第247話 簡単にことは終わらない
最初は何のことを言われているのかと思ったが、そういえば、呪いに悩まされて体調不良になっていたフランチェスカを解呪する時に、やみ蛇という呪術用の魔道具を奪い取ったのであった。
バルトーク家との関わりをアドリア達に説明した時に、そこまで細かく話してはいなかったのに、マルセロは独自のルートから情報を仕入れていたらしい。
マジックレディスのパーティホームに帰ると、その日のうちに今度は錬金術ギルドから使いが来た。
水龍退治をした後で、各ギルドの大物たちと次々に会食があって疲れたものだが、その中で錬金術ギルドと昼食会があった。その時に大魔導師ファーレンティンとフライハイトブルク本部ギルドマスターのタマラ女史と顔を合わせたのだが、そのファーレンティンから、面会の要請が来たのだった。確かファーレンティンはいかにも老魔法使いといった風体で長身の背を曲げて杖をついた白髪白髯の老人だった。
「各国のギルド支部の連合体の長ですね。商業ギルドならギルド会頭、冒険者ギルドなら国際冒険者ギルド連合会会長、あ、マルセロさんのことですが――そういう名称ですが、錬金術ギルドの場合は大魔導師と名乗ることになっているのです」
ルイーザが教えてくれた。
「同じ国際組織の連合体の長とは言っても、錬金術ギルドは冒険者ギルドのように政治的な動きはあまり熱心じゃなりません。そもそもギルドの構成員の錬金術師たちは独立独歩の精神が冒険者よりもさらに旺盛で、あまりギルドに頼りませんしね。
それに、けっこう支部がない地域が多くて、そうしたところは商業ギルドに業務委託していますし。
だけど、さすがにファーレンティン老師は一筋縄ではいかないですよ。錬金術師と言うよりはもともとは魔道具や魔物の研究者といった人だったのですが、それが老年になってから政治的な団体に入って頭角を現したのですから」
なんだか、会うのが怖くなるようなレクチャーをすると、ルイーザは「危なげな魔道具を持っているのなら、さっさと売るか処分するかすれば良かったのですよ。ま、今回は良い勉強です。次からはそうしなさい」と最後に説教を1つした。
そうは言われても、すっかりやみ蛇を持っていることを忘れていたのだから仕方ない。
あの時は、魔道具を封じる特性の巾着袋に入れて、それでもう悪さができなくなったので収納に仕舞ってそれっきりだった。
翌日。
馬車でお迎えが来て、今回はマジックレディス一行で出かけることになった。錬金術ギルドにとっても、先日のジューコーの町のコバルト鉱山のトラブルは大きな出来事であり、それを解決したことに対する謝礼の意味もあったのだった。
少々殺風景なギルドの建物ではなく、近くの一流料亭の個室が用意されていた。和食の鋼人が活躍した土地らしく、レストランではなく料亭。他の建物と並んであまり違和感の無い佇まいながら、中に入ると大きく中庭が取られていて、日本庭園になっている。その庭園を渡り廊下で渡って離れ形式になっている個室に向かうのだった。
ギルド側の出席者は白髪白髯の大魔導師ファーレンティンと、その取り巻きっぽい数名の老魔法使い、そして初老ぐらいの年齢の秘書っぽい女性となっていた。
ファーレンティンの見た目はかなり厳つく、気難しそうにみえるが、意外にも物柔らかで穏やかな話しやすい人柄であった。
もっとも、それに騙されてはいけないのかも知れないが。
食事の後で、お茶を飲みながら「それでは呪具を見せてもらえるかな?」と、世間話の続きのような軽い感じで言われる。
昨夜、いちおうセバスチャンに聞いてみたが、まあ、危険は無いだろう、ということだった。
「万が一、誰かが憑かれても、あれは呪われた者を即死させるようなものでは無いから、また解呪すれば大丈夫でございます」
だそうだ。
なので、言われるままに収納スキルから巾着袋を出して見せる。
ずっと時間経過の無い収納スキルの中に放り込んであっただけに、やみ蛇はまだまだ元気で巾着袋の中で暴れていて、袋がボコボコと動いている。
「ほお。元気なものじゃのう」
ファーレンティンは老いた顔に好奇心を浮かべて、袋に手を触れようとして、慌てた取り巻き達に止められていた。
「これをバルトーク家のお抱え魔法使いが使ったらしいが、ええと、あれはなんという魔法使いであったかな?」
「バルバラ、と言う者です。多少、錬金術を使いますが、それほど実力のある魔法使いではありません。
かなり厳しい拷問を受けたようですが、どうやら混沌魔法で縛られていたらしく、入手経路を白状はしていません。おそらくはバルトーク家のご令嬢が大公妃になることを快く思わぬ政敵の仕業と思われますが、証拠も証言も無く、バルトーク家としても手詰まりのようでございます」
よくもまあ、遠く離れた国の内部事情まで詳細に調べ上げてあるものだと呆れる思いだが、それをある意味、部外者とも言えるマジックレディスの面々にまで聞かれて構わないのだろうか?
