第238話 後日談3
ビルネンベルクの冒険者ギルドのギルドマスターのガリオンと、商業ギルドのギルドマスターのイザベルに、フロリアからの便りが届いたのはしばらく後のことであった。
挨拶もなしに町を旅立った事の謝罪と、エドヴァルド・ハイネの陰謀でギルド口座が凍結解除になった後、フロリアが引き出しなどが出来ないにも関わらず、ハオマ草の権利分の振込を続けてくれたことなどへの感謝が綴られていた。
また、町で世話になった様々な人々への感謝の手紙も同封されていて、そうした人々へは両ギルドマスターから、伝えられたのであった。
商人のハンスは、うまくハオマ草の流通に関わることができるようになり、フロリアの置き土産の収納袋のお陰もあり、商売は急成長していた。
「渡り鳥亭」の看板娘リタは結婚して、そろそろ第一子が生まれるころであった。お相手は町の衛士であるコーエン。一時は「治癒魔法使いに命を助けられた者は、その治癒魔法使いに恋をする」という言い伝えの通りにフロリアに逆上せていたが、次第にその熱も覚めると、ケンカ友達のエッカルトの定宿の看板娘ということでいつの間にやら親しくなって、このような形になったのである。
両親のマクシムやイシドラ、祖父のクリフ爺さんあたりは身近な大人が冒険者上がりなだけに、ヤクザな稼業の冒険者に惹かれるのではないか、と心配していたが、お固い仕事の男を選んで内心はホッとしていた。
そして冒険者の「野獣の牙」のリーダーのエッカルトだが、最後に高品質の剣を贈られたことで、フロリア熱がいよいよ抜き差し難いものになって、現在の居場所であるフライハイトブルクにすぐに本拠地を移す、と言い出したが、さすがに仲間のオイゲンとフェリクスから止められている。
さすがに単独で故郷からはるかに離れた土地に本拠を移す度胸はなく、今のところは酔うたびにそう叫んでいるばかりだが、そんなことが続くと、町の女達の視線が次第に冷たくなっていくのだった。
冒険者がヤクザな仕事なのは否定できないが、実入りが良いのも事実であり、エッカルトのような若手の注目株は、飲み屋の娘あたりにはそれなりにモテるものなのだが、本人の女あしらいの下手くそさに加え、まだ未成年の少女に熱中しているのをもはや隠そうともしない態度に、他の女は鼻白むのだった。
もう1つ、フロリアが親しくしていた冒険者パーティの「剣のきらめき」だが、こちらは堅実に護衛任務や採取に取り組んでいた。
町の代官、両ギルドマスターの合議で、衛士隊と幾つかのパーティにハオマ草の自生地の場所を教えて、定期的に巡回して見回り、採取をすることにしたのだが、そのパーティのまとめ役的な立場に選ばれたのが「剣のきらめき」であり、ハオマ草目当ての商人の交易隊の護衛に、森の安全の確保に、と忙しい毎日に取り組んでいた。
その甲斐もあって、もうすぐ十分な貯金ができるので、そうなったら、すでに40代に差し掛かっているリーダーのジャックとその妻のイルゼは引退して、町で小さな商売でも始めるつもりである。
メンバーのパウルはともかく寡黙は性格の剣士であったが、同じパーティメンバーのエマと結婚した。
フロリアもそういえばパウルの声を知らないような気がする、というぐらい寡黙であったので、しばらくの間、冒険者仲間の間では「あのパウルがどうやってエマを口説いたのか?」と酒の肴になったぐらいである。
ジャックとイルゼが引退後は、パウルがパーティを率いる予定だが、2名だけでは足りないのですでに若い冒険者を見習いとして加入させている。
フロリアが下町グループと名付けていた未成年の薬草採取グループを率いていた少年である。
オーガ出没騒ぎの際に頑張ったことが認められ、「剣のきらめき」の仕事が暇なときには相変わらず、下町グループを率いて森に入っているが、リーダーの役目は次第に後輩に譲っている。
孤児院グループのリーダーだったシリルは、15歳の成年になると同時に孤児院を出て、ハンスの商会で商人の勉強を始めたところだった。
グループでの薬草採取ももちろん続いていて、孤児院の次の年長者がリーダーを努めている。もうオーガは出ないと思われるが、やはり彼らの心から恐怖心がキレイに消えることはなく、それほど深いところには行っていないようである。
また、リコとミナの姉妹は、「渡り鳥亭」が忙しい時には、お腹の大きなリタに代わって泊まり客への配膳などを手伝って、手間賃を稼ぐようになっているのであった。
スタンピードの際に町から逃げ出した冒険者や商人は、現在のビルネンベルクの発展ぶりを苦々しく思っているものの、今更帰る事もできず、もちろんハオマ草景気の恩恵に預かることも出来ずにいるのだった。ある者はハイネスゴール伯爵領の領都に居を移したが、同じ領内のビルネンベルクでのことは伝わるのも早く、領都にも居づらくなり、さらに遠くへと移動するのだった。
