第21話 ビルネンベルクに到着
この交易隊は、商人3人がそれぞれの荷馬車を持ち寄って編成されたもので、リーダーはハンス。3人ともビルネンベルクの商人で、分岐の町よりもずっと先の町まで行って、商売をしてきた帰りなのだそうだ。
商隊は商人3人と御者が3人。荷馬車は6台あるが、商人が御者も兼ねているので、御者は3人で済むのだ。
それに護衛の冒険者が2グループ。いずれもビルネンベルクを本拠にした「剣のきらめき」と「野獣の牙」というパーティだった。
「剣のきらめき」は男2人、女2人というメンバーで、商人のリーダー、ハンスといろいろ相談していた冒険者風の男性はリーダーのジャック。トパーズがアシュレイの昔の仲間を思い出すと言った男である。
そして先程フロリアに声を掛けた年配の女性イルゼは「剣のきらめき」のメンバーであり、ジャックの妻でもあるのだそうだ。それから寡黙な剣士のパウルと、弓使いの女性冒険者のエマの4人になる。
「野獣の牙」は、男3人組のパーティで、リーダーのエッカルトにオイゲンにフェリクス。リタによると「最近、売出し中の若手のパーティなのよ。悪い人たちじゃないんだけど、かわいい女の子に何を話していいか分からないもんで、あんなぶっきらぼうなの。気にしないでね」とのことだ。確かに3人ともフロリアに目を合わそうともしない。
そして、ビルネンベルクの近くの村に住む農家の若夫婦と赤ん坊。彼らは、分岐の町の親戚に赤ん坊の顔を見せに行った帰りで、たまたま顔見知りの交易隊と行きあったので、お金を払って同乗させて貰うことにしたのだという。
「あ、フロリアちゃんはお金なんていらないからね。というか、フロリアちゃんの方が貰う側だね」
そう言ってわらうリタも実は同乗組。彼女はビルネンベルクの旅館「渡り鳥亭」の1人娘で普段は家業を手伝っているのだが、今回はこうして祖父のクリフ爺さんに同乗させてもらって、旅をしたのだという。
「だって、そうでもしないと私、旅なんて一度もしないまんま、年取って、おばあちゃんになっていきそうなんだもん。お爺ちゃんは御者になる前は冒険者で、この国のあちこちに行ったんだって。お父さんもやっぱり宿屋を開く前は冒険者で、旅をしたのに、私だけ町から出ないなんて、つまんないわ」
フロリアは、(主にリタの熱烈なるすすめがあって)リタとクリフ爺さんの馬車に同乗することになり、リタからいろいろな話を聞かされることになった。
その話の中で「剣のきらめき」の方は、ビルネンベルクの冒険者パーティの中ではベテランでもあり、実力もピカイチ、ギルドマスターの信頼も篤いそうで、顔見知りになっておいて損は無いよ、という情報を得た。
ちなみに、「野獣の牙」は、「うん、そうね、……まあ悪くは無いけど」とのことであった。
後で知るのだが、「野獣の牙」はリタの「渡り鳥亭」を定宿にしている、お得意様だということなのに、リタは彼らにずいぶんと冷めた対応をしている。
悪い人たちじゃないという位だから、嫌いじゃないのだろうが……。
フロリアの身の上についても質問攻めにされ、旅に出たのは、一緒に暮らしていて、ただ1人の家族とも言えるおばさんが亡くなって居場所も無くなったからだ、と答えておいた。
それで、リタはあまり深く詮索しなくなったのでありがたい。
ビルネンベルクを目指しているのは、おばさんが若い頃に暮らしていた時期があって、珍しい薬草があると言うことなので、それを目当てに行くのだ、と答えると、リタもクリフ爺さんもとても微妙そうな顔をした。
「その薬草とはハオマのことじゃな。確かにハオマのお陰で、あの町は栄えたのじゃよ」
クリフ爺さんが教えてくれた。
「じゃが、今から6年ほど前、ハオマの群生地が燃えてしまう事故があってな。そのせいでもう採れなくなっておるのじゃ」
「……」
「……」
「それじゃあ、ビルネンベルクに行っても珍しい薬草取りは出来ないんですか……」
「ま、待って! 確かにハオマは無くなっちゃったけど、あの町の近くには薬草のたくさん採れる森があって、今でもけっこう多くの冒険者が採取に行っているの! 他の町だと薬草採取って見習い冒険者の仕事みたいに言われているけど、ビルネンベルクでは成人の冒険者でも森の奥の魔物が出るあたりまで踏み入って、薬草集めを専門にやっている冒険者も居るぐらいよ」
リタが自分の町の弁護をする。
どうも、フロリアがこのまま引き返すのではないか、と心配したようだった。
フロリアとしては、残念な知らせではあるが、他に行く宛も無いし、仕方ないのでとりあえずはこのままビルネンベルクに向かうことにする。