ファーレンティンは、
「ふうむ。単なる国内の政治的な争いにこんな途轍も無い代物を使ったと……」
と眉をひそめる。
老練な大魔法使いが思慮深く考察しているのかと思いきや、「ま、そんなこと、どうでも良いわ」とばかりやみ蛇を調べだす。
フロリアは、セバスチャンが大した魔道具でもないような言い方をしていたので、あまり真剣に捉えてなかったが、それは古代文明の精華とも言えるセバスチャンから見れば、という話で、現代のこの世界のレベルでは、このやみ蛇という魔道具は呪具としてはとんでもないものであったのだ。
お師匠様のアシュレイは呪具に関してはフロリアにはごく基本的なことしか教えなかったし(多分、アシュレイ自身も知らなかった)、解呪した時に使った鋼糸や巾着袋などの魔道具はベルクヴェルク基地謹製の古代の遺物に匹敵するものであるし、聖獣であるトパーズの魔力も借りていた。
古代のアーティファクトに匹敵する魔道具に聖獣の力――大国の王宮でも出来ないような準備をして解呪に臨んだのだから、解呪自体は簡単に終わり、その結果フロリアは「やみ蛇はたいしたことない」という感想を持つに至ったのだった。
ファーレンティンは、この袋ごと預かれないか、とフロリアに尋ねた。
正確な価値はこの場での判断が難しいので保留であるが、ギルドの工房で調べて判明したら、その価値で売って欲しいということであった。
フロリアは何と答えて良いか判らずにルイーザを見るとうなずいたので、ファーレンティンの申し出を受けることにした。
数日後。
またしても、錬金術ギルドから連絡があり、やみ蛇の販売価格が1金貨とバルトーク伯爵家から貰った一連の仕事に対する報酬の10倍の金額であった。
それと、やみ蛇を収納していた巾着袋も、魔力を遮断する特殊な加工が施されていて、この入手先、製造方法も是非にと尋ねられて、答えに困ったものであった。
まさか今日まで現役で稼働している古代文明の精華である施設から入手したとも言うわけにはいかず、お師匠様の遺品の1つで、お師匠様はどこから手に入れたのか判らない、と答えておいた。
錬金術ギルドがそんなことで納得するとは思えなかったが、無理やり聞き出そうとはしなかったので、こちらも素知らぬ顔で通すことにしたのだ。
それにしても、やみ蛇を縛り上げるのに使った特殊な付与を施した魔法金属の鋼糸は隠しておいて良かった。あれは巾着袋よりもさらに"やばい"一品だった……。
ともあれ、こうしたことが続いたのでフロリアの財政状況もすっかり改善されて、アリステア神聖帝国にいた頃のように、僅かな小銭目当てに薬草を買い叩かれるのを承知で教会に引き取ってもらう、というような事態は考えられなくなっていた。
すぐれた魔法使いは大金を稼げる。
子供の頃に、時々レソト村に顔を出した時に村長だったカールさんや、村のおばあさんなどにそう言われ、その後も旅した先々で、色んな場所で色んな人にも同じセリフを言われたものだった。
だけど、それが現実になると、なんだか嘘のような感じがする。
モルガーナあたりは、「欲しい魔道具とかあったらバーンッと使っちゃえば良いのさ。お金なんか無くなったっていくらでも稼げば良いんだしね」と気楽なアドバイスをくれるが、魔道具でも服でも貴金属でも、お金で買えるものはたいていベルクヴェルク基地のセバスチャンに言えばもっと良いものを作ってくれるので、あまり欲しいものは無い。
当分、シュタイン大公国方面での仕事は受けられないとして、さて、どうしようかな、といったところ。
ずっとパーティホームでゴロゴロしているのもアレなので、亜空間に籠もるという建前で久しぶりにベルクヴェルク基地に行ってみた。
一晩だけ基地で過ごしてパーティーホームに戻ると、冒険者ギルドのマルセロから手紙が来ていた。
宛先はアドリア宛であったが、内容はフロリアに関することであった。
「フィオにキーフルに行ってもらいたい、だってさ。ギルドの直接依頼だよ」
いつも読んでくださってありがとうございます。




