第261話 海辺の休日1
今日の彼女たちは完全にオフモードで、ちょっと裕福な商家の子女、といった雰囲気の服装でおしゃれをしている。
魔法使いは美形が多い、というのは巷間言われるところであるが、その俗説を裏付けるかのように、4人ともタイプはそれぞれだが美少女ぞろいであった。
フロリアとソーニャは北の出身らしく色白。フロリアは銀髪、ソーニャは金髪。いずれも清楚なワンピースで、フロリアはセバスチャンの作った魔道具のネックレスのみを飾りで編み上げサンダルに白いつば広の帽子を被り、ソーニャは布の靴にあまり大きすぎない帽子。肩甲骨の半ばぐらいまである金髪が映える。
モルガーナは南の出身で髪は淡い金髪で、癖っ毛。日に焼けて健康そうな肌で、伸びやかな手足。今日のような鮮やかな原色のワンピースだと、豊かな胸が一層目立つ。
エンマは南の海辺の地方の出身で、かなり浅黒い。やはり健康的ではち切れそう。今日はボーダー柄のシャツに膝丈のスカート、首に巻いた赤いスカーフが印象的である。
宿の朝食をしっかりと食べた後なのに、フロリアは屋台のパエリアの香りに負けて、小さな皿で買ってくる。広場はそこかしこに中心に日除けのパラソルが貫通している白い丸テーブルとその周りを囲む椅子のセットが置かれていて、そのうちの1つをフロリア達が占領していたのだった。
そこにパエリアを持ち帰ると、モルガーナは呆れたように「太っても知らないよ」とからかう。
魔法はかなり消費カロリーが大きいため、魔法使いは大食漢が多いのだが、太っている者はほとんどいない。
ましてや、体を動かす冒険者でもあるマジックレディスは、女性とは思えないほどいつもたっぷりと食べているのだった。
その中でフロリアも食欲が伝染したかのように、よく食べるようになっていた。
思えば、フロリアにとって、自分以外のよく知っている魔法使いといえば、師匠のアシュレイだけであった。
アシュレイはフロリアと知り合った時にはすでに体調が芳しくなく、だいぶ食欲も落ちていたのであろう。
それでも、同年代の女性と同じぐらいには食べてはいたが、それでは栄養補給が間に合わなかったのか、とても痩せていた。
きっと、お師匠様もアリステア神聖帝国から北に逃げないで、南に逃げていたらもっと美味しいものをたくさん食べられたのだろう、とフロリアは思った。
フロリアを笑ったモルガーナだが、自分だって具だくさんのブイヤベースに白パンという、ちょっとした食事ぐらいの量を食べている。
イカ焼きを食べるソーニャと甘い果物の実のジュースのエンマは、そうしたフロリアとモルガーナを呆れていた。
食事の後、砂浜に出るとそこかしこにパラソルの花が開いて、多くの人が寛いでいる。寝椅子の貸出もしていて、同じデザインの寝椅子がズラリと並んで、そこに思い思いの格好をした人が日光浴をしている。
子どもたちは海に浸かって遊んでいるが、基本的にある程度以上の年齢になると、水着になると言ってもかなり露出は少ない。
男性も女性もしっかり露出は抑えられていて、半袖に太ももの半ばぐらいまで隠れたワンピースタイプの水着になっている。もちろん、お腹を露出することもない。ボーダー柄が多く、特に朱と白のボーダーが目立つのは昨今の流行なのかも知れない。
前世の日本の水着の印象しか無いと違和感がすごいのだろうが、フロリアもこの世界で生まれて10数年は経っているので、こんなものだろうというところである。
何故か、この世界では女性は足を見せることを極端に恥ずかしがる傾向がある。上半身の方だと、貴族の女性の舞踏会の装いなどは胸元を大きく見せるのが当たり前になっているのに、足元はほぼ見せない。
活発な町娘だと膝丈ぐらいのスカートを履くこともあるが、それが限界である。
太ももを露出するような格好は踊り子か娼婦(多くの場合は両者を兼ねている)ぐらいしかしないのが当たり前になっていた。
それで、ワンピースタイプの水着であっても、たいていの女性はその上から羽織物を羽織っていて体の線を出さないようにしている。
海に来てこれだと、あまり意味が無いような気もするが、華やいだ気分で潮風にあたっているだけで、楽しいのかも知れない。
フロリアも知らず知らずのうちに、皆で浜辺を見下ろす散歩道を歩いていると、気分が高揚してくる。
思えば、少女時代は北の国の田舎の森の中。それからあちこちを放浪したとは言っても、こんなリゾート地に来たのは始めてである。
パエリアを平らげたばかりなのに、今度はクレープを買って、食べながら歩いている。 いや、魔法使いはカロリー消費が大きいので、太らないはずである。多分。
"浮かれておるな、フロリア"
"うん。トパーズも一緒に楽しめると良いんだけどね。あ、そうだ。誰かの姿に変化して外に出ない?"
