第205話 亜空間で
「さて、そろそろ、行かないといつまで経っても仕事が終わらないよ」
「え~~、もうちょっと休んでこうよ。雨の日に外に出てると、体が冷えちゃうよ。将来、赤ちゃん生むときに困っちゃう。あ、ルイーザはもう関係ないか」
「あなた、消し炭になりたいのですか? さっさと立ち上がって、しゃきっとする!!」
「そんな事言いながら、ルイーザさんだって、ゴロンとしたまんまじゃないですか」
「姐さん、今日はもうこのまま休んで、あした天気が良くなってからがんばりましょう。そのほうが効率が良いし、雨の中で金色熊の奇襲を受けたりしたら危ないです」
「ったく、ソーニャまでそんなこと言い出して……」
口うるさいルイーザも、モルガーナに指摘されているのに、寝転んだソファから立ち上がろうとしない。
「まあまあ、ルイーザ。確かにソーニャの言うようにせっかくだから今日は気楽にしようよ」
「それにしてもフィオちゃんって便利だよねえ。亜空間なんて、半分は伝説なんじゃないかって思っていたけど、自分がその中で過ごしているなんて」
すっかり寛いだマジックレディスの面々は、もう氷雨が降りしきる森の中を強行軍しようとする気にはなれなかった。
フロリアが「自分に、良い休憩場所の心当たりがある」と言われたときにはみんな半信半疑だったのだが、実際に亜空間への扉を出して見せて、外にアドリアが残って、扉を閉めた際の探知をしたり、納得できるまで調べた挙げ句、「今日は厳しい環境だから、中でゆっくりさせてもらおう」と決断したのだった。
で、清潔なトイレで用を足し、濡れた衣服を取り替え、熱いお風呂に入り、ベルクヴェルク基地から運んだ食材でブラウニーが作った、最高級の菓子を食べてお茶を飲み、18℃程度に保たれた快適な空間で、やはりベルクヴェルク基地の科学力が遺憾なく発揮された人を駄目にするソファに限りなく近いソファに横になって過ごし……。
「フィオちゃんって、これまでもこうして旅してきたの?」
「はい。夜とか休憩するときとかは、ここに居ました。町の宿で過ごすよりも快適だし、安全だし、お金も掛からないし……」
「確かに豪邸を持ちあるいているみたいなものだからね。それに姐さんの探知魔法にも引っかからないほど安全だとなると、中に隠れていたら、どんな魔物にも攻撃されないよねえ」
「その代わり、外の様子が全くわからないのが難点ですけど」
「いったい、いつから亜空間スキルなんて便利なもの発現したの? どうやったら発現するの? 私にも出来る?」
「7歳ぐらいのときに使えるようになって、最初は宿の部屋ぐらいの大きさでした。自分でもどうすれば発現するのかよくわからないです」
そんなフロリアの話を聞きながら、アドリアは今回の秘密依頼を受けるにあたって、フライハイトブルクの冒険者ギルドのギルドマスターから、多くの探索者がフロリアを探し出して取り込もうとしているのだがことごとく見失っている、という注意を受けたことを思い出していた。
"そりゃあ、こんな中に隠れられたら、誰も探し出したり出来っこないよね"
ただ、アドリアにもまだわからないのが、それはフロリアが持つ物品の見事さである。
魔道具もそうでないものも、大富豪や貴族、王族の愛好する調度品すら知っているSランク魔法使いのアドリアの目から見ても、フロリアが出してくる品物の凄さと言ったら。
ソファの柔らかさ、フィット感はもちろん、着替えに出してくれたガウンの着心地、清潔なトイレ、風呂のお湯すらなめらかで、液体石鹸は肌をしっとりと潤し、良い香りがする。
ブラウニーという家事精霊が常駐しているのも驚きだが、彼女が出してくれるお茶や菓子の美味しさ、お茶セットに菓子皿などは陶器好きのルイーザが目を見張るほどの美しさであった。
彼女の師匠の遺産だけとも思えないのだが、それを突っ込んで聞くのはまだ早いだろう。幸い、自ら聴取役を買って出ているモルガーナもいることだし、無邪気に本質を突く特技のある、この娘に任せておこう。。
結局、そのまま夕食まで亜空間内でとることになり、和食は前日に食べたから、ということで、その場でフロリアが中華料理を作って出してくれた。
この世界では「薬師は料理上手」ということわざがあって、ポーション作成はある意味、料理と似たような面があるということなのであるが、フロリアの料理上手も驚かされた。
