第240話 ジューコーへ
自由都市連合の版図は、大河モルドル河の河口に広がる一大交易都市フライハイトブルクを中心に海沿いに左右に広がっている。
ただ、全ての町が海辺の町という訳ではない。
もちろん、美しい風景で知られた別荘地ポートフィーナのような漁師町もあるのだが、海から相当離れた内陸部の町も少なくはない。
ジューコーは、コバルト鉱山の場所を元に作られたので、風光明媚とはいかない。
特にどうということのない風景の中に佇む町であった。
町の裏には小高い山があって、その中腹に鉱山の入り口があった。
小さな町とその裏山。――そういえば、ベルクヴェルク基地への道を発見した遺跡のあったモリア村も似たような地理的条件だったな、と思い出すフロリアだった。
あの遺跡も、魔法金属の鉱山を目当てに作られたものだったとセバスチャンに聞いた。
不思議な類似点があるが、そのことに深く思いを致すことは無かった。
マジックレディス一行は、アドリアの馬車をフロリアのケンタウロス型ゴーレムのケンタ、ケンジに牽かせて、ジューコーへの道を進んでいた。
フライハイトブルクとジューコー間は、徒歩でゆっくり進んでも2日目の夕方には着く。水龍の競売のときには、一刻も早くフライハイトブルクにたどり着いて、良い素材を入手しようとジューコーの工房の担当者や商人たちは朝一番に旅立って、強行軍でその日の夜、日が落ちてからだがフライハイトブルクにたどり着いたほどであった。
今回も、もし先行して鉱山に潜った冒険者パーティが生存していたら、時間の勝負になる。
「無理して、魔力を消耗するような飛ばし方をすることはないけど、出来るだけ急いでいこう」
というルイーザの言葉どおり、最低限の休憩だけでジューコーへの道を急いだ。
物資の行き来が盛んな道路だけに整備はキチンとされていて、足の遅い荷馬車を追い越せるだけの道幅もあり、一行は朝一番にギルドによって依頼を受ける旨を報告して、その日の夕方にはジューコーへ到着したのであった。
従魔の鳥によってすでに知らせを受けていた町の顔役達は大門の近くで待機していて、すぐにマジックレディスを出迎えたのだった。
いったい何処で聞きつけたのか、ポンツィオ工房のピーノ親方もしっかりと顔を出している。
「あの人、まだ姐さんを諦めてないんだ。この前もオーギュストさんに突っかかって、姐さんに怒られたっていうのに」
モルガーナがフロリアの耳元でヒソヒソと囁く。
「ほんと諦めがわるいんだから。でも、工房のおかみさんやってる姐さんってのもちょっと見てみたい気はするけどさ」
「モルガーナ! 聞こえてるよ!」
アドリアに睨まれて首をすくめるモルガーナであった。
町長達は、まずは食事を用意してあるので、ご一緒してその際にお話を……と言い出す。
アドリアはよく、Sランクになって色々と融通がきくようになったのは良かったけど、どこに行っても毎度毎度お偉いさん達との付き合いがあるのは嫌になるねえ、とボヤいていたが、今回もまずは儀礼的な挨拶から始まるのであった。
ピーノ親方は、町の重要人物の1人であることは間違いないのだが、別に町の中で政治的地位を持っている訳ではない。
今回の晩餐の席に呼ばれる訳もなく、「アドリアさん、待ってるんで、食事が終わったら、うちの工房に泊まってください」なんて遠くから叫んでいる。
「いやいや、旅館に泊まるよ。ていうか、フロリアの亜空間に泊まりたいんだけど」
とモルガーナが呟く。
儀礼的な晩餐とは言え、町への到着からそのまま向かうので、ドレスに着替えるなどの面倒が無いのがありがたい。
出席者の中には、冒険者ギルドのギルドマスターやこの件の担当者、それに鉱山の方の責任者も居るそうで、ある程度は実務的な話もできそうであった。
さすがに町の重鎮達としても、このまま事態が長引くようならジューコーが経済的に壊滅しかねない非常事態なので、美女ぞろいのSランクパーティに鼻の下を伸ばしてばかり居る場合でも無いのだった。
そうした緊迫した状況の中でも、晩餐は儀礼的に町長の挨拶から始まり、豊かな自由都市連合の珍味を揃えたコースであった。
