞きましたけど、簡単に知り合いになれません」
「なあんだ。……あんた、可愛い顔してる割りにはつまんないわね」
急にフロリアに興味をなくした魔法使いは、エンマに「それじゃあ、わたし、他の人とお話してくるね」
と言って、さらりと立ち去っていった。
タキシードが似合う人が慌ててあとを追う。
「ふう。……ごめんね、フロリア」
エンマが頭を下げる。
「あの娘、悪い子じゃないんだけど、いつもあんな調子だったんだよね」
モルガーナが「あれを、メーリンヴィルからここまで護衛してきたの?」と残念な人を見るような目でエンマを見る。
「ええ。報酬がすごく良かったし、楽な仕事だったから受けたんだけど、疲れたよ。ていうか、ここにいる間は良いんだけど、帰りも護衛しないとならないんだよね……」
「ご苦労さま……」
エンマもプロとして、依頼主の情報を喋る訳にはいかないが、どうしてもストレスが溜まったらしく、個人名は出さずに愚痴を聞かされた。
この魔法少女のお嬢様はフラール王国の外交官畑の法衣貴族のご令嬢で、父親はよくフライハイトブルクに行くことが多く、今回はそこから更にポートフィーノに来ている。
もちろん、遊びで来ている訳ではなく、避暑を装いながら、秘密裏の外交をしているのだが……。
今回は金持ち貴族の避暑を装うために夫人を連れていたのだが、それに噛みついたのがご令嬢。自分も有名な避暑地のポートフィーノに行きたい、という手紙を何通も書いたのだそうだ。
「いつもは何を言ってもお父様は無視するのに、今回はそれならお前も来て良い、って返事がきたの」
とご令嬢は大喜びをしたそうだ。
それで、お付きの侍女(タキシード姿の人)と、騎士3人ほどを付けたのだが、同性の護衛がいないと、騎士では入れないような場所(トイレやお風呂)などで襲われた場合に対応できない、ということで、父の護衛を何度か勤めた実績のあるエンマに声が掛かったのだそうだ。
それで、モルドル河を下る貨客船でフライハイトブルクまで行って、あとは馬車でポートフィーノまで旅行するのを護衛したそうだ。
「特に危ないことは無かったし、依頼としては楽な筈だったんだけどねえ」
エンマはため息を付いた。
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