第232話 決着、貨物船の座礁
そして、互いにまたにらみ合いに。
ブレスを防御された水龍は怒りに満ちた目でフロリアを睨む。誰が展開した防御魔法なのかしっかりと理解している証拠だった。
3たび、水龍の口がカッと開いて、そこに魔力の塊が膨れ上がっていく。今度は水流ではなくボール状にするつもりか?
「やらせないよ」
アドリアは、その口にまっすぐに片手を伸ばすと、「これで倒せなきゃお願いね」とフロリアに言うと、その伸ばした腕の先に魔力を貯める。
お互いの大技の撃ち合いは、一瞬だけ早くアドリアが放った。
その二つ名の由来となった、全力の雷撃を。
その瞬間、フロリアは目の前が真っ白になり、視界を失った。
だが、この視界の異常は、ベルクヴェルク基地謹製のネックレスによって、一種の魔法攻撃の類似行為とみなされて、フロリアの視界は急速に回復する。ほとんど影響らしい影響は残らなかった。
そして、これは後でわかったのだが、大鷲の方には相当なダメージが残ったものの、離れた場所にいたモンブランがとっさに視界共有で大鷲の高度や向きを指示したので墜落を免れていた。夜型である筈のモンブランにとっては、離れた場所とは言え、強烈な光はキツかったのかと思いきや、何とも無かったとのこと。さすがは聖獣と思ったフロリアである。
ともあれ、この全力の雷撃は水龍の大きく開けた口に飛び込み、そのまま電撃がその長い巨体を貫いていた。
この一撃で、さしもの龍も大きなダメージを受けていた。
「ごめんよ、落ちそうだ」
背中で弱々しくつぶやくアドリアの声。一撃で保有している魔力をほとんど使い切ったらしい。フロリアを掴む指に力を感じない。
フロリアは慌てて、蔓草を出して、安定しないアドリアと自分をキツく結ぶ。こんなところで落ちたら大変だ。
そして、下をみると水龍は断末魔の苦しみで身をよじり、口からは真っ赤な血がゴボゴボを吹き出し、川の水を赤く染めている。
その巨体を激しくうねらせていて、そのたびに川の水が波立ち、ところどころ渦になっているほどだった。
それでも相手は龍である。ここでもし逃したら、きっとより強くなって復讐に来る。
フロリアはもう一度、爆発機能を盛り込んだ魔剣を出すと水龍の首すじ、アドリアの電撃が内側をぐちゃぐちゃにしたであろう場所に撃ち込んだ。
今度の爆発で、完全に水龍の息の根は止まったようで、鑑定を掛けると、「水龍の死骸」と表示された。
そして、そのままぶくぶくと沈んでいくので、フロリアはとりあえずその巨体をそのまま収納に入れる。収納に入れても重さは感じない筈なのに、これだけの巨体を入れると、ズンと体が重くなったような感触があった。
収納スキルが通用するのは命なき物体のみである。この水龍が入ったということは死亡しているという意味である。龍の体内に居たであろう、細菌などについては考えないことにしている。
いったん、マジックレディスの面々が待つ岸辺に戻ろうかと思ったところ、モンブランから貨物船が沈みかかっていると警告が入った。
モンブラン自身はあまり戦力にはならないが、高所から全体を俯瞰して状況をよく把握しているのだった。大規模な戦闘になると、フロリアよりも指揮官として有能かも知れなかった。
確かにオーギュスト達が乗った貨物船が、見た目で判るほど傾いでいる。
どうやら甲板によじ登ってきている魔物は討伐したようだ。船の周りをかこむようにしていた魔物は腹を見せて、下流に流されている。
アドリアの雷撃は、ほとんどが水龍の胴体内を引き裂いていたが、その残りの分だけで河の中の多くの水棲魔物まで巻き添えにしていたのだった。ただしショック死したのは一部で、多くの魔物はやがて目を覚まして、再び暴れだすであろう。
フロリアが指示するまでもなく、大鷲は貨物船の上まで飛ぶ。ちょっと大声を出せば届く距離ぐらいまで近づくと、トパーズが血に濡れたままの魔剣をぶら下げていた。
「おーい、フロリア。船の底に穴があいているぞ。あと数分程度で転覆しそうだ」
確かに甲板がすでに波に隠れている。
「それで、頼みがあるのだと。オーギュストか、そこの男に聞いてくれ」
見慣れたオーギュストと、その横には海軍の軍人のようにも見える恰幅の良い男性がいて、「私は船長だ。このままだと船が沈む。魔導エンジンが使えないが何とか、帆で船を浅瀬まで運んで乗り上げさせたいのだ。協力を願いたい」と叫んだ。
