第211話 帰路1
ソーニャは休ませて、残りのメンバーで情報交換をした。
金色熊の討伐が上手くいったことがアドリアに報告され、死骸を検分する。
「モルガーナ。良い倒し方ね。これだったら、きれいな剥製になるわ。私の収納の方が時間の経過が遅いから移すわね。後で血抜きもしておかなきゃね」
そして、アドリア・ソーニャ組の顛末を聞く。
とは言っても、こちらも大して話すことはない。アドリアの探知魔法で多数の魔物の接近はわかったので、とりあえずは防御魔法で自分達を守り様子を見ることにした。
アドリアも知らない魔物であったので、1匹ごとの魔力はそれほどでは無かったものの、安全策を取ったのだ。
それが今回に限ってはミスであった。
まだ距離のある間に、雷撃のアドリアの雷魔法で一気に焼き払ってしまえばよかったのだ。森の損害も大きくなるが、探知魔法で他の冒険者も居ないことも分かっていた
この世界には自然保護活動家は居ないので、誰も文句を言わない。
ソーニャは魔法は四大属性のものは一通り使えるのだが、防御魔法はそれほど得意ではなかった。フロリアは治癒魔法を行使している途中に周囲すべてに防御魔法を張り巡らせていたが、これは実は結構な高等技術であり、魔力消費量も大きく、難しい技なのだ。ソーニャにとってはとても真似できない技であった。
それでもソーニャも最初は全方位を防御せざるを得なかったのだが、そのために魔法が薄くなってしまった。当初はかまいたちの攻撃を防げたものの、途中で破られてしまい、後は槍で戦うのみ。数匹は倒したものの、数の暴力には勝てず、いわば膾切りに近い状態になってしまったのだ。
もちろん、アドリアがそれを看過していた訳ではなく、自分に向かうかまいたちをさばきつつもソーニャのかまいたちにも攻撃を加えていたが、それも限界があったのだ。
「まったく、もう少し応援が遅れていたら、ここでおしまいになるところだったよ。偉そうにSランクだと言っても情けないものだ」
アドリアが肩をすくめる。
「いえ、私が足を引っ張ったから。姐さんお1人だけだったら、いくら頭数が居ても……」
ソーニャがベッドから半身を起こして、言葉を挟む。
「ソーニャったら、寝てなって。……それにしてもホントにフィオちゃんは凄かったね。治癒魔法もスゴイけど、防御魔法も桁外れだし、移動もあれ、どうやってるの? 飛んでたよね」
「はあ。……あれは風の精霊に運んで貰っているんです」
「へえ。精霊ってそんなことできるんだね」
***
その日はもう亜空間内で過ごし、翌日はキーフルの町に戻ることになった。
森に出てみると、トパーズやモルガーナに蹴散らされた後に戻ってきたらしいかまいたちが戦闘現場の周囲を調べたようだが、こちらの痕跡を発見できず、諦めて移動したようである。
帰途。ソーニャは自分で歩ける、と言い張り、少し揉めた。
モルガーナが、ソーニャはそのまま亜空間に寝かせておいても、フロリアが町に帰って、亜空間を開ければ、一緒に町に戻れるんじゃないかと言い出したのだ。
「確かにそうですが、もし私がソーニャさんを亜空間内部に入れたまま急死したら、もう中から出られなくなります」
そう言いながら、フロリアは別の手が頭に浮かんでいた。
「あ、でも、外に戻るだけなら手はあるか。それにはトパーズが一緒に中に居ないと」
トパーズには転移魔法の使用権限を付与しているので、万が一のときにはソーニャを連れて、一旦ベルクヴェルク基地に飛び、そこからフライハイトブルクの近くの転移陣のある遺跡に飛べば良いのだ。
「私は、フロリア抜きで中には入らぬぞ。フロリアの傍に居て、何かが襲ってきたら、私が倒してやるから、フロリアが死ぬことはない。それで良かろう」
トパーズにピシャリと断られる。この時、名前をフィオリーナと皆に紹介しているのに、そんなことを気にしないトパーズはフロリアと呼んでしまっているが、マジックレディスの面々は気がついているのかいないのか……。
