第231話 河の上空で
アドリア達の小舟の上空までひとっ飛びだった。
上から見ると、頼りないような小舟の周囲を数メートルから10メートルほどもあるような黒い影が幾つも水面に浮かび上がっていて、それが2つの小舟を囲みつつあった。
河ワニの短い手足が体の脇から生えている影の他にも、前世でいうアナコンダのような大蛇の影、背びれが水面から出ているサメの影もある。
幾つかはすでにマジックレディスに倒されたのか、腹を見せて下流に流されている。
彼女たちならば仕留めた獲物は素早く収納していく筈なので、それが出来ないほど追い詰められているということだ。
それがさらに上空から大鷲の影が落ちてきたのだから、さすがに焦りが見えたが、フロリアがその鷲の上から「おーい、魔物を上から排除します。とりあえず、陸に上って!!」と叫ぶ。
それで、彼女たちはホッとした表情になる。
フロリアは収納魔法から剣を出すと、操剣魔法で上空から影に向けて突き立てるように落下させる。
水棲魔物も水棲の危険動物も小舟を襲うために、ほぼ水面ギリギリまで浮かび上がっているので、これは効果的だった。あっという間に10匹ほどの魔物が脊髄にあたる部分を真上から魔剣に垂直に攻撃されて、断末魔の動きを数秒見せたかと思うと、くるりと腹を見せて絶命する。
魔剣は水の中から回収して、次の獲物を狙っていく。ちょっと勿体ないが、水棲魔物などの死骸は河を流れていくに任せる。
だが、マジックレディスの方はこれで戦闘にすべての人手を割かなくても良くなったので、2人組の小舟で1人が漕手、1人が攻撃担当になってフロリアとは別に魔物を狩っていき、こちらはしっかりと収納していく。
漕ぎ手ができたことで、どうやら小舟は岸に近づいてきた。このあたりはまだ河港から離れていないので岸壁はしっかりと堤防が作られている。町を囲む城壁の作り方を流用した強固なもので、少しぐらいの増水ではびくともしない。そして堤防の上には街道が走っていて、河運を使うまでもない近隣への物資の輸送に使われているのだった。
ともあれ、出港した船着き場組合の波止場まで戻らないことにしたのは好判断である。
「ご主人さま。そろそろ水龍が近いです。あと数分で、河上の船と接触します」
状況報告を頼んでいたセバスチャンからの連絡が頭の中に入ってきた。
「アドリアさーん! 水龍が来まーす! 船を守りに行きますねー!」
そう上空から怒鳴ると、間髪入れずに「1人で行くな! 私も乗せろ!」というアドリアの声が耳元に響く。風魔法の応用だろうか。
「ねえ、もう1人乗せられる?」
大鷲は答える代わりに、羽を大きく撓ませて、小舟を覆うように降下する。アドリアは風魔法を応用して飛び上がると、大鷲の背中、フロリアの後ろに乗る。以前にフロリアが風魔法で森の中を宙に浮き、滑空したのを覚えていて、アドリアなりに真似してみせたのである。
「あんたたちは陸に上って。魔法で小物を出来るだけ仕留めて!」
下に向けてそう叫ぶと、「さ、フィオ。行くよ」
大鷲はその巨体を河の上流方向。大型船に向けて飛ぶ。
「それにしても、あんた、まだこんなの隠してたんだね」
実は自分でもこんなスゴイのが間接的にせよ、自分の配下にいたとは知らなかったので答えようがない。
代わりにちょっと遠くを飛ぶモンブランに「河の真ん中あたりにいて味方の攻撃が届かない魔物を倒して。できれば、味方の近くに追い込んで。でも無理はしないでね」と命じる。
モンブランがホゥと返事を送ってきたかと思うと、数十羽の鷲や鷹などの猛禽類が河の上空に現れ、次々と川面に急降下して魔物に攻撃を加えていく。その中でも猛禽型の魔物の風魔法を上から叩きつけるような戦法は背中を晒している水棲魔物に効果的であった。
「おい。船の上に何か登ってきてるぞ」
トパーズがフロリアの影から首だけニュッと出して言った。オーギュスト達の乗る大型船が魔物に襲われている。
「あれ、大蛇だね。甲板までそんなに低くないのに、さすがにあの長さだと這い登れるのか。っていうか、魔導エンジン壊れてるね。プロペラになんか巻き込んだみたいだ」
