第206話 七大転生人1
いつまでもフロリアの身上調査ばかりでは、フロリアもいい加減嫌がると思ったアドリアはそれはゆっくりと聞き出せば良いと、今度は自分たちの話を始めた。
モルガーナもアドリア姐さんの考えが分かったのかどうか、それに従う。モルガーナは騒がしい見かけほどには軽薄な性格ではないし、空気も読めたのだった。
そして、寝物語にこのパーティの数多い冒険譚を話したのだった。
曰く、
30名を超える大盗賊団を討伐した話。襲ってきた盗賊をほぼ全員返り討ちにしたが、故意に1人だけ逃して跡をつけ、アジトを突き止めると留守居役を倒し、捕まっていた捕虜を解放して……という武勇伝。
ゴブリンを討伐しにいったら、オーガの群れとかち合って乱戦になった話。
フライハイトブルクの下町で、外国船の船員と乱闘になった話。
モルダル河で跋扈していた海賊(河賊?)を支流から沼地の奥の隠れ家まで追い詰めて、最終的には村一つまるごと河賊団の一族だったので燃やし尽くした話。
……。
そんな話をしているうちにその日はいつの間にか寝てしまった。
午前中だけとは言え、大雨の森の中を歩くのは疲れが貯まるのであった。
翌朝は、朝一番でアドリアに言われて、扉を少し開けてみると快晴であった。
葉についた水滴が朝の光を浴びて、キラキラと輝いている。
「これなら昨日の分を取り戻せそうね。早く出かけようか」
皆で、軽めの朝食を済ませると、けっこう冷えるから、十分に着込むんだよ、というアドリアの指示でマジックレディスの一行は魔狼の毛皮で作った上着を着込む。
フロリアは高密度に織り上げた布に水鳥の羽毛を詰め込んだダウンを着て、それに目をつけたモルガーナに「あ、それ、軽くて良さそう」と羨ましがられた。
この日は快晴で、湿度も低かったが、日が照っている割りに気温が上がらず、そろそろ冬の到来が近いことを思わせるのだった。
地面は、たっぷりと水を含んで泥濘んでいて、ともすればブーツのくるぶしのあたりまで泥で汚れてしまう。
あるきにくいのが難点だが、雪に埋もれてしまった昨冬のことを考えれば、どうと言うことはない。
探知魔法を網の目をやや荒く、その代わりに広く張っているのだが、魔物の数も野生動物の数も少ない。
まだ冬眠する時期にはちょっと早いのだが……。
「どうやら金色熊が近いみたいだね」
アドリアも同じく探知魔法を張っていたのだが、動物が少ないことを金色熊を怖れて、逃げ出したのだろう、と解釈していた。
その日は、休憩時間を亜空間で過ごした他は、ずっと森の中の探索に費やしたのだが、空振りに終わり、夕日が空を赤く染める時間帯になってようやく亜空間に引き上げるのだった。
「暗くなる前に野営の準備を始めなくとも良いから、活動時間が伸びるのは良いけど、その分、ついつい途中の休憩が長引くから結局一緒だね」
とアドリアが笑った。
「でも、こんな森の中で熱いお風呂に毎日入って、外敵を警戒せずにのんびりできると言うのは本当に贅沢ですね。
これに慣れたら、もとの冒険者生活に戻れなくなりそうです」
「ほんと!! こうなったら、何が何でもフィオちゃんにはマジックレディスに入ってもらわないと」
その日もたっぷりとした夕食の後で、マジックレディスの冒険譚や、冒険者としての心構えや教訓などの話になった。
そして、アドリアがソロで活動していた頃に、ある魔法史の研究家に転生人と間違えられて、いくら否定しても「私に隠さなくても良いのだよ」としつこく絡まれた、という話になった。
「転生人って、超絶的な魔法使いが多いからね。人よりも魔力が多かった私を見て、そう思ったんだろうけど、前世ことなんて何も覚えちゃいないし、ホントにあれには困ったよ。なまじっか、その町では顔役なもので乱暴に断ることも出来ないし、依頼の邪魔になるしでね」
その話からいつしか、転生人とはなにか、という話に移っていった。フロリアにとっては自分も師匠のアシュレイも転生人であるのだが、その転生人とは世の中ではどのように思われているのか、これまであまり知るチャンスが無かったので、興味深い話であった。
こうした知識を問われるような話題になると、口数が増えるのはルイーザだった。
モルガーナに「ルイーザは転生人ヲタクなのだ」と言われて、この世界にもどうやらヲタクという言葉は伝わっていて、その意味はだいぶ侮蔑的な色合いが濃いみたいで、ルイーザは本気でモルガーナに怒っていた。
しかし、確かにルイーザの転生人に対する知識は深く広かった。
「古代文明の大崩壊の後、人類が今の文明水準に戻るのに大きな役割を果たしたのが転生人と呼ばれる人たちです。