もとより根無し草の多い冒険者はまだしも、取引先やお得意さんとの繋がりが大切な商人にとっては、本拠地を知人がいない遠方まで移すのは中々大変なことで、中には商人をやめる者まで居るぐらいであった。
そうした冒険者の中で特に悲惨だったのが魔法使いのカイである。
もとより、魔法使いは大金を稼げる、というのが通り相場なのに、その狷介な性格が災いしてあちこちで衝突を繰り返した挙げ句、ようやく流れ着いたビルネンベルクでもこの始末で、本当に居場所が無くなってしまった。
それならばいっそのこと、別の国まで行ってしまえば……、とも思うのだが、こういう男の常として、それだけの勇気も沸かない。不満をぶつけるように博打にのめり込んで、大層な借金を作ってしまい、お定まりのならず者一家の用心棒にまで落ちていった。
如何に大したことのない魔法使いでも、滅多に魔力持ちすら居ない世界では重宝され、「先生、先生」と煽てられていたが、他のならず者一家との抗争で相手を数人殺してしまい、衛士隊に追われて逃走。今度は交易隊を襲う盗賊団の一味に入った。
ここでうっかり派手な魔法を使ったのがカイの運の尽きで、生き延びた交易隊の御者から「ドコソコのあたりに出没する盗賊には魔法使いがいる」との情報が、その地方の領主にもたらされ、Aランクの魔法使いが所属するパーティに討伐依頼が下ったのだった。
魔法使いが居るとなると、盗賊団の戦力は場合によっては二倍以上に跳ね上がる。交易隊の安全を確保し、その地方の経済を守るためにも、普通の盗賊団に対するものよりもはるかに厳しく徹底した措置が取られるのであった。
元来、Cランク相当の実力だったのが、不摂生と荒淫でさらに魔法の実力が落ちていたカイと、売出し中のAランク魔法使いとでは勝負にならなかった。
カイの黒焦げの生首が近隣のギルドに届けられたのはそれから数日後のことであった。
***
ハンゾーは、遺書を認めてから、アダルヘルム国王の呼び出しに応じて、王宮の深い場所にある王の個人的な執務室に赴くのであった。
王の私的な密偵機関である"暗部"の長であるハンゾーは、他者を介すること無く直接に王に面会できる。
それで、これまでも国王の命令に従い、何度も秘密任務をこなしてきたものだが、今回に限っては、目も当てられない事態になっていた。"暗部"の"渡り"のエースである「特性のない男」ウルリヒを投入したにも関わらず、小娘1人見つけ出すことが出来ず、その小娘に伝言するというごく簡単な任務を完全に失敗してしまった。
小娘は、自由都市連合フライハイトブルクでなんと龍退治を行ったSランク冒険者のパーティの一員として活躍したのだ。それも大鷲に乗って空を駆けるという印象的な登場をして、相当な有名人になってしまった。これで秘密裏に声を掛けるなど完全にできなくなってしまった……。
***
「それで、オーギュスト男爵よ。今頃にやってようやくご帰還という訳か?」
顔面蒼白になったハンゾーの報告から数カ月後。
事件の現場に居たというオーギュストがようやく、この王都ヴァルターブルクに戻ってきた。
アダルヘルム王は早速、旧友にしてかつてのパーティメンバーを呼び出して詰問するのだった。
「いやいや、アドよ。あの場合は仕方ないぞ。それにそもそも、あれだけの実力者は首に縄をつけて引っ張ってくるわけにも行かないし、当人の自由にさせるしかない。お前さんだって、パーティ解散の時にアシュレイが好きにするのを止められなかったじゃないか」
確かにそれを言われると弱いアダルヘルムだが、この旧友にはもう少し何とかしてほしかった、それでなくとも、国王に無断で国外に旅に出たのだから。本来なら爵位を返上させてもおかしくはない行動なのである。
「ところで、報告ではお主と一緒に旅をしていたという、娘の冒険者2名だが身重のようだな」
「あ、ああ。よく調べてあるな」
「フロリアと別れてフライハイトブルクを発ってから、いつまで経っても帰ってこなかったのは、2人の体調が安定するまで待っていたということで、それはまあ良い」
アダルヘルム王はじろりとオーギュストを睨むと、「で、父親は誰なのだ?」と聞く。
「うむ。……まあ、お主の想像の通りだ」
「2人共か?」
「……2人共だ」
「死んだマルガレーテの代わりに、俺がお前の性根を叩き直してやる! そこになおれ」
アダルヘルムがかつての仲間で、オーギュストの亡き妻の名前を出して、自分の脇においていた剣を手に取ると、オーギュストは慌てて逃げ出しながら、「だ、だ、だ、男爵家の跡継ぎを考えろといったのはお主ではないか!」と叫ぶ。
「親戚から養子でも取れ、という意味だ! 誰が2人も同時に孕ませろと言った」
アダルヘルム王は怒鳴りかえすのだった。
次の章もマジックレディスとの活動が続きます。
やっと信頼できる仲間が出来たフロリアですが、自分の秘密をどこまで話せるのでしょうか?
いつも読んでくださってありがとうございます。




