第239話 新しい一歩
この回から新章に入ります。
ずっと後になってから思い出すと、フロリアにとって「我が家」といえるのは、前世であれば、お父さんが35年ローンで買った30坪の一戸建て。この世界ではお師匠様のアシュレイと共に暮らしたアオモリの中の家、そして、フライハイトブルクのマジックレディスのパーティホームの3つであった。
不思議と、亜空間内の住処やベルクヴェルク基地は自分の「家」という感じがしないのであった。
まあ、ベルクヴェルク基地は多くのロボットに傅かれてお姫様のような暮らしになるのだが、それもあってどこか借り物じみた感覚が捨てきれなかったのだろう、と自分で分析できたのだが、亜空間が良くわからない。
自分自身で時間を掛けて、作り上げた快適空間なのだが……。
どこにいても、すぐに戻れるから、「家」という感じがしなかったのかも知れない。
フライハイトブルクで暮らすようになってからでも、フロリアはずいぶんとあちこちに出かけたものだった。
仕事の遠征もあれば、遊びに行くこともあったが、賑やかなメンバーと一緒ことが多かった。
そしてそういう旅は、一般には「出張」とか「遠征」とか「観光旅行」とか呼ばれる種類のもので、旅の目的が終われば、パーティホームという帰るべき場所があった。
目的地も帰る場所もなく、いつまでも旅を続ける「放浪」とは違うものなのであった。
だから、この数年間は「放浪記」の名称にはそぐわない。
そぐわないが、フロリアはいつもこの時代のことを懐かしく思い出すのであった。
***
水龍解体のお祭り騒ぎもようやく一段落つき、報酬もマジックレディスに支払われた。
「今回は始めてのフィオも居るし、金額も大きいので」
と前置きをいうと、会計を担当しているルイーザが報酬の内訳と、各人への配分などの説明をした。
水龍を実質的に倒したのはアドリアの雷撃であるが、とどめを刺したのはフロリアの魔剣による攻撃だったし、そのアドリアの雷撃だってフロリアの大鷲で接近しなかったら使えなかった技である。
それに水龍の死骸を回収して、素材が失われないようにしたのもフロリア。
様々な部分を勘案して、まだ見習いとは言え、今回の討伐劇では相当額を手に入れることになった。
もちろん、パーティメンバーで按分する分やパーティの維持費、積立分なども引かれるのだが、それでも今回の水龍の素材代金は驚くべき金額になった。
「どこだかの町で稼いでいた分と合せると、フィオちゃんももう金持ち冒険者だね」
とはモルガーナのセリフだが、そのモルガーナだって同世代の冒険者など足元にも及ばない金額をしっかりと稼いでいるのであった。
こうしてたっぷり稼いだ金額を目の当たりにした一同であったが、アドリアのそろそろ活動再開するよ、という声に反対意見は無かった。
水龍騒ぎが収まり、各地からフライハイトブルクに集まっていた人々が散るまで、メンバー達はあまりパーティホームから外に出ることも出来なかった。
特にフロリアなどは完全に缶詰であった。
ただでさえ、活動的な性格の冒険者なのである。この巣ごもりも数日ならともかく、そろそろうんざりしていたところだったので、みんな依頼を受けて町を飛び出したかったのだった。
***
今回の依頼は、自由都市連合に属する多くの町の中でもその重要度が大きなジューコーの町から出されたものであった。
ジューコーは近隣に比較的大規模なコバルト鉱山があり、相当量のコバルトを産出している。
前世でもコバルトという金属はあった。
これは、ドイツあたりの伝承では坑道や地下に棲む精霊コボルトが有用な銀などの金属を無価値で有害な金属であるコバルトに変えてしまういたずらをするのだと考えられていた。
その言い伝えから原子番号27の金属元素にこの名前をつけられたのだが、今ではリチウムイオン充電池の原材料の1つとして使われるなど、無価値どころの騒ぎではない。
この世界でのコバルトはまたちょっと来歴が違う。
金属属性をもつ精霊コボルト。
この子達はフロリアも呼び出せるのだが、身長10センチ程度のコバルトブルーのワンピースを着たとても可愛い少女の姿をしている。
このコボルトは金属全般に対して特別な能力を持っているのだが、特にかすかに魔力を帯びた鉄などをコバルトへと変換することができる。
