第210話 かまいたち
黄色は緊急の救援要請。
それを見た途端に、モルガーナは「先、行く」とだけ言い残して、いきなり身体強化魔法で全速力で駆け出す。
「トパーズもお願い」
もちろん、フロリアの言葉が発せられた時にはトパーズも駆け出している。
なにか楽しそうである。
「ルイーザさん。私も行きます」
「お願いね。こっちは気にしなくても大丈夫」
フロリアは最高速の移動手段である、風の精霊シルフィードによる空中滑空で1人と1匹の後を追う。
けっこう走りにくい筈の灌木の多い森の中であるにも係わらず、どちらも素晴らしい速度で駆けている。トパーズが速いのはフロリアも知っているが、モルガーナはあれだけの大きさを誇りながら、なんとトパーズとほぼ同じ速度を保っている。
彼女の身体強化魔法の強力さもさりながら、運動神経、反射神経の良さも関係しているのだろう。先日のアドリアの高速移動よりもさらに速い。
それでも、地面に足をつけないフロリアの移動方法が一番で、みるみるうちに2人の背中が近づき、あっという間に追い越す。
比較的枝ぶりが良い木が多く、フロリアも直線的に飛べる訳ではないのだが、そこは風の精霊シルフィードだけあって、ほとんど速度を落とすこと無く目的地に近づく。
「フロリア、血だよ、血の匂いだよぉ、イヤだあぁぁ」
「もう大丈夫。ありがとう、シルフィード」
血の匂い、人間や魔物の放つ興奮、殺気に弱いシルフィードを送還すると、後は惰性で飛びながら、戦闘の中に飛び込む。
先日の女冒険者2名がならず者の冒険者に襲われた時とは、どうやら相手のレベルが違いそうである。なので、フロリアは全身を防御魔法で覆い、操剣魔法の準備も終わらせている。
「アドリアさん!!」
1人で戦うアドリアの姿。傍らの木にもたれるようにソーニャが倒れている。ソーニャは上半身が真っ赤に血に染まり、アドリアも体のあちこちが赤く汚れている。
敵は非常に早く動く魔物のようで、それが相当数走り回り、アドリア達に攻撃を加えて居るようである。
「フィオちゃん! ソーニャを」
それだけ叫ぶと、アドリアは両手から数本の電撃を一度に出して、周囲を攻撃する。彼女の魔力があれば一撃で森に大きな空き地を作る程の攻撃魔法を放つのも難しくは無いのだろうが、相手の魔物が素早く動き、数もいるとなれば……。
怪我をしたソーニャが近くに居れば範囲攻撃も使えないだろうし、さすがのアドリアも追い込まれてくるのはやむを得ないのだろう。
フロリアはソーニャの傍に着地すると、防御魔法の範囲をふたまわりほど大きくして、ソーニャもその範囲内に入れる。
ソーニャは一見しただけでもかなりの怪我を負っている。治癒魔法を発動しつつ、鑑定魔法を掛けると、上半身は6箇所ほども鋭い刃物状のもので切り裂かれていて、数カ所は内蔵まで傷が届いている。足は右足が太もも部分から切断されて、数メートルほど横に転がっている。
心臓はまだ動いているが、停止間近。
あと1分も保たないであろう。
フロリアはそれぞれの傷にあった治癒魔法を強力に発動する。
この世界に一般的な治癒魔法使いは魔法の力で無理やり力任せに傷ついた臓器や皮膚を再生するというものであった。フロリアの治癒魔法も神聖魔法の一部で、そうした"奇跡の力"的な側面もあるが、お師匠様のアシュレイに仕込まれたのは人体の構造を考えろ、という教えである。
切れた血管を治すには、治癒魔法のゴリ押しで再生するよりも、その血管の両側をほんの数秒だけ押さえて血液の流れを止めて、その間に血管を縫い合わせた方が魔力消費量を大幅に減らせるし、成功率も高い。
そうして、ソーニャの体を縫合し、再生し、失った血を創造魔法で輸血し、右足の付け根の部分を魔法で縛って止血する。
その間も、時折り防御魔法に敵の攻撃魔法が当たって、きらりきらりと反射する。多分、風魔法系のエアカッターあたりであろう。
ソーニャの状態が落ち着いてきたので、切れた足を拾いに行く。
その時にはじめて、まわりの状況を再確認すると、ちょうどトパーズとモルガーナが到着したところである。