結局、フロリアはアドリアに断ると、トパーズだけを伴って、彼女たちから話し声が聞こえない程度に離れたところに行くと、スマホ型魔導具を取り出す。
そして、セバスチャンを呼び出して、ねずみ型オートマタから万が一、自分が死亡したという知らせを受け取ったら、亜空間に転移して、そこに誰かいたら、そとの世界に送るように、と命じた。
「かしこまりました、ご主人さま。……何か危険を伴う行動をお取りになるのでしょうか?」
「心配はいらないわ。いつもと一緒だけど、今日だけは亜空間に他人を残すから、念のためなの。ソーニャさんという名前の人。お願いね」
「かしこまりました。それでは念のため、上空からご主人さまを追尾してよろしいでしょうか?」
「上空?」
「はい。先日、人工衛星を打ち上げましたので、地上の監視が可能でございます。フロリア様の居られるあたりは特に優先的に打ち上げましたので、現在は軌道を少しずつずらした数百機が飛んでおり、ほぼ切れ目なく地上の様子を把握出来ます」
「……。そ、そう。その話はあらためてゆっくり聞くわ。とりあえずは何かあったら、ソーニャさんをお願いね」
ちょっとドン引きしたため、フロリアは森の中では人工衛星の監視が出来ないだろうということに思い至らなかった。
それからフロリアはねずみ型オートマタを20匹ほど収納から出すと、自分たち一行の前後に散って、安全を確保し、自分が斃れた時にはベルクヴェルク基地のセバスチャンに連絡するように命じた。
そしてソーニャには、のどが渇いたり、小腹が空いたりしたら、ブラウニーに何か出して貰うように言うと、ようやく出発した。
フロリアがこのように不審な行動(スマホを使うために1人になりたがる)をとる間、アドリア達は別に詮索をせずに金色熊を収納から引っ張り出して、血抜きなどをしていた。
アドリア達は、これまでも多くの魔法使いをパーティメンバーに入れて来たが、そのほとんどが身内はもちろん、知り合い全部が自分の金銭的価値に目が眩んで集ってくる、という経験を経てきた女魔法使いばかりなので、いずれもとても警戒感が強かった。
なので、自分の秘密を話すまでには時間が掛かるのはいつものこと。
相手から心をひらいてくれるのをゆっくり待つ、というのは今回に限ったことではないのだった。
こうして、その日はやや遅めの出発になったが、かまいたちの再襲撃も無く、順調に歩みを進めた。休憩ごとに亜空間に戻ると、そのたびにソーニャは退屈で仕方ないから、外に出て歩きたいと主張するが、ルイーザに叱られている。
実際、時間を追うごとにソーニャの体調は回復していて、回復速度の速さはフロリアも驚くぐらいであった。
翌日は、やや移動速度を落として、ソーニャも外に出て移動する。ただし、アドリアから、魔物や野生動物と戦闘になっても決して参加してはいけない、と厳命されていた。
そして、その翌日。
午後のやや遅い時間、夕方というのはちょっと早いのだが、森の出口に到着したので、少し早めに移動を終えて亜空間に入ろうとしたところで、モルガーナがトパーズと模擬戦闘をやりたい、と言い出した。
トパーズは「ふん」と鼻を鳴らすと、「小娘が私と戦いたいのか? 顔を洗ってから出直してくるが良い」と嗤う。
「あら、猫ちゃん、もしかして自信が無いの?」
「ほう。よっぽど痛い目に遭いたいとみえるな。取り消すなら今のうちだぞ」
という訳で森が途切れたあたりで模擬戦をやることになったのだ。
最初は止めようとしていたルイーザだが、アドリアが面白がって認めた後は、「せめてひどい怪我をしないでくださいね」とだけ注意するにとどめた。
「トパーズ」
フロリアも黒豹の耳元で
「絶対に殺しちゃダメだよ」
と囁く。怪我ならば即座に治癒魔法を掛ければなんとかなる。多分。
いつも読んでくださってありがとうございます。




