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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第10章 マジックレディス
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第207話 七大転生人2

 ルイーザ先生の講義は続く。


「その次は大薬師如来で良いでしょうね。如来ってどんな意味なのか、どういうつもりで名乗ったのか研究者の間でも定説は無いんですが、ニホンの世界では神様的な意味合いの言葉ではないかと言われていて、正統アリステア教も西方アリステア教も教会はそれを否定していて、なんだかよくわかりません。

 この女性は、素晴らしくきれいな人だったそうで次々と当時の権力者に狙われるもので、成人前には常に顔をヴェールで覆っていて、後年は素顔を知る人がほとんどいなくなったと言われています。

 それで神様の名前らしきものを名乗るもので、ずいぶん神秘的な人みたいに思えますけど、その功績はかなり卑近で、準薬師やそれですら無い田舎の単なる薬草名人みたいな人でも作れるような、個別の病気に効き目のある様々な薬の作り方を考案して、それを本にまとめて世界中に広めた人です。

 薬を作る以外にも風土病や習慣病の治療法や、病気にならないための生活習慣とか食事法も広めています。

 あ、それから"体に良い食べ物"とか、いろいろな素材を安全に食べるための調理方法、万が一、食中毒になったり毒のある動物に噛まれたときの対処法……。「消毒」って言葉もこの人が広めたんです。

 和食の鋼人と同じく、今の世界がこれだけの人口を維持できるのはこの人のおかげだと言われています。

 モルガーナ。"家族の医学"って本を知っていますか?」


「うん。お姉ちゃんがお嫁に行くときに持っていったよ」


「ええ。一部の国では、嫁入り道具の大切な1つとして、娘に持たせるという習慣があるぐらいですが、この本の著者が大薬師如来さんなのですよ。本は高価なものですが、この本が一冊あれば役に立つことが多いですからね」


 大薬師如来という名前は、以前にお師匠様から聞いていた。

 彼女のように"正しく作れば、誰でも作れて、特定の症状にそこそこ効く薬"の製造法を広めたことの方が、"自分にしか作れないけど、何にでも効き目があって、しかもすごく効く薬"を作ることよりよほど価値がある。

 お師匠様がどこか自嘲混じりにそう言っていたのを思い出す。

 イルダ工房のイルダさんの話を聞いて、ようやくお師匠様の言いたかったことが理解出来るのであった。


「次が初代ギルドマスター。いま、この世界は冒険者ギルド、商業ギルド、錬金術ギルドって3つのギルドがあって、その国際本部は全部フライハイトブルクにあるけど、これは3つとも創設して初代ギルドマスターをつとめたのが、この転生人だったからです。

 彼はもちろんフライハイトブルクでは料理の鋼人に負けないぐらい尊敬されていますが、他の国では今ひとつなところが多いですね。他の国の王様たちにとっては、自国内に自分の権力が及ばない国際組織が大きな顔をしているって気に入らないんでしょうね。でも、今ではアリステア神聖帝国を除けば、この3つの組織がなければ国が成り立たないぐらいですし、痛し痒しといったところなのでしょう。

 初代ギルドマスターを貶める人たちは、彼が保険制度と年金制度と呼ばれる制度を実施して失敗したことを大げさに言い募っていますけど、個人的にはギルド口座に預金出来る制度、ええと確か銀行制度とか呼んでいたと思うのですが、これを作って定着させただけでも十分だと思います」


 なぜ、保険と年金が失敗したのか、フロリアは気になるところだったのだけど、前の世界でもお気楽女子高生だったせいか、うまい質問を思いつけなかった。


「5番目がドラゴンスレイヤー。または形容詞無しで単に「Sランク」といえば、この人のことを指します。

 それまで、冒険者の等級はAランクが最高だったのですが、この人を讃えるためにSランクを新たに創設したという経緯があり、それ以来、A以上の功績を上げた冒険者は認定されますが、1つの時代に数名ぐらいしか存在せず、Sランク冒険者といえば大国の貴族でも迂闊な対応は出来ない英雄ばかりです」