しかし、アドリアは適当に食事が進んだところで「お互い、優雅に過ごしている場合では無いように感じます」と言い出して、残りのコースをさっさと出させて食事を切り上げさせた。
そして、部屋を変えての食後の懇談の時間は、明日の討伐の具体的な打ち合わせの場にしてしまったのだった。
鉱山側ではマジックレディスが鉱山に入る際に、道案内兼現況調査のために鉱山技師を2名同行させる予定であると、その時になって言い出して、アドリアは眉をひそめることになった。
魔物討伐後は、一刻も早く採掘を再開したい鉱山側は、討伐終了の報告を貰ってから、現況確認のための調査員を入れて、その結果報告を待ってから採掘再開のための準備、手配をして……という行程を1つ縮めたいのであった。
「ま、気持ちもわからなくはないか」
アドリアは、フロリアを見ながらそう言った。
ここに来る馬車の中で、今回の鉱山内の探索は探知魔法の効きが悪いので、フロリアの従魔による索敵が大きな意味を持つかも知れないという話になった。
鳥は坑道内では使えないとして、トパーズの眷属である獣たちやケットシーのニャン丸あたりは出番がありそうである。
「土の中なら、ノームも役立ってくれると思います」
フロリアの言葉にマジックレディス一同は驚きの表情になる。それで、そういえば精霊召喚ができることは話して無かったことを思い出すフロリア。
アドリアは、「そうなるとひょっとして、フィオはコボルトも呼び出せるのかい?」と、気にしていた……。
食事の後、会場になった商業ギルドの建物の階下に降りると、工房の親方らしき人たちと商人たちとギルドの職員がなにやら剣呑な空気になっていた。
その中の1人の商人が、マジックレディスを見つけて手を振り、近づいてきた。
この前、知り合いになったヴィーゴ商会のフライハイトブルク支店支配人のフリッツであった。魔道具やその原料の商社でもあるヴィーゴ商会はこのジューコーにも支店を構えていて、フライハイトブルク支店が統轄していた。
そこへ、今回の騒動が発生して、フリッツ自らが出張っていたのだそうだ。
「なかなか、深刻な事態でして、コバルトの在庫が底をついたのに、町で雇っている召喚術師はこれ以上の増産は無理だと言っているのですよ」
フリッツが事情を説明してくれた。
魔道具製造に不可欠なコバルトは、金属の精霊コボルトを召喚できる召喚術師が非魔法金属をコバルトに変換させる方法と、地中で自然に変換されたコバルトを掘り出す方法とがある。
このジューコーでは豊富な産出量を誇るコバルト鉱山があるため、ほかの地域の魔道具工房のように自前で召喚術師を雇っている工房など無かった。町の経費で鉱山の産出が滞ったときのために召喚術師は雇っていたものの、彼らの能力は決して高くは無かった。
コボルトを召喚できる召喚術師ともなると高給取りである。町としてはせいぜい保険代わり程度のつもりでしか無かったので、能力の高い高給取りは雇っていなかったのだ。
それでも、鉱山の一時閉鎖以来、召喚術師達はフル回転でコバルトを生成していたが、肝心の精霊達が疲れたと言い出し、へそを曲げたのだという。
"まあ、あの子達は人間のご都合なんか気にしてないから……"
フロリアには召喚術師の言い分が良くわかったのだが、各工房の親方達はそれでは済まない。
コバルトが無くて、商品が作れないとなると、受注した商品の納品が出来ない。そうなると工房の経営が傾いてしまうのだ。
それでなくとも、納品期限に間に合わないとなると工房の信用はガタ落ちである。
それで発注主の商人や、錬金術ギルドの担当者などと商業ギルドにねじ込んできたのだが、無いものは無い。
商業ギルドでも、他の地域から買い取ってきたコバルトを取り寄せている最中であるし、坑道の調査にマジックレディスを雇ったのでもう少し待ってほしいと説明しているのだそうだ。
フロリアは思わず、彼らのところに引き返そうとするが、それを目敏く見つけたルイーザが、フロリアのひじを掴んで制止して、耳元に口を寄せて「後にしなさい。討伐の後で」と囁く。
目敏くそれに気付いたフリッツは興味深そうに見ていた。
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