ビルネンベルクは、普通であればこの規模の町であれば、せいぜい冒険者ギルドと商業ギルドが形だけの支部を置く程度なのだが、ハオマが採れたということで複数の腕利きの薬師が住んでいて、彼らのために錬金術ギルドの支部まで設置されていたそうである。現在でもハオマが復活したときに備えて、一応支部は存続しているが、「おじさんが1人と、近所のお姉さんが暇な時に窓口係で居るだけ」という閑散としたものらしい。
それでも、確かにリタの言うように、比較的薬草が豊富で、魔物の縄張りも近いということもあって、冒険者が多く集まっていて、商人もそれなりに居る。
この先、ずっとハオマが採れなければ、町も徐々に衰退していくのだろうが、今のところは頑張って持ちこたえている、といった風である。
その市民たちの頑張りは、何と言っても代官が市民寄りで「話せる人」なのだ大きいのだという。
ハオマ群生地焼失事件に関して、前の代官が関わっていたそうで、領主のハイネスゴール伯爵は代官を更迭。町のベテラン冒険者で伯爵の信頼が篤かったファルケという人を代官に抜擢し、さらに冒険者ギルドのギルドマスターはファルケのパーティメンバーだったガリオンが務めていることもあり、冒険者にとって暮らしやすい町になっている。そして、冒険者というのは稼ぎが良くて、金離れも良い人種なので、こうして町の活気は保たれている、ということなのだという。
その日の宿営地は、ハンスによると当初の予定よりは1つ手前の休憩所になった。街道沿いには適度な距離を開けて、休憩所が設置され、休むだけではなく野営をする際にも役に立つ設備などが備わっているケースがある。しかし、それは大きな町同士を結ぶ大街道の場合で、いまフロリア達が旅している脇街道では、設備はグッと簡素化される。
このあたりの地質では井戸も設置されておらず、救いなのは、風よけが割りとしっかりとしていることぐらいか。
夕食は固く焼き締めたパン。約束通りに食事を出してくれたのは良いが、固くて歯が立たない。
他の人達も皆、このパンだし、この世界では旅などでは一般的に食べられてるパンなのでフロリアだけいじめられている訳ではない。無いが、ちょっと辛い。いきなり温かいスープを出したりしたら、収納スキル持ちだともろにバレてしまうが仕方ない。フロリアは、それっぽい固形スープを作ってなかったをの少し後悔しながら、温かいスープを出す。
驚いた顔のリタに「おひとつ、如何?」と聞いたら、結局、全員にスープを配る羽目になる。
出来たてで収納に仕舞って味が落ちてないということもあるが、その調理をする前の素材も新鮮なまま保持できるし、何と言っても、調味料は自作した"なんちゃって"素材ではあるが、量をケチらずにしっかりと使っているので、旅先で出る料理としては一級品と言ってもよい。
それで、全員おかわりまですることになった(もちろん、代金は貰えたのだが)。
こうなればもったいぶっても仕方ないので、農婦の若奥さんに熱いお湯を出してあげる。赤ちゃんが居るので、お湯は大変に喜ばれたのだが、その結果、女性陣全員に身支度のためのお湯を出すことになる。
ヴェスターランド王国は大陸の北の方で、まだ2月。夜になるとかなり寒い。
フロリアは、収納の中から、毛布を引っ張り出す。亜空間で寝泊まりするのが当たり前になってからはずっと使っていなかった野営用の毛布。
収納スキルのありがたさで、時間経過がないので久しぶりに出してみたらカビだらけなどということはない。
交代で夜の見張り番をするが、フロリアはそれから除外される。しかし、屋外でこうした形で寝てみると、あらためて、如何に亜空間がありがたいのかが、改めて感じられることであった。
こうして、交易隊との一夜目は終わった。
2日目以降も、食事の際にスープやちょっとした料理を出したり(これは3日目に在庫がつきたので、そこで終了になった)、休憩時のお茶(お湯を提供すると、お茶葉はハンスが売り物を提供した)の係になり、さらに荷馬車が轍に落ちると抜け出すための土魔法を駆使することになる。
ハンスは、「魔法使いが1人居るだけで、旅がこれほど迄に快適になるものかと改めて感じ入るよ。いつもは轍にハマるたびに最低1時間は手間を掛けさせられるのに」と感心しきりであった。
女性陣も、特に旅することが多い「剣のきらめき」のイルゼとエマは「貴族様だって、朝晩にお湯をふんだんに使えるなんて無い。もう、フロリア抜きで旅したくないよ」と言い出すほどであった。
そして、5日目の朝には農家の若夫婦は自分たちの村に向かうために別れ、さらに街道を進んだ交易隊はその日の午後に、やっとビルネンベルクの大門に帰り着いたのであった。
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