"あのなあ、フロリア"
トパーズがため息をつく。
"せっかく覚えた探知魔法はどうなっているのだ? フロリアだけでは無いわ。お主ら全員に悪意を持つ者が後ろから付けてきておるぞ。合計4名。全員が魔法使いだ"
"ええっ!"
フロリアは、慌てて振り向きそうになるが、さすがにそれは自重するだけの分別はあった。
「ソーニャ、……ソーニャ」
小さな声で、一番近くにいた仲間を呼ぶ。
「どうしたのですか?」
さすがに冒険者だけあって、ソーニャもフロリアの語調にただ事ではないのを察して、一瞬で気持ちを切り替えている。
「トパーズがつけられている、って言っているんです。魔法使い、4名」
「分かりました。相手を確認しましょう」
ソーニャはフッとフロリアの隣から離れて、モルガーナとエンマの傍によると、何事か囁いた。ごく自然な動作で、後ろから見ていても何も判らなかったろう。
そして、ソーニャはクレープを包んでいた包み紙を丸めて、歩道の脇のゴミ箱に捨てに行き、捨てるとすぐにまた3人のところに戻ってきた。その際に、チラリを一瞬だけ後ろを見たのだが、彼女にはその一瞬だけで十分であった。
「男性の冒険者。4人共、魔法使いで、1人だけかなりの魔力量。後は雑魚。このビーチに似合わない格好なので、すごく浮いている」
「やっつける?」
「まだ早いですよ、モルガーナ。別に何かされた訳じゃないのだから」
「でも、付け狙われていると思うと、面白く無いなあ」
「モルガーナ。あの人達、知っている。しばらく前からつきまとわれていたんだよ。フライハイトブルクで、いま売出中のパーティなんだ」
「そうなのですか。見たことありませんでした」
「ソーニャは……モルガーナ達もそうだけど、自分たちだけにしか興味が無いからね。あの連中、全員魔法使いのパーティで注目を集めているんだよ」
「その注目株に狙われたって訳?」
「うん。今でもマジックレディスにいた頃みたいにアドリア姐さんが睨みを利かせていてはくれるんだけどね。それでも、やっぱりソロになるとダメだねえ。
アイツラはリーダーがそれなりに攻撃魔法が使えるだけで、後の3人は魔法使いと魔力持ちのボーダーラインにいるぐらいで、戦闘力も大したことない。
で、リーダーは4大属性全部の攻撃魔法が使えて、召喚魔法で犬を召喚できる私を欲しがって、パーティに入れってここのところ、しつこかったんだよね。
それで、しばらくフライハイトブルクを留守にして、護衛の依頼を受けていたんだけど、こんなところでかち合うなんてツイてないよ」
「もっと早く姐さんに言えば良かったのに」
「なるべく、姐さんには心配をかけないで、何とかしたかったんだよ。
姐さんには恩返しもしないうちに独立しちゃったからね」
「うーん。それなら、この前の話じゃないけど、本当に早く良い人見つけて、引っ付いたら? ソロだから狙われるってこともあるんじゃないの?」
「そうだよねえ……」
「とにかく、今は何もしない連中にこちらから仕掛けるのは感心しません。ちょっと早いけど宿に戻っていましょう。あんな風体の人たちがあの宿に泊まっているとは思えませんから、戻れば安全です。
それで姉さんたちが戻ったら、相談しましょう」
ソーニャの提案に、エンマは自分のために散歩を切り上げるのに難色を示したが、多数決で、皆は早めに戻ることにしたのだった。
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