第267話 夜会にて1
これから行われるパーティは、多分いわゆる仮面舞踏会である、とルイーザは言った。
ヨーロッパで行われた仮面舞踏会では、出席者の身分に関係なく無礼講的な意味合いで楽しむように仮面をつけて仮装したと言われているが、このポートフィーノの仮面舞踏会でも意味合いは同じようなものである。
マスクを付けている間は、出席者が冒険者であろうと、商人であろうと、他国の貴族、王族であろうと関係ない、というルールが適用されるのだ。実際には身分も素性もバレバレなことが多いのだが、マスクを付けている間だけは互いにそれに気が付かないふりをするという申し合わせみたいなものであった。
こうした仮面舞踏会は実はポートフィーノでは良く開催されるのだった。
通常、この大陸の多くの国ではパーティとは貴族が社交のために開催するものであって、庶民は参加しない。
庶民が何らかの事情でパーティじみたものを主催するとしても、貴族を憚って、敢えて違うやり方をするものであるし、そうした催しに貴族が参加することはあり得ないのであった。
しかし、自由都市連合は元来が貴族が存在しない町である(実際には代々、金持ちで街の支配階級の家柄であるという名家は存在するのだが)。
そして、そうした人々――大抵は裕福な商人や大工房の親方、いろいろなギルドのマスター達――の主催するパーティに他国からお忍びで来ている貴族や場合によっては王族が参加することすらあったのだった。
特に大陸屈指のリゾート地で、密かに外交の舞台になることも少なくなかったポートフィーノでは、そうしたパーティは割りと頻繁に行われ、外交のいち手段として機能しているのだった。
それで、仮面舞踏会である。
身分や素性を隠す(知らなかったことにできる)というメリットは大きく、本来の堅苦しい立場から羽目を外して楽しむ、という目的以外に、普通ならば政治的立場があるために、ざっくばらんに話し合うことはおろかまともに会うことも出来ない相手と余人を交えずに話ができるというのは、見逃せない効果をうむのであった。
それでポートフィーノのパーティは大抵が仮面舞踏会形式であった。
「いやあ、すっかり忘れてたよ。久しぶりだったからね」
ルイーザが当たり前のようにマスクを取り出すまで、アドリアは通常のあまり気取らないパーティ程度の積りだったことを白状した。
「こちらで用意しなくとも、ヴィーゴさんなら予備のマスクぐらい会場に用意してあるのでしょうけど」
というルイーザの言葉に、「たぶんね。でも、どうせならおしゃれなマスクが良いから、やっぱりルイーザがいてくれて助かったよ」
ベネチアンマスクのどこか妖しげな雰囲気と、けっこう健康的な若手組の格好はあまりそぐわない。
だが、要するにマスクをしていれば良いらしく、ルイーザの取り出した多種多様なマスクにあまりベネチアンマスクのようなデザインのものは無かった。
フロリアは日本のお祭りで売っていそうな狐のお面を模したものを選んだ。ただ顔全部を隠すものではなく、鼻から上を覆うデザインであった。せっかくのご馳走が待っているのに、顔全体を覆ってしまい、それを食べられないなんてあり得ない!
