第214話 会食
無事に報酬や素材の買取代金を受け取ると、アドリアとルイーザは宿に戻る。
その時には、既にフロリア達も戻っていて、自室に籠もっていた。
覗いてみると、ちょうどモルガーナがトイレにいきたいと言い出して、亜空間に繋げてはいたが、そのまま閉じてしまうとアドリア達が判らなくなるので、亜空間へのドアを開きっぱなしでフロリアとソーニャはベッドに座って話をしていた。
「おや、ちょうど良いね。私もちょっと」
アドリアも亜空間で用足しする。
古くからこの大陸でも有数の大都市であるキーフルで一番の高級宿。そのトイレであっても、いったん亜空間にフロリアが設置し、後にベルクヴェルク基地の古代文明の技術で改装をした快適で清潔なトイレには遠く及ばない。
そもそも、フロリアの前世の世界の発展レベルで言えば近世ぐらい。
魔法を利用することで、あるいは現代日本の最新の文明レベルに達している分野もあるのだが、食事とトイレ、風呂あたりは、正直比べ物にならないのであった。
「あ、食事といえば」
アドリアは宿の受付でヴィーゴ商会からの手紙を渡されたのを思い出して、開いてみる。
投宿した時点で、「戻られたら連絡がほしい」とヴィーゴ商会から言付けが届いておりますが、いかがいたしますか、とのことであったので、連絡を頼んだらすぐに返事が届いた、という訳である。
「食事のお誘いだね。ああ、しかも今日の夕食だ」
すでに3時を過ぎたぐらいだったので、「すぐに返事したほうが良いね。今日はヴィーゴさんのところで晩餐だよ。お客は私達だけのようだから改まったドレスなんかはいらないけど、失礼の無い格好で行くよ」とアドリアは決めて、返事をするために受付に戻っていった。
アドリアが受付に行っている間にパーティの金庫番であるルイーザがフロリアにならず者の冒険者を犯罪奴隷に売った代金、報奨金などの明細を渡す。
さらにトパーズが狩ったかまいたちの代金に、フロリアが森への遠征中に提供した食事に安全な寝処(亜空間)の代金、ソーニャの治療費などを計算して提示する。
それにホテルの宿泊代や食事代など、フロリアがマジックレディスお金を出して貰っている分を差し引いても結構な金額になっている。
「ここでお別れなら、ギルドに戻って現金を用意してきますけど、どうせならフライハイトブルクまで一緒に行って、そこで精算にして欲しいですね。その後、正式なメンバーになったら、その時に今後の利益の分配基準なんかは説明します」
ということで、フロリアはこの場では活動費としての少額の現金だけを受取ることにしたのだった。
夕方。
6時になる前に、ヴィーゴ商会の紋章を掲げた、市内用の華奢な2頭立ての馬車が宿の前に到着した。
マジックレディスの面々は、それぞれに華美にならない程度のおしゃれをしている。
とは言え、元々アドリアは常に派手で目立つ衣装なので、普段と変わらないと言えば変わらない。
鮮やかな赤を基調に紫を差し色にしたスーツっぽい服装である。体のラインがはっきりわかる。
ルイーザは仕事のできる秘書、という感じ。アドリアとくらべて地味で慎ましいとも言えるが、ルイーザによく似合っていて、良い雰囲気にまとまっている。
若手2名は冒険者の服装ではなく、ちょっと良いところのお嬢様ぐらいの服装でドレス等では無く、刺繍の入ったブラウスに膝丈のスカート。それにちょっとした装身具程度といったところか。それに魔法使いっぽいデザインのハーフコートを着ているが、黒ではなくおそろいの淡いベージュの色合い。浅黒く活発な印象のモルガーナと、金髪碧眼で西洋人形のようなソーニャのコントラストが映える。
初老のおじさま相手に気合が入りまくったおしゃれとはならないようであったが、それでもモルガーナの大きさは隠せるものではなく、フロリアは劣等感を刺激される。
そのフロリアであるがバルトーク伯爵家で貰ってしまったドレス、とも考えたが、他のメンバーに比べて浮いてしまうので、年齢なりの格好ということで、ワンピースに共布の丈の短いボレロ。それにブローチを1つだけ。
"なんだか、小学生の卒業式みたいだなあ"
とイマイチな気持ちになるフロリアだったが、モルガーナあたりは大騒ぎをして、いったいどこでこんな風合いの素材の服が手に入るのか、と不思議そうに触る。
この服はベルクヴェルク基地謹製のもので、確かにこの世界では見かけない素材ではあった。
