第222話 新しい収納袋
「私が使うって?」
「はい。出し入れをする口を2つ設けた収納袋をフロリア様にお持ちいただき、フロリア様が旅先で急に必要になったものをこちらでご用意して収納に入れることで、どこにいても取り出してお使いいただけます」
現状の収納スキル、そのスキルを付与した魔導具である魔法の袋は、当たり前だが入れたものしか取り出すことが出来ない。
しかし、このセバスチャンが提案している新型収納袋はフロリアが必要になったものを基地に連絡して、基地側の出し入れ口から入れれば、フロリア側から取り出すことが出来るというものである。
基地の工業生産力、農業生産力を考えると、ほぼ無尽蔵の武器や食料やその他の品物を取り出し続けることが出来る、ということになる。
「たしかに便利そうだね」
フロリアは考え込む。
あの基地の美味しい食事をいつでも袋から取り出して食べる事ができる……。いや、今でも実は結構な食事を自分の収納スキルに入れてあり、時間経過が無いのでいつでもできたてを食べられるのだが、カレーライスを食べきってしまったら、一度基地に戻るか亜空間内に届けてもらうか、しなくてはならない。
まあ大した手間ではないのだが、本当の緊急事態だと1分1秒を争う。そうした時にはたしかにありがたい機能になるかも知れない。
今後、マジックレディス以外の人間と一緒に行動していて、亜空間に自分だけ入る事ができない場合、スマホでセバスチャンに連絡さえ入れられれば、必要なモノは入手できる。
もちろん、ベルクヴェルク基地で調達できないものは対象外だが、あの基地はなんでもあるし、無くても作れる。逆に調達できないものは何なのか知りたいぐらいである。
それでフロリアは特に断ることもなく承諾した。
「おお、これで我ら一同、より一層フロリア様の御役に立てることと存じます」
考えていて、なかなか返事をしないフロリアに何らかの理由で機嫌を損ねたのではないか、と恐れたセバスチャンは特にそうではないと知ってホッとした。
「あ、それとセバスチャン。以前に人工衛星を飛ばしているって言ってなかったっけ?」
「左様でございます。ご主人さまの護衛のため、人工衛星の打ち上げをしております。現在ではほぼ切れ目なく地上の様子を把握出来ます。ただ、屋根の下ですとご様子を拝見出来ませんので、ねずみ型ロボットも順次、配置を増やしております」
マクロ、ミクロの両面から、絶え間なくご主人さまのサポートを行っているのだ、とセバスチャンの無機質な声は、不思議とちょっと弾んだような調子に聞こえた。
フロリアは、この世界で露天風呂とか見つけても絶対に入るのはやめておこう、と心に決める。
そしてもう1つ。生前に兵器オタクの一面もあったお兄ちゃんから神の杖とか天の杖とかいう人工衛星から地上を狙う武器のことを聞いた事があるのを思い出していたフロリアは、そのこともセバスチャンに確認したのだった。
「その人工衛星ってなにか武器を積んでいる。例えば地上に落としたり、レーザービームを撃ったり?」
「ああ、それは実装可能ですが、前のご主人さまのガリレオ様からいつか人工衛星の再打上を開始する時が来ても、衛星搭載兵器は使ってはならないし、衛星に積むこと自体いけないというご命令を頂いておりますので、載せておりません。
ただし、このご命令も今のご主人さまが上書きされるのでしたら、上書き可能でございます」
「ううん。そんな武器なんか載せないで」
「承知いたしました、ご主人さま」
どことなくセバスチャンの声が落胆したかのように聞こえるのは気の所為だろうか。
***
亜空間を出ると、モルガーナとソーニャがフロリアの部屋の前で待っていた。
「あ、出た出た。ずっと出て来ないから、中で寝てるんじゃないかって思ったよお」
個室のドアの外にいても気配を察知して、戻ってきたらすぐにノックの嵐。
「どうしたんですか? モルガーナさん、ソーニャさん」
「も、漏る漏る漏る漏る!! 早く亜空間開けてぇ」
モルガーナがバタバタとちょっとガニ股気味で亜空間に飛び込み、大騒ぎはしないものの、やはりかなり我慢していたらしいソーニャも続けて飛び込む。
数分経つと、満足げな表情でモルガーナが出てきて、続けてソーニャも「フィオちゃん、ごめんなさい。でも、お屋敷のトイレもちょっと……。いえ、我慢しなきゃいけないんだけど」と言い訳する。