モルガーナ達も鳥や犬を模したユーモラスなものを選んでいる。年長組は前世の古い映画で見たベネチアンマスク、マスカレードマスクを選ぶ。
このあたりのベネチアンマスクや狐のお面あたりも、最初は転生人が広めたのだろうな、とフロリアは思った。
こうして各自マスクを選んだ後は、もう出発時間だ。
宿に到着した馬車に乗り込んで、少し走ったらもう夜会会場に着く。
会場はポートフィーノの波止場の近くの広場を貸し切ったもので、向かいの老舗のホテルから食事などが運び込まれて、屋外パーティの準備が出来ていた。昼間は散歩道やカフェテラスのようになっている広場があちこちに高いポールが立てられ、そこから斜めに渡されたロープに光の魔道具がいくつも吊るされて、会場を華やかに照らしている。
すでに大勢の人々が集まっていて、みな一様に仮面をつけている。服装はやはり暑い季節のリゾート地だけあって、男性はスラックスに開襟シャツ、ノータイでサマージャケット風の上着といった服装が多く、女性も本格的なパーティドレスと言うよりはサマードレス風のものが多く、砕けた雰囲気のパーティであった。
参加者の中でも若い世代になるフロリア達の服装も特にこの中では違和感が無かった。他の若い参加者もちらほらいるが、やはり砕けた格好が基本であった。
会場に入るとすぐに、仮面をつけていてもヴィーゴさんだと丸わかりの紳士と、ええと、あれは確かフライハイトブルクのヴィーゴ商会の支店の支配人のフリッツさんだっけ、その2人が近寄ってきて、「今日は愉しんで行ってください」とだけ挨拶をした。
アドリアも相手の素性は判らない、という建前なので、敢えてかしこまった挨拶はせずに、「素敵な夜をありがとう」ぐらいの返答で済ませている。
夏のこの時期には、ヴィーゴ商会は毎年、この場所でパーティを開くのが年中行事になっているのだった。今年はたまたま、大きな商談があったために、キーフルからヴィーゴが訪れていて、さらに旧知のマジックレディスがこのリゾート地に来ているという情報をつかんで急遽、招待をしたのだった。
しかし、そのあたりの細かい事情をここで説明することは無い。あくまで、お互いに相手は誰なのか知らないし詮索もしない仮面舞踏会なのだから。
ただ、アドリアとルイーザは、旧知の船乗りを見つけて、ちょっと話をしたいから、と言って残りのメンバーを置いて、行ってしまった(「2~30分で戻るから、羽目を外さない程度に愉しんでいなさい」とのことだ)ので、
「ま、せっかくだから、食いだめしましょ」
マイペースのモルガーナは早速、南国のフルーツが盛られた皿が並ぶテーブルに突撃開始している。
フロリアとしても別に出会いを求めたりしてないので、美味しい食事に集中するのに異存は無い。
なので、お皿に一杯ご馳走を載せてきて、皆でおしゃべりしながら、そのご馳走を愉しむことにする。
つまりはいつもとやっていることは変わらないのだが、ちょっと目先の変わった食事が楽しい。基本的には、このポートフィーノ近海で採れる魚介類を材料にした料理が多いのだけど、パーティだけあってサンドイッチのようなちょっと摘める軽食も用意されている。
そして……、あ、手まり寿司だ。
このあたりは海産物が豊富でお米も穫れるので和食の料理人さえ確保できれば作るのはそこまで難しくない。
パーティ料理としては見た目が美しくて華やか。
さらに小さくて食べやすいので、割合に自由都市連合のパーティでは定番の料理だったのだが、フロリアは出会ったのが初めてだった。
基本的に未成年はまだ本格的なパーティに参加しないというルールがあるし、アドリア達がフロリアを守るためにもパーティに連れて行っていなかったということもある。
それでも、金持ちの未成年の友人でも居ればホームパーティぐらいはあったのかも知れないが、冒険者であるフロリアにはそうした伝手はできにくいのだった。
「あれは手まり寿司っていうんだよ、さすがにヴィーゴさんが用意しただけあって、きれいだね」
モルガーナが教えてくれる。フロリアが知らないと思っているのだ。確かにこの世界での人生では見かけるのは初めてだが、前世ではお馴染みである。
ひな祭りのときなどにおばあちゃんが、この手まり寿司やちらし寿司を作ってくれたことを思い出す。
「うん、ありがとう」
フロリアは取皿に手まり寿司を数個とると、器用に箸を操って食べる。ちょっとお酢が効き過ぎている気もするが、腐敗防止のためだろうか。
「フィ……、ええと、小狐ちゃんは箸が上手ね。私も練習したけど、難しくて」
エンマがフロリアを見て褒める。
フライハイトブルクのパーティホームで練習をして、かなりうまく扱えるようになっている。箸の使い方自体は頭ではわかっているのだが、この体では指が思ったように動いてはくれないのだ。
それでも、アオモリに居たときから、アシュレイとともに和食を食べていたし、「和食の鋼人」の本拠地だったフライハイトブルクではある程度の有名人ともなれば箸が使えないといろいろな席で恥をかくことになるので、パーティホームでは割と頻繁に箸を使う機会を設けていたのだ。
「私も、あそこに居た頃にはずいぶん頑張ったつもりだったんだけどね」
そう言いながらも、エンマもそれなりに箸は使える。幼少期から行儀作法の家庭教師がついているような貴族の令嬢のような訳にはいかないが、これならその貴族令嬢の護衛として行動をともにするような依頼を受けても困ることは無いであろう。
「あ、エン……じゃなくって、ええと、ハワイアンさん! ここに来てたのね!」
後ろからエンマに声がかかった。
振り向くと、銀色のマスクを付けた女魔法使いが居た。
暑くないのだろうか、とフロリアは思った。
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