第218話 馬車の旅2
フロリアはモンブランとニャン丸を久しぶりに召喚して、マジックレディスの皆に紹介した。この先、行動をともにするのであれば、いつまでも従魔を紹介しないのも不自然である。
「うわぁ、きれいな白いフクロウ!! まだちっちゃくて可愛い。それにこの猫、二本足で歩いて喋るんだ。スゴイねえ。トパーズの子供?」
「私はそんな猫と血縁は無い」
「夜中に開けた街道を移動するのだと、夜目が効いて、上空から遠くまで見通せるフクロウは役にたちますね」
「ホウホウ」
「ミルクは山羊のミルクが好きですにゃ」
わらわらと騒ぎながら、日暮れと共に出発して、日の出前に亜空間に引き上げて、ゆっくりと休むという旅を続けた。
街道は基本的にモルダル河に沿って敷かれているが、時々川沿いを外れて、大きな町に向かってカーブしていたり、湿地帯を迂回したりしているので、距離は結構モルドル河のルートよりも長い。それに船のように昼夜関係なしにずっと進んでいる訳ではないので、その分、進みも遅くなるのだが、それでも順調に旅は進んでいた。
その旅の途中で、神聖帝国暦1108年、ヴァルターランド暦558年の正月を迎えた。この世界の暦は、1週間が6日で1ヶ月が5週間、つまり30日であった。大の月、小の月はなく、どの月も30日なので、12ヶ月で360日になる。
ただし、12月30日が終わると、どの月にも入らない、年またぎの5日間があり、1年は365日になるのだった。
大陸の習慣では12月30日で仕事納めをして、次の2日間が「暮れのお祭り」。
年が明けて、新年になると「年明けのお祈り」の2日間は家族で教会に行ったりして静かに過ごす。そして5日目にはその年に10歳になった子供の洗礼式が行われるのであった。
モルガーナあたりは古都キーフルの暮れのお祭りを見たがりそうなものであったが、意外と興味を示さなかった。
「フライハイトブルクのお祭りを知っちゃうとねえ」
なのだそうだ。
それで旅の途中ということで特別な料理などは用意しなかったが、ルイーザに言わせると「毎日、亜空間で食べる料理がすでに特別ですよ。町の外で、いや町中でもこんな料理を食べてる冒険者なんて、他にどこにもいませんよ」であった。
ねずみ型オートマタはさすがにオーパーツすぎると判断したフロリアは、マジックレディスの皆には教えずに、馬車を駆っている最中に離れた場所を走らせながら、報告を受けたのだった。
しかし、すでにキーフルから旅立っているので、ヴィーゴさんを内偵した結果はある程度旧聞に属するものになっていて、フロリアも興味は薄れていた。
すでに持っていた、彼の目的はフロリアをシュタイン大公国の国外に送り出すこと、それによって、国内の微妙な政治的バランスの崩壊を防ぐこと、という認識が覆されるような情報は無く、そしてフロリアが気にしているアシュレイとの関わりを示す情報も特に無かった。
当たり前のことで、都合よく20数年も前に起こった出来事の回想を口にする機会など訪れるものではない。フロリア達が会食に招かれた時にヴィーゴが話した思い出話がほぼ唯一のアシュレイとの関わりであり、そのヴィーゴの過去を慈しむような表情は雄弁であった。
元々、お師匠様がおそらくは生涯で唯一愛した人がどんな人だったのかを知りたかっただけであるし、確かに愛するに値する人であったと確認できたのだから、これ以上、過去を掘り返す真似をする積りはフロリアには無かったのだった。
***
フラール王国の冒険者の町として有名なロワールまでたどり着いたウルリヒであるが、まったく情報をつかむ事ができず見事な空振りであった。
ギルドにも立ち寄り、相応の時間を掛けたが、女性だけで5人のパーティなど誰も知らなかった。
「雷撃のアドリアのマジックレディスなら、女だけで4人、5人のパーティを組んでいるけども、あの人らがこのロワールに来たって噂は聞かねえなあ。何しろ派手な人だから、来りゃ見逃しっ子ねえし」
ということだった。
