第202話 人喰い森へ4
「で、絡まれた冒険者をちょっぴり脅かして、追っ払ったつもりが、後をつけられて不意打ちを食らったというわけね」
「そういうことです。ちょっと1人になった時に後から投槍で……」
男たちにとっては、剣士のロッテも殺してしまうには惜しい女ではあったのだが、まともに斬り合っては分が悪い。さすがに4対1で簡単に負けるとも思えないが、こちらが怪我をしたのでは意味がない。
そこで背後から近づき、離れた位置から投槍で怪我を負わせて、動けなくしたところを斬ったのだという。
ロッテは魔法使いではなく、いわゆる魔力持ち程度。身体強化魔法に近い技で体力を強化し、習い覚えた剣技で戦うというタイプではあったが、人外レベルと言えるような強さとは程遠い。
それに、いわゆる探知魔法を使える訳ではないので、こうして不意を打たれる可能性がある、ということだった。
一方のカーヤもやはり魔力持ちで、準薬師になる。ポーションは作れないものの、準魔法薬ならば作成可能で、自分で薬草採取から準魔法薬の作成まで行えば結構な実入りになる。
戦闘能力は普通の町娘よりはまし、というレベルだが、剣士のロッテと一緒であれば大した危険は無い、と思っていたのだという。
「まあ、油断だねえ。変な男たちに絡まれた直ぐ後だったんだろ」
と言いながらもアドリアはそれ以上は責めようとはしなかった。この時間帯なら、彼女たちも1人になったのは、トイレの為だったのだろうから。
「それと、フィオちゃんはとんでもない連れがいるのね」
アドリアはそう言いながら、トパーズが潜む草陰を見る。
「ふん。やはり気づいていたか。なかなかの魔力のようだな」
トパーズがゆらりと姿を現しながら、そう言うと、「え、猫、スゴイ大きい。てか、喋ってる。これフィオちゃんの猫なの」とモルガーナが騒ぎ、トパーズに「猫ではないわ!」と怒鳴られる。
「ずっとフィオちゃんから何か別の気配を感じていたけど、こんな護衛がついていたんだね。どうりで1人で旅してもなんともない訳だ」
アドリアはこうして実物の姿を見ても、まだ底が知れないトパーズの能力に内心震える思いであった。この黒豹とは戦わないに越したことはないようだった。
麻痺して転がっていた男たちを縛り上げると、ようやく人心地がついたカーヤがロッテに肩を貸し、モルガーナとソーニャが縛り上げた男たちを蹴り飛ばしながら連行して、ルイーザが軽食の準備をしていた地点まで戻った。
「あらあら、お客さんが増えたのねえ」
慌てず騒がずルイーザは別のマグカップとお皿などを出して、「さ、とりあえずはゆっくり座ってお腹を満たしましょ。そちらのお嬢さんは、せっかくの服が血で汚れちゃってるから、なにか新しい服は有ったかしら。あとそちらの黒猫さんはミルクで良いかしら?」と甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「どうも、すみません。……お世話を掛けてしまって」
「だから猫ではないと言っている。あ、ミルクは貰おうか」
そして、お互いの自己紹介をしたり、事情を話したりしたあとで、
――さて、これからどうするかね。
とアドリアが言った。
「あんたたちはもう町に帰って、少なくともロッテは2~3日は大人しくしてなさいな。いくら治ったとは言っても、大怪我の後って体調が戻るまではけっこう掛かるものよ」
それはロッテもカーヤも異存は無かった。もう薬草採取などする気にもなれない。
早く宿のベッドでゆっくり寝たいといった。
「だけど、私達はついていってあげる訳にはいかないな。ちょいと面倒な依頼を受けちゃったもので、これから森の奥まで行かなきゃならないんだよね」
アドリアはそう言うと、4人の男たちを眺める。
怪我が治ったばかりのロッテと、戦闘職ではないカーヤに、いくら無力化したとは言え、この連中を町まで連行するのは大儀だろう。