彼女たちも午前中いっぱいぐらいは装備や服の手入れをしていたのだという。ただし、服装は旅の途中でも亜空間内できちんと洗濯をしていたので、きれいな状態が保たれていて、使用人頭のパメラおばさんはアドリアやルイーザの服もキレイだったことと合わせて「どんな手品を使ったんだい?」と不思議がられていた。
お昼は、朝食を食べた小食堂でとると、庭で子どもたちと遊ぶ。
新年を迎えて18歳になったモルガーナだが、精神年齢は子供たちと大差ないみたいに一緒になってはしゃいでいる。
フロリアには最初はおずおずと近づくだけだった子どもたちだが、じきに慣れて、おままごとをつきあわされる。
1人だけいる男の子は、はしゃいでいる振りをしてモルガーナの胸にしがみついたりしていたが、途中で様子を見に来た母親に引っ叩かれて、フロリアにターゲットを替えた。いや正確にはトパーズに。
「ねえねえ、おねえさん、昨日のでかい猫を出してよ」
とねだってくる。
"おい、フロリア。私は嫌だぞ"
トパーズは子供の相手はごめんらしく、言下に断る。従魔ではないトパーズに強制出来る訳もなく、またフロリアとしてもトパーズが嫌がることをやらせたくはない。
「うーん。トパーズは今日は無理かな。その代わり、ニャン丸と遊んでいて」
そういえば、屋敷の皆には昨日、紹介し忘れていたニャン丸を召喚する。
「ニャニャニャ。ニャン丸をお呼びですにゃ?」
「ああっ!! この猫、しゃべった!! しかも2本足で歩いてる!!」
女の子たちは目をまんまるにして、男の子は大喜びでニャン丸を抱こうとして逃げられる。
「こら待て!」
追いかけるが、ニャン丸はひらりひらりと2本足で、時に四つ足になって男の子の追撃を躱しながら、庭を駆け回るのであった。
このお屋敷はかなり来客が多い。
昨日、マジックレディスが帰還したことはすぐに冒険者仲間に広がって、昼過ぎぐらいからは何人もソロ冒険者がやってくる。
いずれも、以前マジックレディスに所属していて、この数年の間に独り立ちした女魔法使いばかりで、アドリアの顔が見たいし、またアドリア姐さんが新しい娘を見つけて連れてきた、というのでその娘の品定めもしたいし……という訳だ。
「フィオちゃんは、まだまだ未成年だから当分はあげないよぉだ」
「あんたのモノじゃないでしょ。ていうか、あんたはいつどくりつするのよ?」
モルガーナは同年代の女魔法使い達と元気に口喧嘩をしている。
子どもたちも屋敷にいた頃に遊んでくれたお姉さん達が来たので喜んで、午後いっぱいを賑やかに過ごすのだった。
アドリアとルイーザはやはり帰宅が遅くなったので、夕食は留守番組でとることになった。
それに来客の女魔法使いたちも勝手知ったる他人の家、とばかりに一緒に夕食を食べていく(さらに夜遅くなったから、と空き部屋に泊まっていく女魔法使いもいた)。
普段は使用人たちは一緒に食事をしないし、そもそもマジックレディスの給仕もしない。全員分の食事を厨房で作ってあるので、それを各自が勝手によそって食べるという形式である。
大きな屋敷ではあるが、住人は冒険者。貴族ではあるまいし、日常の世話など不要。
それなのに10人もの使用人がいるって、多すぎないかとフロリアは思ったのだったが、後になってわかったことだが、彼女たちは屋敷の維持管理だけではなくて、アドリアが際限なくあちこちから連れ帰ってくる少女達の世話や、市内で起こった騒ぎに首を突っ込んで拡大した後始末などで人数が必要だったのである。
今は、アドリアがはるばるスラビア王国に遠征した時に連れ帰ってきた女性がスラビア料理の店を出していて、珍しいもの好きのフライハイトブルクっ子に好評なのは良いが、忙しい時間帯に仕事を手伝いに行っているのだそうだ。
そんな感じでは幾ら稼いでも足りないのでは、と思うところだが、ルイーザのシビアな金銭管理と、締まりやのパメラおばさんのお陰で、マジックレディスの収支だけではなく、アドリア個人の家計も結構な黒字になっているそうだ。
もっとも彼女が冒険者として稼いだ報酬を、商業ギルドから回ってくる”美味しい投資話”に丸投げすると、それが自動的に膨れ上がって……ということらしい。普通はあぶく銭の持ち主に持ち込まれる美味しい話などインチキに決まっているものだが、商業ギルドの運営は町の顔役でもあるので、Sランクの実力と華のある冒険者を取り込むためには、本気で美味しい話を持ち込む程度の便宜を図っているのだった。
必死に働いても大して稼げないし、美味しい話に縁のない底辺冒険者が知れば如何ほどに腹を立てるだろうか。
いつも読んでくださってありがとうございます。




