第251話 古都にうごめく陰謀
「おそらくはフロリア様がお探しなのは、アリステア神聖帝国とグレートターリ帝国の密偵組織が共同して蠢動していることだろうと推察いたしております」
セバスチャンは本題に入った。
「アリステア神聖帝国とグレートターリ帝国って、仲が良かったの?」
「いいえ。これまではまるで接触の無かった国でございます」
「ええと、グレートターリ帝国って、メチャクチャ遠いところにある国じゃなかったっけ」
「はい、このシュタイン大公国から見ると、国の東側の高原を超え、大山脈と内海を超えた向こう側にある国ですね。
皇帝はサールハンと呼ばれ、長らく小国というか、せいぜい1つの部族に過ぎなかったのですが、今から200年ほど前にスランマン8世が領地を拡大して、グレートターリ帝国を建国しました。現在の皇帝はそのスランマン8世、通称スランマン大帝のひ孫にあたるスランマン9世になります」
「スランマン大帝って転生人だっけ」
フロリアは、以前ルイーザから聞かされた七大転生人の話を思い出して聞いてみた。
「はい。みずからもそう名乗っていましたし、確かにそのとおりでした。ベルクヴェルク基地の主になるための試練を受けることはできませんでしたが、転生人であることは確認できましたので、いくつかの魔道具を提供しております」
転生人の知識に、膨大な魔力を持ち、さらに強力な魔道具を使えたのあれば、一生かけて帝国の1つぐらい興すことも不可能では無いのだろう。
「でも、グレートターリ帝国って、シュタイン大公国とは利害関係があるの? 遠すぎて、ちょっかいを出す相手にならないと思うのだけど」
「シュタイン大公国とグレートターリ帝国とは、けっこう交易があります。シュタイン大公国にとっては、フライハイトブルクの方がはるかに重要な交易相手ですが、グレートターリ帝国にとっては近隣にまとまった交易が出来る相手が居ないだけにシュタイン大公国を重要視しています。
それで、シュタイン大公国に対する影響力を強めたいのでしょう。
当代のサールハンであるスランマン9世は、スランマン大帝いらいのスランマンの名を名乗ったほど、自らに頼るところが強く、野心家です。
皇帝に就任する前から、 捨命軍団という私兵を育てて、近年は近隣の切り取りに乗り出しています。
将来的にははるかシュタイン大公国まで影響力を及ぼすことを目論んでいます」
「ふうん。遠いところから大変ねえ」
フロリアは他人事の感想を漏らす。
「それで、そのグレートターリ帝国がアリステア神聖帝国と仲良くなったのね」
「仲良く、という表現がふさわしいかどうかは微妙なところでございます。そもそも、グレートターリ帝国では皇帝が神であるとされていて、国内では正統アリステア教も西方アリステア教も禁教とされています」
「それじゃあ、なんで?」
「表沙汰にすると、互いの国民に説明が必要でしょうが、水面下で繋がる分には構わないということでしょう。
アリステア神聖帝国にとって、今回のフランチェスカ嬢と皇太子の婚礼は面白く無い出来事でございます」
それはフロリアにも説明されなくともわかる。
かつて、このシュタイン大公国、アリステア神聖帝国の南部、そしてフロリアの生まれ故郷でもあるヴェスターランド王国は、キーフル国の版図であった。キーフル国が滅亡し、その広大な領地が分断された時、かつての首都キーフルを守っていたのが、現在のシュタイン大公国の始祖、シュタイン大公であった。
キーフル国の最後の王から統治を委託されたという触れ込みで大公を自称し、未だに王を名乗っていない。
それに対して、ヴェスターランド王国はキーフル国の衰退期に北部が独立して、北キーフル国になったのが始まりである。北キーフル国建国当時の王は、元のキーフル国の王族の出身であったが、100年ほどが過ぎた時に有力な将軍の一族であったヴァルター家が王家を簒奪。国号もヴェスターランド王国と改めて、以来ヴァルター家が国王を受け継いでいて、現在のアダルヘルム王まで続いている。
そうした訳で民族的にも文化的にも両国は似ているのだが、それ故に仲が悪く、互いに相手の領土は本来は自らの領土であると主張している。
