第260話 ポートフィーナに到着
7月のこの時期は、ゴンドワナ大陸の湾岸部は日差しは強いものの、風が強くて、乾燥しているので、過ごしやすかった。
これがもう少し経って、8月も半ばをすぎると残暑が暑いばかりで湿度も上がって、ポートフィーナのバカンスシーズンも終わっていくのだが。
マジックレディス一行がポートフィーナに着いたのは7月4日の午後であった。
まだ日が落ちるまでは時間があるが、先に宿に入ることにした。
この町は大陸全土に知れ渡った有名なリゾート地であるが、町そのものの面積はそこまで広くは無い。
入江に沿って市街地が続き、その向こうはすぐに山になっているのだ。
現在では、当初の市街地だけではなく、山の上の方や入江を守るように伸びる岬、さらには岬の沖に点在する小島にまでリゾートホテルや金持ちや貴族の別荘が立ち並んでいる。
マジックレディス一行の定宿にしているのは、このポートフィーナでも老舗のリゾートホテルで、入江沿いの一等地に広い敷地を持っている。
自由都市連合の市民でも、よほどの金持ちでないとポートフィーナでバカンスを過ごすチャンスなど一生に一度、有るか無いかと言われているほどであるのに、さすがにマジックレディスの雷撃のアドリアともなると、"定宿"を持っているのだった。
もっとも、モルガーナに言わせれば、「どうせなら宿じゃなくて別荘ぐらい買えばいいのに」ということである。
「モルガーナ。アドリアが別荘を持ったら、きっとマジックレディスの卒業生の魔法使い達が入れ替わり立ち替わり、入り浸って碌なことにならない、あんたもすぐにその1人になりそうだ」と、ルイーザに突っ込まれていたが。
それで、定宿に着いてみたら、敷地の中に本館と、コテージ風の離れ客室がいくつか点在するという形で、その中の一番大きな離れがマジックレディスのために用意されていた。
これなら別荘を買うのと変わりない、と思ったフロリアだった。
この世界は前世の時代に当てはめるなら近世から近代ぐらいの文明レベルや技術レベルを実現している部分が少なく無い。リゾートホテルという存在もその一つで、19世紀後半にアジアの植民地に出現したコロニアルホテルぐらいのレベルのホテルが、このポートフィーノには点在しているのだった。
マジックレディスの定宿は、客室は最大で10人泊まれる大きさで、食事は宿の庭園を通って本館の食堂に行くのだが、リビングの脇に簡単な調理器具も揃っていた。
最も、マジックレディスは各自が野営時に使うコンロなどはかなり本格的なものを収納袋に入れて持っているので、こうした調理器具は使いそうに無かったが。
ともあれ、宿について部屋で寛いでいると、すぐに来客があった。
「姐さん。お久しぶりです」
ソロの女魔法使いで、フロリアも以前一緒にマングローブで採取行をしたことがあるエンマであった。
「あら、エンマ。こんなところでどうしたの?」
「えへへ、実はちょっと大きな仕事をしてまして、今、この旅館に泊まっているんですよ。まあ私が泊まれる部屋は本館の小さな部屋なんですけど」
エンマは、モルガーナやソーニャと同年代で、もともとマジックレディスに加わっていたので、2人とも親しい。
勝手知ったる様子で、コテージに入ってくる。
「そういえば、フライハイトブルクのパーティホームにはしばらく顔をだしてなかったね」
「はい。かなり長い期間の護衛の依頼を受けていたんです」
「そうだったのかい。で、その依頼は終わったの?」
「いえ。まだ途中なんですけど、護衛対象がこの町に滞在している間は契約外なんです。それで、しばらく近場で骨休めしようと思っていたところで……」
護衛対象がどこの誰なのかなど、立ち入ったことはエンマは話さないし、アドリアも聞かない。
守秘義務とかプライバシーの尊重といった概念が存在しない世界ではあるが、冒険者の仁義として不要なことは話さない、聞き出そうとしない、という点は比較的守られている。
エンマのように10代の女性の魔法使いが選ばれたということは、護衛対象は同年代ぐらいの貴族か大商人など金持ちの子女、といったところなのだろう。
そうしたお嬢様の類いはこの町には今の時期、たくさん居るが、他国の貴族の子女の場合は基本的に国外に安易に出ることは禁じられているので、お忍びになる。
実際には近場のフラール王国やカイゼル王国あたりの貴族だと半ば公然と、このリゾート地にやってくるのだが、もう少し遠い国であったり、事情持ちの場合は、本当に目立たないように気をつけた「お忍び」になる。
一見するとお嬢様のお付きの侍女ぐらいにしか見えないのに、実は練達の攻撃魔法と犬を召喚して使役出来る魔法使いであるエンマは、お忍びのお嬢様の護衛としては申し分無い存在なのだ。