こうした精霊の力を借りた生成とは別に、魔力の濃い土地では地中奥深くで金属が自然にコバルトに変質することもあり、ジューコーの近くのコバルト鉱山もそうして生成されたコバルトを掘り出すためのものであった。
この世界のコバルトは、他の非魔法金属と合金にすることで、魔力を持たせることが可能であった。
ミスリル、アダマンタイト、そしてあまりに希少すぎて滅多に見たことのある人が居ないというオリハルコンのような魔法金属に比べると、魔力伝導率はやや劣るのでその分安価ではあるが、この合金し易いという特性は非常に有用で、魔道具師やゴーレム職人などの金属製品方面の錬金術師は、如何にコバルトを安定的に確保できるかが大きな課題になっている。
ジューコーの町は七大転生人の1人、ゴーレムマスターの敷島博士の工房が小さな田舎の村に作られたことから発展して、大陸有数の魔道具の町に発展したのだが、博士がこの場所に工房を開いたのは、製品の一大販売拠点でもあり大消費地でもあるフライハイトブルクに近いことと、もう1つは手つかずに近いコバルト鉱山を抱えていたことによる。
今では、町の名前と同じくジューコー鉱山と呼ばれるこの鉱山は、アリステア神聖帝国の鉱山都市アルジェントビルのようにミスリルやアダマンタイトなどは産出しないものの、コバルトに関してはむしろこちらのほうが産出量が多いぐらいであった。
町の生命線とも言えるそのコバルト鉱山で、最近立て続けに事故が発生しているのだという。最初は数名単位で坑道に潜った坑夫達が事故に遭うという事態が続き、何度目かの事故の時に1人だけ生還した坑夫が巨大な長虫のような魔物に襲われたと証言。
町ではすぐに討伐依頼を冒険者ギルドに出し、最初は魔法使いをメンバーに持つBランクパーティが依頼を受注して鉱山に潜った。もうすぐAランクになるのでは、と期待された活きの良いパーティであったのだが、全員生還しなかった。
ジューコーの冒険者ギルドでは事態を深刻に捉え、フライハイトブルクの支部に腕利きの冒険者パーティの派遣を依頼した。
そこでAランク、Bランク合同のパーティが、前のパーティの捜索と魔物が居た場合の討伐の依頼を受注して、再び鉱山に潜ったのだが、すでに1週間(この世界では6日間)経つが、連絡がとれないのだ、という。
ジューコーで魔道具の生産が滞るようなら、自由都市連合全体にとっても大きな痛手になる。
フライハイトブルクの町議会と冒険者ギルドでは善後策を検討した結果、今度はエース格とも言えるマジックレディスの派遣を決定。依頼料が跳ね上がる指名依頼扱いで、アドリアに話を持ってきたのだった。
「今度は穴の中になりそうだから、多分大技は使えない。私達のパーティにとっては、割りと不得意分野なんだけど、みんなどう思う?」
アドリアの問いかけに、一も二もなく賛成したのはモルガーナであった。
「自分の短刀が届かない相手だと姐さん任せになるけど、こういうのなら、私らで何とかするよ」
魔法と槍を使うソーニャも同じく乗り気であった。ここのところ、かまいたちに部位欠損になるような怪我を負わされてから良いところが無いので、この相手にひと暴れして名誉回復したいとのことであった。
「あまり名誉回復とか、そういう余計なことを考えると足元をすくわれるよ。だけどまあ、たまにはあんた達に任せてみるのも良いかもしれないねえ。
フィオはどうなんだい?」
アドリアは今回は結構難しい依頼なので、フロリアが不安を訴えるようならパーティホームに残していくことも考えていたが、フロリアはあっさりと「大丈夫です。やってみたいです」という返答であった。
フロリアがマジックレディスに加入して、ちょっとだけ不安を感じていることは、人間相手に本格的な殺し合いをしなければならないケースがやがて来ることであった。
手加減している余裕の無い対人戦はすでに幾度かは経験済みであるのだが、いずれも最小限度の戦闘であった。
しかし、マジックレディスと一緒に行動していると、もっと洒落にならない相手と本気の殺し合いをしなくてはならないかも知れない。その時に仲間を見捨てて逃げることも出来ない。
マジックレディスに入るに際して、そのことも覚悟をしたつもりではあったが、少なくとも今回は対人戦の可能性が無いようなので、どこかホッとしているフロリアであった。
相当に厄介な魔物と難しい条件で戦わなくてはならないという点については、それほど心配はしていなかった。
いつも読んでくださってありがとうございます。