いつか、フロリアは、キーフル国の首都であった古都キーフルはヴェスターランド王国にとっては、京都を他国に支配されているようなものだ、と感じたことがあった。
だが、今回はそのヴェスターランド王国は出て来ない。
旧キーフル国は、この2つの国に分裂しただけではない。その中間にある広大な地域は西北に国を構えていたアリステア神聖帝国が進出してきて、その領地としたのだった。かなり寒く貧しい土地にあるアリステア神聖帝国にとっては、豊かな南への進出は国是とも悲願ともなっている。
そして、その南下政策を取り続ける限り、神聖帝国の真南にひろがるシュタイン大公国が一番の敵となり、両国の国境付近に広大な領地と比較的強力な兵を擁するバルトーク伯爵家は眼の上のこぶとも言うべき存在なのである。
「うん。確かにバルトーク家のお嬢様が将来のお妃様になるって、アリステア神聖帝国にとっては面白く無いことかもね」
フロリアが期せずして、打ち砕いてしまったが、そのバルトーク家令嬢のフランチェスカを狙う陰謀は、シュタイン大公国国内のバルトーク家の政治的ライバルの企みだとなっていたが、さらにその裏にアリステア神聖帝国の影がうごめいていても不思議は無いのかもしれない。
「それにしても、なんか頭が痛くなるような内容だなあ……」
「それで如何いたしましょうか? シュタイン大公国軍部の密偵組織、またはフライハイトブルクの密偵にそれとなく情報を流すように手配することも可能ですが」
フロリアはちょっと考えてから、やめておこう、と返事した。
国際政治とか陰謀とか、フロリアにとってはあまりに複雑過ぎてついていけないのだ。下手に手出しすると、逆に混乱を深めることになるだけだ。ともあれ、フロリアにとって、"危険領域"がどこにあるのか分かったのだから、上出来だ。
その領域に近づかないようにしながら、このキーフルのお祭り騒ぎを数日、愉しんでから、フライハイトブルクに帰れば良いのだ。
「あ、でもちょっと忘れていたことがあるから、ちょっと追加調査をお願い」
翌朝。フロリアは寝ぼけ眼をこすりながら、モルガーナ達と宿の食堂に降りていく。昨夜はセバスチャンとの会合が終わったあともなかなか眠れなくて、このままだと翌日が辛くなりそうなので、トパーズに頼み込んでフロリアの影から出て夜の護衛をしてもらって、自分はザントマンに眠らせて貰ったのだった。
朝、目が覚めると、すでにモルガーナとソーニャは起きていて着替えを終えてトパーズと遊んでいた。
「遅いぞ、フィオ。ご飯に行くよ」
慌てて着替えたフロリアは、2人の後を追う。
「昨夜は、宿の中にこの部屋を意識している者がいたが、殺気や害意はなく、近づこうともしなかったので放っておいた」
トパーズが食堂に向かうフロリアの耳元で囁くと、影の中にスルリと潜っていった。
害意が感じられないということは、フライハイトブルクの手配した影の護衛か何かだろうか?
そういえば、表の護衛もつくことになっているとの話だったな、と思いながらフロリアは皆にちょっと遅れて、食堂に入る。
すると、マジックレディスがついている席の隣に、見覚えのある顔があった。
「ええと、ミリヤムさん……」
「お久しぶりね、フィオちゃん」
すでに食事を始めていたミリヤムさんが手を止めて、フロリアに手を振った。
ミリヤムは、かつてはマジックレディスの一員として活動していた。独り立ちした後は、しばらくはソロで活動していたのだが、やがて「白き閃光」というパーティに加入して、さらにそのリーダーのバートと結婚したばかりであった。
「あんたがフロリアの護衛を引き受けてくれたんだね。ありがたいよ」
アドリアの言葉にミリヤムは、「どうせ人が多すぎて碌に仕事にならないからね。ちょうどよい仕事が入って、こちらも助かったよ、姐さん」と笑う。
「それにギルドのお金でうまいメシも喰えるからな」
一緒にいたバートも笑う。
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