アドリアもルイーザもその服に関しては、「似合っているわよ」程度のリアクションであったが、特にルイーザは何やら考え込んでいるのであった。
ヴィーゴ商会には、店の別棟で特別な来客に対応する貴賓室のような建物がある。メインはパーティ会場にもなる大きな広間で、2階にはもう少し小さいが、正餐を供するにふさわしい豪奢な内装の食堂室があり、そちらに案内された。
「何しろ、皆さんはあの宿の和食に慣れていらっしゃるので、本日は洋食でご用意しましたよ」
ヴィーゴはニコニコと笑いながら、アドリア達に席をすすめる。
ホスト側はヴィーゴ、本店を預かることが多いという中年の筆頭番頭、フロリアとも面識のある若手の番頭のセリオ。
お客側はマジックレディスの4人にフロリアであった。
料理は、何でも新市街に屋敷を構える大貴族のお抱え料理人を借り受けて用意させたものなのだそうだ。
大公の宮殿を差配する料理人はさすがに誰も借りることは出来ないが、貴族の料理人だと、かなりの大物貴族でも、出入りの商人であればこうして借りる事ができるのだ。
商人はいくら金銭的な余裕があっても、自前で一流の料理人を雇っていると貴族のやっかみを買うことがある。そこで、こうして大金を貴族に払うことで料理人を借り受けて大事なお客の時に料理を作らせるというのはよくある方法なのだった。
料理人にとっても、その商人が大きな宴会などを開く際に料理を取り仕切れば、知名度が上がるので悪いことはない。雇い主の貴族もそれだけの料理人を抱えているというのは自分の家のステイタスにもなる、ということで貸し出しを嫌がる貴族は少なかった。
今回は内々の食事会なので、料理人にとっては知名度アップには繋がらないのだが、良い小遣い稼ぎができるということで、しっかりと腕を振るった料理が並んでいる。
晩餐の内容はイタリア料理を基本にしたものだが、コース料理形式ではなく、数皿が一緒に出てくる。
いわゆるイタリア料理もどきは、和食の鋼人の知名度にあやかって洋食の鋼人と名乗った転生人の料理人が広めたもので、これはこれでけっこうファンが多い。
コース料理になっていないのは、ヴィーゴの判断で「今日のお客様は堅苦しいことがキライな冒険者だから」ということで、ある程度まとめて料理を供するようにしたからであった。
なお、魚料理、肉料理とあるのだが、魚料理は海の魚を使っていた。
大陸内部の町では海の魚を入手することが難しく、通常は大貴族の晩餐でも川魚を使うことが多い。このキーフルは海に面したフライハイトブルクからの流通が盛んであるということもあり、相当に値は張るが収納スキルに入れて海の魚を新鮮なまま運んでくることがある。
なので、晩餐に海の魚を供するというのは、賓客にとっても自分がホスト側に重要視されているというバロメーターの1つ
という訳である。
だが、それも肝心の賓客がフライハイトブルクから来ていた場合にはあまり意味をなさない。
マジックレディスを主賓と考えるなら、ヴィーゴは魚料理は川魚を使った筈である。
にも関わらず、あえて海の魚を使ったのは、大陸内部出身であるフロリアを気遣ったということになる。もっと言えばフロリアが主賓扱いなのだが、あいにくフロリアはそのことに気がついていなかった(さすがにアドリアやルイーザは気づいたが、ホストを目の前にそれを口にすることは無かった)。
これまで遠征中に亜空間で主にフロリアが用意してきた料理は和食の味付けを基本にしたもので、けっこうB級グルメ的な料理も多かったので、また趣向の変わったイタリア料理は一行の目には新鮮に映った。
豪華で重厚な室内の装飾、この世界で最高のレベルの技術力で作られた食器に、一流の料理人の手による料理、ということでマジックレディスの面々は多いに飲み食いして満足していた。
冒険者たるもの、こうした席で遠慮して少食になるようでは、生き抜いていくことは難しい。
フロリアも細い体からすると旺盛な食欲を発揮したのだが、それでもベルクヴェルク基地で今度、イタリア料理を作ってもらって食べ比べしてみたいなあ、と思ってしまう。ご馳走を食べ慣れてしまったようだった
食事がコーヒーとデザートで締めくくられて、今度は談話室に移って、会話を楽しむことになった。
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