家事精霊のブラウニーや、食材を畑から運んでくる土精霊のノーム、火加減担当の火精霊のサラマンダーなど、複数の精霊が楽しそうにフロリアの指示で動き回るのは一見の価値ありであった。
「もうあんまり驚かなくなってきたけど、精霊召喚まで出来るんだね。で、料理上手だし治癒魔法も使えるってことはポーションも作れる?」
「ええ、作り方はお師匠様から習っています」
フロリアは海の方には行ったことがないと本人が言っていて、アドリアが把握している限りの彼女の行動履歴でも確かに海までは出たことがないハズなのだが、エビチリやかに玉といった海の食材を使った料理も出ていた。
麻婆豆腐やチャーハンであっても、食材を揃えて、レシピを覚えて……というのはそれなりに難しいと思うのだが、まだ不可能ではない。
しかし、エビやカニって。キーフルの市場にははるばるフライハイトブルクから運んだものがあるが、到底ここで提供されているような新鮮なものではなかった。
こうした食材も言うまでもなく、ベルクヴェルク基地からもたらされたものなのだが、フロリアはここでそうした食材を出してしまう危険性に気がついておらず、モルガーナとソーニャの若手組も気がついてなかった。
アドリアは気が付かないふりをしていて、ルイーザは慎重な性格なので、アドリア姐さんが口にしなければ自らそれを言い出したりはしなかった。
というわけで、特に若手組のおかわり攻撃が激しい夕食も終わって、さて就寝の準備をしようか、という時間になる。
フロリアはそういえば、この亜空間内に誰かを泊めるという前提に立ったことがなかったので、ベッドがないことを今更ながら思い出した。
常に淡く発光している亜空間内でおちついて眠るために立ててあるテントの中にはフロリアと、今はもう使われることのないお師匠様のベッドが並んでいるだけ。
お師匠様のベッドは誰にも使わせるつもりは無いし、そもそもベッドの数が足りない、ということで、フロリアは菜園の様子を見てきます、と言い訳してマジックレディスの面々から離れると、スマホ(型通信用魔道具)でベルクヴェルク基地のセバスチャンを呼び出す。
ワンコールでただちに出たセバスチャンは「至急、ベッド5つ用意してほしい」というフロリアの要望に慌てる様子もなく、数分で準備を致します、という返答をした。
そして実際、数分で転移の魔法陣の上にベッド、布団やまくら一式が5セット出現する。
魔法陣は以前にその周りを覆うように小屋を建ててあるので、マジックレディスの一行からはベッドの出現は見えない。フロリアはそれを小屋の外から収納に仕舞って、後で一行の前に出すつもりだった。どちらにしても自力では細腕のフロリアには運ぶのは大変な作業になってしまうのだし。
そして、セバスチャンは「どうせですから、ねずみ型ロボットも追加でご用意しておりますので、そちらにお送り致します」と60匹ほどのロボットを送ってきた。
いつの間に追加生産したのか、フロリアにも分からないが、手持ちのねずみたちはヴィーゴ商会に置いてきたことを考えればありがたい追加ではあった。
ベッドはあとで知ったことだが、フロリアが仲間を連れてベルクヴェルク基地を訪れることを想定して、いつでも客室を追加出来るようにベッドを始めとした様々な家具やリネン類などを整えていた中から提供しただけのことだったそうだ。
さすがのセバスチャンも数分でベッドを作ることは出来なかったようである。
この亜空間内は夜でも関係なく一定の明るさが保たれるので、寝るときには暗くなるように上を覆ったほうが良い、と言って、フロリアはタープに類するものを出して、ベッドを並べた上に掛ける。
横は開いているので、それほど暗くはならないが、これだけでもずいぶんと落ち着いた感は出て、だだっ広い中にポツリといる感じではなくなる。
フロリアも、この日は1人でテントに入らずに、皆と並んで寝るようにする。
「フィオちゃん、こっちにおいでよ。ベッドも一緒で良かったのに」
モルガーナがそんなことを言いながらフロリアを手招きする。
ただでさえ、バスローブだけという露出の大きな格好で、モルガーナの白い胸は今にも零れそうで、これに抱きしめられたら窒息しそうである。
ベッドは2つと3つの列にして、寝ながらでも話せるように枕を近づける形で配置した。
いつも読んでくださってありがとうございます。