アドリアの言う通り、プロペラ部分に多分河ワニが食いつこうとして絡まって破壊したようである。河ワニも体をズタズタにされて川面に血が流れているが、それが他の魔物たちをおびき寄せているという形になっている。
船は進もうにも引き返そうにも動力が無くてはどうしようもない。帆は張っているが、今日はあまり風が強くない。それで徐々に川の流れに押されて、下流に流されていくだけである。
そうした状況の中で、甲板で冒険者が剣を振るって、這い登ってきた大蛇と対決している。
オーギュストと、後ろにいるのはカーヤのようである。戦闘力のないロッテはどこかに隠れているのか? だが、甲板まで登った大蛇は今のところ、一匹だけだが、後続が反対側の甲板に登ろうとしている最中だし、他にも2,3匹の大蛇や河ワニが船に張り付こうとしている。
「フロリア。魔剣を一本貸せ。ちょっとオーギュストの助っ人に行ってくる」
大鷲が船の上空に来ると、トパーズはフロリアの出した魔剣を咥えたかと思うと、船に向ってジャンプした。
空中で変化して、若い男性冒険者の形になる。オーギュストの斜め前に軽やかに着地したトパーズは、「おい、オーギュスト。老けて弱くなったんじゃないのか?」と軽口を叩く。
「おまえ、トパーズか。なんでまたアドに化けてるんだ」
「豹のままだとうるさく騒ぐ連中がいるからな。これでもフロリアのために気を使っているのだ」
「ははは。ともあれ、ありがてえ。どうやら死なずに済みそうだ」
トパーズは、風魔法を付与した魔剣を振って大蛇の目の辺りを斬り裂いて、注目を自分のほうに向けさせると、その隙に大きく踏み込んだオーギュストが剣を蛇の首筋に振り下ろす……。
船上の戦いはトパーズ達に任せて、フロリアは水龍を目指す。
上流の流れに長大な黒々とした影が、まだ距離があるにもはっきり見える。それ以上に、圧倒的な魔力の放射が感じられ、こちらに向ってきているのがとてつもない怪物だということを感じさせる。
「あれが水龍だね。町には近づけさせないで仕留めるよ」
「はい」
フロリア達が接近する気配を感じたのか、水龍は首を水面から出してきた。
この世界で龍というと、前世では西洋のドラゴン(羽の生えたトカゲ)の印象が強い。実際ベルクヴェルク基地の外に棲む龍もそっちの系統である。
だが、この龍は東洋風の大蛇に小さな手足が付いた龍のほうに近い。顔はヒゲが長く伸び、口は長く裂けていて凶悪な牙が並び、目は縦長の瞳孔が爛々と輝いている。
その口のあたりに魔力の塊が、目に見えるほどに高まったかと思うと、まだ数百メートルは離れた大鷲めがけて、ブレスが撃たれた。
水龍のブレスは、水である。ホースから放たれる水流のように水が大鷲を襲う。
「避けて!」
フロリアの指示を待つまでもなく、大鷲は斜めに飛んで水流を避ける。
「あれは猛毒だねえ。河に流すのもまずいし、船に当っても大勢死ぬことになるね。回り込んで、龍を人の少ない方に誘導するよ」
「はい」
大鷲はいちいち指示をしなくとも、フロリアの意を汲んで、水龍の頭の上を旋回して、その気を引く。
もちろん、フロリアも魔剣の残りを出して、大鷲に打ち込むが河ワニあたりとは硬さが違う。
簡単に弾かれたので、今度は相手に接触すると爆発する、一度限りの魔剣を繰り出して、水龍の顔先に撃ち込む。
しっかりと顔に命中して爆発したのだが、その爆煙からさほど傷も付いていない顔がヌッと出てくる。
しかし、これで怒りを覚えたようで、大鷲に向けて、再び大きな口を開き、空気がビリビリと震えるほどの魔力を放射する。そして、口元にその魔力が収束して、再びブレスを撃つ体制になる。
大鷲は2人も乗せているとは思えない動きで、サッと上空に逃げる。龍の首はその大鷲を追って上を向いたかと思ったら、再び水流がフロリアたちを追う。
今度は避けきれない、と判断したフロリアは、後ろに向って大きな防御魔法を展開した。水流はその防御魔法にあたって飛び散るかと思いきや、逆に砂の壁に穴を穿っていくかのように魔法が崩れていく。
慌てたフロリアは、とっさに防御魔法を後3つ、いや4つ展開する。
その4つの壁の3つは次々と破られ、最後の1つだけでどうにか遮蔽に成功。
だが、たっぷりと毒の入った水がモルドル河に落ちる。
いつも読んでくださってありがとうございます。