やむを得ず、ウルリヒは一旦、キーフルに戻って本国に繋ぎを入れることにした。自他ともに認める"暗部"イチの腕利きの珍しい失敗であった。
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バルトーク伯爵家では、旧市街に流れている噂を考慮してこれ以上のフロリア捜索を諦めた。この程度のことで揺らぐ伯爵家ではなかったが、娘の嫁入りを目前に控えて、大事を取ったのだ。
それで、騎士隊長は当分謹慎。
下町の冒険者ギルドに詰めているミクラーシュにも、執事の1人を伝言役として会いに行かせると「お館様のご指示で、ミクラーシュ様はこのままキーフルを出てバルトニアにお帰りいただくことになります。新市街のバルトーク家の屋敷に顔出しも不要とのことでございました」と伝えさせた。
つまりはお役御免。御家の大事なときだから、田舎に引っ込んで大人しくしていろ、という訳である。腹がたったミクラーシュだったが、執事から渡された革袋の金貨を突き返すような真似はしなかった。
「行方不明になったままのマレクもどこかで捕縛できれば良いのだがな。いや、その前にどこかで野垂れ死んでいてくれれば」
伯爵はそんなことも考えていたが、マレク捜索に人手を避ける余裕は無かった。
***
オーギュストは王国の秘密を話して良いものか悩んだが、すでにロッテとカーヤが本人と接触してしまっているということを重視して、実は自分が探しているのが、ロッテが命を救われたという少女の魔法使いなのだと明かした。
詳細は避けたが、国王にとっても昔なじみの弟子であり、王国の力で庇護したいのだと語った。
「それで、俺としては、このままフライハイトブルクに追いかけていきたいんだが、お前らはどうする?」
カーヤとロッテは特に2人で相談することもなく「もちろん、一緒に行く」と返答した。
「あの子にはもう一度あってキチンと命を助けられたお礼が言いたい」
「マジックレディスって、有名な女冒険者で憧れだったしね。せっかく縁が出来たんだから、仲良くなりたい……かな」
「それに有名な自由都市連合のフライハイトブルクにも行ってみたい!!」
「でも、もしあの子の取り合いになったら、ちゃんとあの子の意思を尊重して上げてね。無理やり連れ帰るのは嫌だよ」
「それは判っているさ」
フライハイトブルクへの船の旅に心踊らせる3人であった。
***
ケンタ、ケンジの2頭のゴーレム馬にひかれて進むアドリアの馬車は、悪路ではさすがに速度を落として進んだが、冬場の乾燥した時期であまり雨も降らなかった事もあって、通常の街道では良い乗り心地で距離を稼いだのだった。
キーフルを出てから2週間と3日(15日)目にして、フライハイトブルクに迫ってきたのだった。
船なら河下りで10日の距離。船の速さと便利さを特筆すべきか、僅か5日間しか遅れないアドリアの馬車とゴーレム馬の性能を褒めるべきか。
「でも、ここから先は見られると辛いからね。あとは昼間に徒歩で町に入るよ」
朝焼けの光を浴びて、遠目にもキラキラと輝くフライハイトブルクの有名な尖塔を眺めながら、アドリアは言った。
とりあえず、そのまま馬車はアドリアの収納袋、ゴーレム馬はフロリアの収納魔法にしまうと、一行は亜空間に入って、朝食を取り、昼までゆっくりと睡眠をとることにした。
起き抜けにお昼ごはんを食べると、亜空間を出た一行は街道を徒歩で歩く。
自由都市連合は、多くの都市国家の連合体で、フライハイトブルクがその盟主。連合を構成している多くの町へ行き来する荷馬車がひっきりなしに通っていく街道だが、意外と徒歩の旅人も少なく無かった。
荷担ぎの行商人、町に用事のある近隣の農民、吟遊詩人、学者か錬金術師と思しき人々……。
特に護衛依頼以外の依頼で町の外にでた冒険者は徒歩が基本なので、そこかしこに歩いていて、おかげでフロリア達が変に目立つことは無かった。
いつも読んでくださってありがとうございます。