「それで、護衛対象が帰路に着くまでの間、時間つぶしをしなきゃならないんだけど、やっぱりポートフィーナは滞在費が掛かるからね。ついこの前帰ったばかりだけど、また故郷の漁村にでも行こうか、と思っていたら、姐さんたちがやってきたって聞きつけて、挨拶に来たんです」
「ね、エンマ! それだったら、しばらくここで一緒に暮らそうよ。ね、いいでしょ、姐さん」
モルガーナのはしゃいだ声に、アドリアは苦笑いをしながら、エンマがそれで構わないのならこちらは問題ない、と答えた。
「意外と、男とどこかにしけこみたいのなら、引き止めたら迷惑かもしれないよ」
「嫌だな、姐さん。私はそんな男なんて出来ていませんよ」
「おや、そうかい。それはそれで、下手すると行き遅れるよ」
「姐さんたちには言われたくないですよ。ま、私よりも強い男じゃなきゃ嫌ですけど」
そんな軽口を叩きながら、いつの間にやら、エンマもコテージで一緒に滞在することになった。
しっかり者のルイーザが居るので、完全に無料という訳にはいかないが、それでもこの一流のリゾートホテルに泊まると思えば、かなり安い。
――それから、エンマと共に過ごす、ポートフィーナの休日が始まった。
エンマは成人を迎えたときに独立する迄は、今のフロリアと同じようにマジックレディスの見習いという形で、いつも同行していたそうで、その頃は同じ年のモルガーナと双子のように仲が良かったのだという。
モルガーナは現在でもマジックレディスに残り、新たにソーニャという仲間を得たのだが、エンマの方もソロで活動しながらも、割りと頻繁にマジックレディスに絡むことがあり、フロリアにとってもお馴染みさんである。
「私は近くの漁村出身だからね」
というのがエンマの説明であった。
もともと、エンマはフライハイトブルクから徒歩で2日程度の自由都市連合に加わっている、小さな漁村の出身なのであった。その村には今でも、エンマの幼い弟や妹がいて、すでに父親が亡く、1人で大勢の子供を育てる母親のためにもたびたび帰郷しなければならないので、マジックレディスに加わったままだと、基本的にパーティの受けた仕事に同行しなければならないので都合が悪かったのだ。
幸いにも、エンマの妹弟達は、エンマがたっぷり稼いでくれるので、他の似たような境遇の子どもたちに比べてずいぶんと恵まれている。
もっともソロで活動している、稼ぎの良い若い女性、というエンマの立場はいろいろな男を引き寄せることになる。
今でもマジックレディスの"身内格"の1人で、エンマにしつこく絡むと雷撃のアドリア姐さんの怒りを買う、と言うのは、さすがにギルドの冒険者達には周知されては居るのだが、余所から来た冒険者や、あまり冒険者事情に詳しくない商人やら他国の男達は、余計なちょっかいをだしては痛い目にあっている。
「妹弟達がもうちょっと自立したら、私も誰か良い男を見つけて、ひっつく積りなんだけどさ。それで、しつこく絡まれることは無くなるだろうから」
本人はそう言うが、次々にトラブルがあるもので、最近では男性不信気味になっているように、フロリアには見受けられた。
***
その日は、若手組で町を散歩していた。
アドリアとルイーザの2人は、この町の近くに隠棲している老人を訪ねてでかけていた。2人が駆け出し時代に世話になった冒険者で、今は引退して、リゾート地の中心から少し外れた、静かな村で余生を過ごしているのだった。
ポートフィーナの町は浜辺に沿って、さんぽ道がずっと伸びていて、旅館から潮風を浴びながら、10分ほどぶらぶらと歩くと、広場に着く。広場では一年中、お祭りの屋台のような屋台が並ぶスペースがあり、その奥には少し高台に登って、お金持ち向けのカフェやレストラン風の建物……といった感じで続く。
彼女たちはお財布の中身的にはお金もち向けのカフェでも問題ないのだが、4人とも平民出資なので、屋台の方が肩が凝らなくて良い。
屋台で売っているのは、さすがに海辺の町だけあって海産物が中心である。貝の身の焼き物や、イカに似た生き物の干物を焼いたものなどが中心。
しかし、それだけではなく、中にはパエリアやブイヤベースなどけっこう本格的な料理も売っている露店もある。
自由都市連合は南方にあるので、寒いヴェスターランド王国と違って、米の栽培が可能で、その米と海産物、そして、オリーブの実に似た果物からとれる油で、パエリアが作れるのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。




