第25話 商業ギルド
「あんたが、魔法使いだっていう女の子かい。名前は何ていうのかね?」
しばらくして部屋に入ってくるなり、イザベルはジロリとフロリアを見る。
「フロリアです」
「あたしはこのギルドを預かっているイザベルって、婆さんだよ。このハンスにポーションを売ろうとしたんだってね」
「はい」
「そのポーションはお持ちかい?」
「私が持っています」
ハンスがポーションを自分のカバンから取り出してテーブルに並べる。
「ちょっと見せて貰うよ」
イザベルは胸元からメガネを出して掛ける。鑑定の魔道具である。
「ふむ。これはなかなかのもんだね」
各ポーションを鑑定したイザベルはそう感想を述べた。
「これを間違いなく、あんたが作ったんだね」
「はい」
「この先も、定期的に作ることはできるんだね」
「はい。原料の薬草が入手できれば、ですが」
「それでハンス。あんたはこれを幾らで買い取ろうと言うんだい?」
「1本5銀銭ですよ、ギルマス」
「ふん。ま、悪くないね。――フロリア。細かいことはハンスから聞いてるとは思うけど、ギルドの口座を通して取引しておけば、ポーションの出どころはわかりにくくなる。それに税金の支払いも何も考えずに出来るから都合が良いさね。
あんたは冒険者ギルドに登録してるんだろ。そっちの方のギルド支部で必要な分のお金をいつでも引き出せるからね。
私の方から、冒険者ギルドのガリオンの耳には入れておくよ。それから一応、チャールズにも話を通しておく必要があるだろうね」
ガリオンは冒険者ギルドのギルドマスターに当たるのだそうだ。チャールズは錬金術ギルドのギルドマスター。
ハンスに聞いたところだと、この町では希少薬草のハオマが採れた頃には、それを目当てにした薬師の集団が居住していて、彼らのために錬金術ギルドでは支部を置いていたのだが、肝心のハオマの群生地が焼失して、薬師も移住して行ったため、現在では錬金術ギルド支部がこの町にある意味はない。
それでも、またハオマが見つかったときのため、最低限の支部機能だけは残してあるのだという。
現在、錬金術ギルドではギルドマスターのチャールズがたった1人の正規職員として切り盛りしていて、後は近所に住む、若い頃に事務仕事の経験がある女性が時々、書類を片付けるために通っているのだという。
そうした状況なので、本来ならばポーションの売り先は錬金術ギルドの方が相応しいのだが、買い取りは中止しているのだ。
それで、商業ギルドが魔法薬や魔道具の買い取りや、商人が買い取った時の事務などを代行することになっているのだそうだ。――もっとも、薬師が移住していった後に、この町でポーションを売りに来たのはフロリアが始めてだそうだ。
「ま、誰に話を通すのかは、私にまかせておきなさいな。あんたは難しいことは考えずにポーションが出来たら、ハンスのところに持っていけば良いんだよ」
ポーションは戦略物資にもなりうるので、代官側でもフロリアに注目することになるだろう、というのがイザベルの言であった。
「ところで、あんたはどこでポーション造りのワザを習ったんだい?」
子供の頃に拾ってくれた師匠が教えてくれた、というと、
「師匠もポーションが作れたんなら、錬金術ギルドに登録はしてなかったのかい?」
「してました。ただ、死亡と共に登録は削除になるし、その時に私も補助者登録をしていたのが抹消されるのだ、と言われました」
「ふむ。まあそうだね。だけど、色々と裏技とまではいかなくとも、なんとかする方法はあったのにね」
イザベルのいうなんとかする方法は、ニアデスヴァルト町の窓口係のクレマンがフロリアを騙して取り込むつもりであったので、敢えて教えなかったのだ。
その後、イザベルは次の仕事に追われて、席を外したが、別のギルド職員の手によって売買が成立し、フロリアの口座には無事に現金が振り込まれる事になった。
「翌日以降でしたら、いつでも振り出せますよ。ただ、大金を出す場合は時間がかかります。あと、他の冒険者の目がある窓口で現金を受取るのはあまり感心出来ません。信用できる窓口係を作って、その人に個室で受け取るのがおすすめです。
あ、冒険者ギルドだったら、ソフィーさんという受付嬢がおすすめですよ」
そのギルド職員は親切に教えてくれ、これで全ての手続きが完了。
フロリアとハンスは、商業ギルドの支部を出たところで分かれた。
***
「あの婆さん、元気だな。人間はそんなに保たないものだと思っていたが、あれは別格だな」
町を歩いていたら、トパーズがそんなことを囁く。
「イザベルさんを知ってるの?」
「ああ。アシュレイがこの町に滞在していた時にな。あの頃は、アシュレイは冒険者の仕事ばかりで、ええと、ポーションだっけか、それを作ってなかったから、あまりあの婆さんとは関わりは無かったが、それでも何度かちょっとした会話があったな」
アシュレイとフロリア以外の人間にはあまり興味がないと思われたトパーズだけに、何度かあっただけの人物を覚えているというのは、よほど印象的であったのだろう、とフロリアは思った。
確かに印象的な人であった。
アシュレイがこのビルネンベルクに滞在したのは、冒険者パーティ「大森林の勇者」に所属したヴァルターランド暦532年のことであった。
「大森林の勇者」は男性2名、女性1名のパーティで、その女性マルガレーテと意気投合したアシュレイはそれまで2年近くの間、ソロ冒険者として生活してきたのを切り上げて、パーティに加わったのだった。
アシュレイは、アリステア神聖帝国での経験から、男性不信に近い精神状態になっていて、特に冒険者になるような粗雑な男性とは口も利きたくない、という状況が続いていたのだが、この頃になってようやく時間という特効薬が心の傷を癒やしつつあったのだ。
男性メンバーの2人とも、それぞれにタイプは違ったものの、気の良い人間だったのだが、5年ほどでリーダーのアダルヘルムが実は王族の出身で王宮に帰ることになり、敢え無くパーティは解散。
アシュレイは、それなりに貯金もできたことから、王国のために働いて欲しいというアダルヘルムの誘いを断り、翌年にはアオモリでレソト村の設立に協力したりしながら、森の奥に隠棲するようになっていったのだ。
アダルヘルムは現在、このヴァルターランド王国の国王になっている。アシュレイが魔法使いで、特に治癒魔法を使えることは同じパーティで活動しているのだから知っていたのだが、その実力のほとんどを隠しているとまでは気が付かなかったし、ましてや錬金術師として――特にゴーレム職人として超一流の腕を持っていることはまるっきり気が付かなかった。
もし気がついていたら、何があってもアシュレイを手放すことなどなかったであろう。
その日は、もう町の外に出かけるのはやめて、手持ちのお金で食料品やら雑貨やらを買い物して過ごした。ある程度、手持ちが減っても、明日の薬草買い取りの時に、ちょっとギルド窓口の方によって、お金を引き出せばよいだろう。
ある露店で珍しく、米を売っていた。しかも、前世で食べ慣れている短粒種である。
この大陸では米は温暖な地方で作られることが多く、比較的北の方にあるヴァルターランド王国ではほとんど見かけることがない。
それに和食が、高級料理の代名詞のようになってしまったもので、米も高級品扱いされていて、露店で見かけるなどとてもめずらしいことなのである。
価格を見ると、小麦の5倍程度。しかも軽く鑑定すると古米がけっこう混ざっている。
「うーん」
フロリアが悩んでいると、露店の店主は「買わないならどいてくれ、買うなら少しはまけるよ」とのこと。結局、少しだけ買ってしまった。