「姐さんもSランクなんだぜぃ」


とモルガーナが自分のことのように自慢する。


「なあに、私のは半分ドサクサ紛れの功績で貰ったものだからね。ドラゴンスレイヤー、田中こういちろうのSランクとは訳が違うのさ」


 SランクはAランク以上ならば全てSなので、ギリギリのSからSの頂点を極めたドラゴンスレイヤーのような冒険者まで幅が広い、そもそもSランクの絶対数が少ないので、分かっていない人間が多いが、もしかしたら、CランクとDランク以上の差がSランク内であるかも知れないのだ……とアドリアは続けた。

 モルガーナ達は感心して聞いているが、フロリアは田中こういちろうという名前が気になっていた(こういちろうは、どんな漢字を当てるのだろう?)。おそらく本名だろうが、ちょっと格好良い名前を名乗る気にならなかったのだろうか?


「この人の最大の功績は、その昔、ブルグント王国に出現した「ブルグントの大黒龍」と呼ばれる魔物を単独で討伐したことです。ブルグント王国はシュタイン大公国と自由都市連合の間にあって、国の中央をモルダル河が流れるという位置だったのですが、大黒龍のためにわずか一週間で滅亡してしまい、さらに龍がモルダル河に到達する手前でドラゴンスレイヤーが我が身と引き換えに大黒龍を討伐したのです。もし河に到達していたら、大黒龍はブレスを吐く他に毒の息も吐いていたそうなので、どれほどの被害になったことか……」

 

 それまでにも数多くの武勲いさおしを残していた有名人の最後の偉業とその死を悼んで、史上始めてのSランクが制定されたのだということであった。


「この最後の戦いの場所は「ブルグントの怒りの山」と呼ばれていて、現在はフラール王国の領内になります。周辺の森は数百年が過ぎた今でも魔物の湧く森と言われるほど魔物が多くて、危険ではありますが、腕利きの冒険者なら格好の稼ぎ場になっています。

 あ、そうそう和食の鋼人のところで話したフラール王国とカイゼル王国の確執って、この一帯の地域の領有権を争ったものなのです。

 ブルグント王国は滅亡後にモルダル河を境に旧領地がフラール王国とカイゼル王国に分かれたのですが、カイゼル王国が川向うの土地なのですが、大きなお金になる魔物の湧く森の領有を狙って戦争を仕掛けた、といったところですね。

 まあ、カイゼル王国側に言わせると、自分たちの王家はブルグント王国時代の大領主であって、その分家がこの森のあたりを支配していたので、川向うであろうと自分たちの領地だという主張なのです。

 それで今でも諦めずに、王が代替わりしたり、国内が不況で国民の不満がたまると、この場所で紛争が起きやすくなるのです。

 自由都市連合としては、モルダル河を挟んで戦争など始められたら交易に大きな支障が出ますし、困りものですよ」


 ルイーザは肩をすくめ、モルガーナはそんなことあったんだ、などと呑気な感想を述べている。


 ……ルイーザ先生はじめ、誰も知らないことだし、フロリアも思いもよらなかったことだが、この大国をわずか一週間で滅ぼしたブルグントの大災厄、ブルグントの大黒龍は、ドラゴンスレイヤーの命がけの戦いにも討伐はされず、実は封印が精一杯であったのだった。

 もし、フロリアがこの話を覚えていて、ベルクヴェルク基地のセバスチャンに聞けば、このロボットは数百年前に巨大な龍を封印するための魔道具をとある青年に渡したときのことを話したことであろう。

 しかし、これまでもベルクヴェルク基地は定期的に世界の動きを観測していたという事実を聞かされていたにもかかわらず、フロリアはルイーザに聞かされた逸話の裏が取れるんじゃないか、という発想をすることが無かったのだった(研究者や歴史家が知ったら、血涙を流して、怒ったことだろう)。