「いっそ、この場でバラしちゃう。あなた達は軽装なところを見ると収納袋持ってるんでしょ。そこに首だけ入れて持ち帰れば十分じゃない。
とどめを刺すのが嫌なら私がやったげるよ」
とモルガーナ。
まだ体は麻痺しているが正気は取り戻している男たちは、恐怖の色を浮かべた。
「え、でも、こいつらはフィオちゃんの獲物だから。せっかく欠損もなく生かしたまま捕らえたんだから、犯罪奴隷で売ればかなりの収入になるんじゃ。それを殺したら……。あ、もちろん私達はお礼のお金を払う積りだけど……」
その他にも、フロリアだけロッテとカーヤに付いて先に町に帰る(トパーズがいれば、護送役には十分であろう)、というアイデアが出て、ロッテは相当に乗り気になったのだが、フロリアが冒険者ギルドで目立つのを嫌がりボツになった。
「ああ、そういえば、この子のことは基本的に内緒にして欲しいんだ。ちょっと面倒くさい連中に追われて居てね。この子の馬鹿げた魔力に目をつけた田舎貴族がしつこく付き纏ってるのさ」
「それはありがちですね。これだけの魔力があるって知られたら、悪いこと考える奴らが多そう……。でもそうしたら、誰がこいつらを倒したって報告すれば良いんですか?」
「お姉さんたちで倒したことにしちゃって良いです」
フロリアの言葉にそういう訳にはいかないと、2人とも反対し、しばらく話し合った挙げ句にようやく「マジックレディスがたまたま通りがかりに違法行為を働く冒険者たちを討伐した。なので討伐の報酬と犯罪奴隷の売却金はマジックレディスの口座に振り込む。フロリアの存在には触れない」ということになった。
本来ならば、賞金や報酬は受け取る本人が直接出向かないと、不当に低くされてしまう可能性があるのだが、フロリアのそれで構わないの一言で、決着がついた。
「結局のところ、どうやってこいつらを連れ帰るか、なのよねえ」
話が堂々巡りし始めたところで、「ちょっと静かに」というアドリアの声で皆、黙り込む。
複数の人の気配が近づいて来ていたのだ。
「だけど、悪い気配じゃないよ。と言うか、魔法使いもいるけど、その魔力に覚えがあるね」
そして、数分後に現れた冒険者たちのうちの1人が「ああ、やっぱり姐さんだ。お久しぶりです」と嬉しそうな声を上げる。
「やっぱりあんただったのかい、ミリヤム」
聞くと、ミリヤムは以前に一緒に活動していた女魔法使いなのだという。アドリアは、ずっと一緒に行動しているルイーザ以外は若くて有望な女魔法使いを見つけるとパーティに入れて育て上げ、一人前になると後は本人の好きにさせる、というやり方をしていて、この女魔法使いもアドリアの教え子の1人。
一人前になってからは、しばらくソロで活動していたのだが、キーフルに流れた来た時にこのパーティメンバーと知り合い、仲良くなって一緒に行動するようになったのだという。ちなみにパーティリーダーとはさらに仲が進展し、前年に結婚したばかりなのだという。
「ああ、そういえば、そんな便りを貰ったっけね」
「あのときは、ずいぶんなお祝いをありがとうございます。ずっとお礼を言いたかったんだけど、ここで会えて良かったです。キーフルには当分居るんですよね?」
「それがあまりのんびりもしていられなくてね。あ、そうだ。あんたたち、ひと仕事終えて、町に戻るところだね」
彼らは数日の野営の後らしく、垢染みた格好をしているし、各人が大きな荷を背負っているのは今回の成果らしい。
「それだったら、悪いんだけど、この2人を守って、こいつらを町まで護送して欲しいんだ」
アドリアが事情を話すと、パーティのリーダーだという男性が男たちの顔を覗き込んで「ああ、半年ぐらい前に流れてきた連中だな。しばらく前に見習い冒険者をカツアゲして、ギルマスに締め上げられていた奴らだ。いよいよ人殺しまで企んだのか」と嘆く。
アドリアの頼みは聞き入れられて、マジックレディス+フロリアは気兼ねなく、森の奥に入ることが出来るようになったのだった。
いつも読んでくださってありがとうございます。