1つの時代、1つの国に1名出れば良い方で、数名も同時に転生人が存在すれば、その国は黄金時代を迎えた、と言われるほどです。
たいていは、さっきアドリアが言った様に、超絶的な魔力の持ち主で、さらにその転生人たちが暮らしていたというニホンという国の知識や文化を覚えていて、この世界の生活に革命をもたらすことがあります。
でも、だんだん転生人が出現する頻度は減っていて、今現在は転生人として認められた魔法使いは、この大陸には1人も居ません。ですが、それは隠れるのが上手な転生人がたまたま今の時代には多い、というだけで、きっと居るはずです」
ルイーザの目がキラリと光って、フロリアはヒヤッとした。
「転生人の中でも、歴史上特に大きな功績を上げた転生人たちを七大転生人と呼んで讃えることがあるんですよ」
「あ、私も子供の頃におばあちゃんに昔話で聞いたよ」
とモルガーナ。
「そうなんですか? 私は子供の頃、転生五騎って聞きましたけど」
ソーニャが不思議そうに聞く。
「ええ。それは数える人によって違うからですよ。別に誰それを入れなさいって法律で決まっている訳じゃ無いですし、七大転生人だって、人によっては料理人が何人も入ってきたり、初代ギルドマスターはアリステア神聖帝国では異端教徒に数えているぐらいですし」
「ああ、冒険者を嫌ってる国ね」
「というよりも、魔法使いを嫌っている国というべきしょうか。冒険者ギルドが今の勢力を保っていられるのは、強力な攻撃魔法使いが国に属するより冒険者ギルドを選ぶケースが多いからでですね」
「姐さんも、軍隊に誘われたんですよね」
「生まれた国のね。早い時期に自由都市連合に移って良かったよ。力のある魔法使いはこぞって自由都市連合に移住するべきだね」
「話がそれましたけど、転生人の中でも大物で多くの人が最良の転生人だって言っているのが"和食の鋼人"ですね」
「この世界に和食を広めた人ですよね」
「はい。でも単なる料理人というだけではないのですよ。和食の基礎になるお味噌や醤油、鰹節、昆布なんかこの世界に無かったのですが、彼が創造魔法で作り上げたのです。それも完成品を作り上げるのではなく、皆に素材を与えて製造法を教えたのです。
その他にも、これまで捨てられていた植物を品種改良して食べられるようにしたり、以前から育てていた作物でも画期的な肥料や栽培方法を広めて、たくさん収穫できるようにしたり……。
魔法の研究家や歴史家の中には、和食の鋼人の最大の功績は料理人としてではなく、農学者としてのものだ、という評価も珍しくありませんよ。
例えばヴェスターランド王国のような北の国でも、1億人もの人口を支えられるのは、和食の鋼人が広げた寒さに強い品種の作物のお陰なんですよ。
もちろん、たくさんの弟子を育てて、新しい調理法を世界中に広めたのも大きな功績ですし。
自由都市連合が交易をもとに発展していくのに、この和食の鋼人みたいに他国と付き合うのに剣と攻撃魔法によらずに利益と美味しい食事を武器にしたのはとても参考になっています。
フライハイトブルクの中央広場には、この人の銅像がたっていますよ。
それに、フラール王国とカイゼル王国が全面戦争になりかかったときに両国の全権大使の会食に渾身の和食を提供して、そのあまりの美味しさに戦争が取りやめになった、という話もあって、それもこの人らしい逸話ですね。
ま、実際にはおとぎ話の類でしょうけど、田舎周りの芝居の一座などでは人気の演し物になっていますよ」
モルガーナやソーニャはよく知っているそうだが、フロリアは見たことが無かった。
そうしたことをあまり知らないのに和食は知っているというのも不自然な気がしたので、口にはしなかったが。
「2番めは大建築家フランク・ライトでしょうね。キーフル王国時代のこの土地で活躍した人で、土魔法を応用して大建築物を作り上げる手法を開発して広めた人です。キーフル名物の大きな橋も全部、大むかしに大建築家が架けたものですし、モルダル河の治水工事もこの人の仕事です。
それと、この大陸のおおきな町はほぼすべてが高い城壁に守られていますが、この城壁製造もこの人が標準的な方法を作り上げて、おかげで町の中では、魔物の害を怖れずに暮らせる様になったのです。
土魔法使いにとっては守り神的な人で、シュタイン大公国では和食の鋼人をおいて、大建築家を転生人一位に置いていますね。
この人もやっぱり、王宮前の広場に銅像がたっています」
フロリアは建築家フランク・ライトってどこかで聞いた名前だと思ったが思い出せなかった。元日本人以外にも転生人っているのだろうか。
いつも読んでくださってありがとうございます。