アドリアはおそらくは相性が悪いであろう高速移動する魔物を相手にすでに20匹は倒して、周囲にその死骸が散らばっている。
全身を毛皮に覆われて、長い尻尾を持った、狐のような魔物。
「ソーニャさんは助かります。もう少し待ってください」
そうアドリアに声を掛けると、血に塗れたアドリアはチラリとフロリアを見るとニヤッと笑った。
高速移動で敵を翻弄して倒していく、という戦法ならばトパーズの方が一日の長があるし、先程の金色熊戦をみるにモルガーナもそうである。
この1人と1匹の応援があれば、たちまち情勢は逆転するであろう。フロリアの操剣魔法の出番は無さそうである。
拾ってきた足を切断部と角度を合わせていると、ソーニャが身じろぎした。
木に上半身をもたれていたのだが、目を開いて、その唇が「足が」と動いた。
「大丈夫です。今くっつけますから。すっぱり切れてるからきれいにくっつきますよ」
足を両手で固定して、互いの切断部の血管や組織、骨を魔法で融合させていく。足自体を再建するのに比べると、患者の体力への負担は激減できる。
数分で足の接合は終わり、「もう大丈夫です。数時間は変な感覚が残ると思いますけど、その後は普通に出来ますよ」とソーニャの顔を見上げながら言う。
「わたし、……また…歩けるの?」
「もちろん。前と同じように走れますよ」
「なんとも、すごい腕前だねえ」
気がつくとフロリアが足の接合に集中していいた数分の間に、魔物は逃げ去り戦闘は終わったようで、皆で集まってきていて、アドリアが感心したような呆れたような声を上げる。
ルイーザも到着していた。彼女だけ遅れたように見えるが、フロリア達の移動速度が異常なだけで、ルイーザも実は相当早い。非魔法使いでは、誰もルイーザの移動速度に追いつけはしないだろう。
皆、一命をとりとめたソーニャとフロリアのまわりに集まるが、トパーズだけは、フロリアの治癒魔法を当然の事として、自分が倒した魔物を数匹、ひっくり返したり、前足でつついたりしている。
フロリアはソーニャをルイーザとモルガーナに任せると、アドリアの怪我にも治癒魔法を掛けた。
「私のはかすり傷だ」
と言うだけあって、確かに傷の数は多いがいずれも皮一枚斬られただけで、ほぼ躱しているのはさすがである。
ソーニャは槍を杖代わりによろよろと立ち上がると、「すみません、アドリア姐さん。こんなミスをするなんて」と頭を下げるが、アドリアは「私が油断したのが悪かった。お前の所為じゃない」とだけ答える。
「トパーズ。それ、なんて魔物? 見たこと無いけど」
「たしか、昔にアドの奴がかまいたちとか呼んでいた奴に似ているな。森の奥のほうにまだ結構な数がいるようだ。
大して強くはないが、群れで攻撃してくるのが鬱陶しいな」
「……大して強くない」
さらりと口にしたトパーズのセリフに、ソーニャがショックを受けたようであった。
「とりあえず、ここは離れましょう。ソーニャは私が背負います」
ルイーザの言葉にソーニャは「歩ける」と主張するが、もちろん却下される。
傷は全部治してあるが、大怪我をしたばかりで体力も血液も足りずフラフラしているし、服はボロボロで血まみれ状態になっている。とても大丈夫そうには見えない。
かまいたちは経験豊かなSランクのアドリアにしても初めてみた魔物だそうで、魔石は売れるだろうが、それ以外の部分は素材として価値があるのかどうかわからない。
「でも、けっこうきれいな毛皮だし、とりあえず持って帰ろ」
とモルガーナは収納に仕舞っていき、トパーズもそれを手伝ってやっている。
戦闘になった場所から数百メートルばかり離れると、そこで亜空間に潜り休むことにした。誰も、血腥い場所に亜空間への出入り口を作ろうとは思わなかったのだ。
フロリアは自分たちが移動した痕跡に水魔法で発生させた水を適当にかけてわかりにくくすると、シルフィードは無理だろうが、比較的血に強い精霊であるノームとドライアドを呼び出して、できるだけ匂いや痕跡を消しておいてほしいと頼む。
最後に蔓草を出して、出入り口の近辺に置いて、見張り番をさせることにした。
いつも読んでくださってありがとうございます。