確かにこの状態で乗客が川の中に放り出されたら、気絶している水棲魔物もじきに目を覚ますだろうし、たくさんの被害者が出るであろう。
座礁してしまえば、それ以上、沈むことはないから助けが来るまで、甲板の上で待てば良いのか。
オーギュストの後ろには、やはり返り血に濡れたロッテとカーヤの姿も見えた。
「分かりました。出来るだけのことはします」
船の位置から右2時方向に灌木も生える程度の中洲があって、普段は危険なので大きく迂回するのだが、今はその中州に突っ込むしか助かる道はない。
トパーズは、これで自分の役目は終わりだとばかり、ひらりと飛び上がると、大鷲の背に登る。さすがに3人は多すぎるのでは、と下の人間が思った瞬間、冒険者の姿をした青年はその背中から消えていた。
フロリアは一度、船から離れると、大きく張られた帆の後ろから風魔法を掛ける。大鷲も心得ていて、同じく帆へ風を送る。
「私も掛けるよ」
アドリアは収納袋から出した魔力回復用のポーションを飲んだようで、ついさっきまでと比べて顔色も良くなり、言葉もしっかりしている。
だが、消耗しきった魔力はきちんと寝ないと回復しないのだ。ポーションの力で蘇った力は、ちょっと使うと再びあっという間に消えてしまう。
「アドリアさん。これも飲んでください。後、風魔法は他にも頼みますから無理しなくて大丈夫です」
フロリアは収納から自作の魔力回復用ポーションを渡すと、モンブランに呼びかける。細かい指示を出すまでもなく、すでに風魔法持ちの魔物を引き連れて、モンブランも大型船に急行していて、じきに大鷲と並んで、帆に風を送るのだった。
船は徐々に動き出し、前方の中洲に船首を向ける。
「あと、シルフィード、ウンディーネ。お願い。手伝って」
正直、精霊たちは血の匂いを嫌うので、この場では手伝ってくれそうに無いと思ったのだが、フロリアの必死の頼みが功を奏したのか、船はガクンと速度を増し、上流に向かっているとは思えない速さで中洲に突っ込んでいった。
川底が比較的浅い場所で使うことを想定した平底の船だけに、乗り上げても横転することはなく、そのまま中洲に乗り上げて、船体の相当部分が中洲の上になり、船首が斜め方向に空を向いて止まった。
大型船の甲板では「やったー」「助かったぁ」という声が上がっている。
「それじゃあ、先に帰りますねえ。すぐに助けが来ますよぉ」
フロリアはそう叫ぶと、ようやく大鷲は反転してマジックレディスが待つ岸辺に戻っていった。
モンブランには、助けが来るまでの間、猛禽型魔物を率いて、なおも船の上に留まり水棲魔物が中洲に這い上がってきそうになったら追い払うように頼んである。
岸辺に戻って、アドリアを縛る蔓草を解くと、半ばずり落ちるように大鷲から降りるアドリア。雷撃を使った後どうなるか判っている残りのメンバーは、再び意識が朦朧とし始めたリーダーをしっかりと受け止めて支える。
「見事だったよ、姐さん。でも、8割ぐらいの力でも良かったんじゃない?」
モルガーナの言葉に、アドリアは苦しい表情ながらもニヤリと笑うと「たまには本気を出さないと錆びついちまうのさ」と返した。
戦闘終了したら後はルイーザが仕切ることが多いのだが、この時もルイーザがテキパキと指示を出した。
「フィオ。このまま、姐さんを連れて、パーティホームに帰ってください。ただ、この鳥で町の上空に入るのはまずいので、馬車を使いましょう。姐さん、馬車を出して、フロリアはあの馬のゴーレムを使ってください。
町中に入ったら、人を引っ掛けたりしないようにゆっくりと走って、パーティホームに付いたらパメラさんが心得ています。
モルガーナは、フィオの手伝いをお願いします。ソーニャは私と一緒に、後のことを手当します。
多分、夜遅くまで掛かると思いますが心配はいりません。あと、いつもの顔ぶれ以外に無理に面会を求めてくるような者がいても相手をする必要はありません。
これからは、アドリアだけではなく、フィオもずいぶんと注目を浴びるようになりそうですね」
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