 なお、封印を討伐と間違えたことに関しては、やむを得ない部分が多い。そもそもドラゴンスレイヤーの最後の冒険を見届けた同行者たちは別にパーティメンバーではなく、なかば逃げ遅れてその場に居合わせる羽目になった冒険者などであり、彼の戦いを遠目で見ていただけであった(だからこそ単独討伐という扱いになっているのだった)。

 またドラゴンスレイヤー自身も、遠くから駆けつけて、そのまま戦闘に入ったため、誰かに自分の作戦を説明する暇も無かったのだ。

 彼は正直で知られた人物だったので、もし生き残っていたら、自分がなし得たのは単なる封印で、いつまたこの巨大な災厄が復活するかわからないので、気をつけるように言い残したことであろう。


「次はスランマン大帝でしょうか。個人的には転生人にふさわしい、この世界を進歩発展させるような業績は残してはいない、と思うのですが、まあ有名人には変わりないです」


「グレートターリ帝国の皇帝だったっけ」


「そう、グレートターリ帝国の創設者で初代皇帝です。辺境の土地に独特な社会制度の国を作り上げた人で、自ら転生人と名乗っています。

 たしかにとてつもない魔力はもちろん、余人に真似のできない知謀など、他の世界の知恵を感じさせます。でも、その結果作り上げたのが独裁専制国家というのは……」


 グレートターリ帝国は現在はスランマン大帝の子孫が皇帝を継いでいて、常に周辺国の脅威であり続け、その国民はほとんどすべてが奴隷と変わらない生活をしていると言われている。自由を愛する冒険者はもちろん、転生人を名乗る他の者たちからも嫌われているのだった。

 ルイーザもスランマン大帝は嫌いらしく、すぐに次に移った。


「次はゴーレムマスター、敷島博士です。現在、この世界で使われている多くのゴーレムの元を作り上げた伝説的なゴーレム職人です。シキシマジューコーという大工房を開いて、多くの魔法使いや魔力持ちに自分の特性にあった仕事を割り振って、分業制を取ったことでも知られます。

 彼の工房は、今ではジューコーという1つの町にまで発展して、自由都市連合を形成する多くの町の1つになっています。

 今では、ゴーレムはアリステア神聖帝国のパレルモ工房が作るゴーレムが世界一という評価になっていますが、それ以前の長きにわたって、ゴーレムといえばこの人の作品が一番だったのです。

 それに、ゴーレム以外にも、魔晶石を効率よく変換させる術式を発明したり、多くの魔道具を作ったり……。本人は、大崩壊以前の古代文明に比べたら、自分の仕事など児戯に等しいと言っていたそうですが、この世界の偉人の1人です」


 ゴーレムの製造、魔晶石の改良……。もしお師匠様が自分の業績を正しく評価されていたら、七大転生人に数えられたのだろうか。お師匠様のことだから嫌がったかもしれない、とフロリアは思った。

 で、敷島博士って、なんかのアニメのロボットの博士だったような気がする。シキシマジューコーはきっと敷島重工だろうな。


「そして最後は文豪、川端漱石です。七大と言いながら8人目ですが、それは先程説明した通りで、数え方次第で入ったり入らなかったりする人です。この人は大量の小説や詩、演劇の台本を残した人で、叙事詩から日常のちょっとした出来事を描いたものまでものすごく幅広い分野を扱っています。恋愛もの(あ、同性愛ものが多いのも特徴ですね)が得意ですが、謎解きものや未来もの――ええと、たしか本格推理とかSFとか提唱していましたが、そうした分野の創始者で、その分野の最高傑作というべき名作もたくさん発表しています」


 きっと前世の名作をパクりまくったのだろうと、フロリアは思った。

 それにもう一つ。川端漱石と比べたら、素直に田中こういちろうと名乗ったドラゴンスレイヤーの方がよほど格好良い、と思い直した。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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