第201話 人喰い森へ3
前方の数名の人影がどんどん近づいてくる。
「手傷を負って倒れているのが1人、かなり危険。酷い恐慌状態にあるのが1名、あと興奮状態にあるのが4名。この4名がどうやら残り2名を襲ったらしいな」
トパーズが教えてくれた。
生命の危機を感じさせるざわめきを感知して急行しているフロリアであるが、トパーズのようにまだ距離がある状態でこれだけ正確に状況を把握することは出来なかった。
その興奮状態の4名というのがどうやら冒険者らしい出で立ちをしている男なのは把握出来た。
そのうちの2名は女性(やはり冒険者っぽい服装だが、確実に女性だとわかる)を力ずくで抑えつけてていて、地面には1名が倒れている。
"さっき、前方にいた女冒険者?"
世間知らずのフロリアにも流石にだいたいの状況は見当がついたが、相手が魔物ではないとすると、問答無用でひき逃げみたいな攻撃を加えると、あとあと面倒になりかねない。
ともあれ、相手に何か喋らせないと。
フロリアは減速しつつ、彼らの中央に躍り込む。
その少し前にトパーズは、フロリアの影からスルリと抜け出て、脇の草むらに飛び込み、相手に気づかれないように接近している。
敵(仮)に魔法使いは居ないようなので、フロリアに対する攻撃は防御魔法で防げると判断して、伏兵になったのだ。
「何をしてるんですか!!」
フロリアは急停止したと同時に、女性を抑えている2人組を睨みつけて怒鳴る。
「な、なんだ、お前は?! どこから湧いて出やがった!!」
抑えられていた女性(たしか、さっき杖をついていた方だ)が「助けて!」と叫ぶ。
地面に横たわっている女性剣士の方は、自分の剣は傍に転がり、胸が血で濡れているのが見えた。
「分かりました」
フロリアは静かに言うと、次の瞬間、すでに用意していた魔剣が数本、男たちを襲う。
いきなり中空から出現した麻痺魔法付与した短剣に男たちは対応出来ない。女性を抑えていた2人は後頭部の後方に出現した魔剣に突かれてたおれた。
残りの2人の男はフロリアの視界から半分外れていたので、精密な場所に魔剣を出現させられなかったのだが、それでも眼前数十センチぐらいにいきなり現れた短剣を捌くような能力は持っていなかった。
4人が地に伏せるまで、2~3秒であった。
フロリアは近くの草むらに伏せるトパーズに「もしこの人達がまだ動けたら、押さえつけておいて。お願い」と声を掛けると、もう男たちは放置して、地面に倒れる女性剣士の傍らに急ぐ。
斬られたのは左胸と腕、背中にも多分傷があって、体の右側の下の地面も大量の血で濡れている。
「助けて。わ、私のく、くす……」
捕まっていた女性が何かを言いかけているが、聞いている暇はもう無い。
フロリアは全力の治癒魔法を倒れている女性に注ぎ込む。
すでに女性剣士はヴァルハラに旅立とうとしている寸前で、フロリアもこれほどの状態にあるけが人に治癒魔法を施した経験は、ビルネンベルクの森の中で何とかさん(名前忘れた)という冒険者と衛士を治癒して以来だった。あのときはオーガだったっけ。
フロリアと女性の体を中心に半径2メートルほどの光りの円陣が浮かび上がる。意識的に精霊召喚していなかったのに、フロリアの神聖魔法のあまりの強さに惹かれたのか、ホーリーが数人呼び出されて、フロリアと女性剣士の周囲を飛び回る。
被害者の女性も、追いついてきたアドリアもあまりの光景に絶句したまま、フロリアの治癒魔法に目を奪われたまま離せない。
こうして、女性剣士の傷つけられた内蔵を修復し、血管を繋ぎ、皮膚を張り合わせて、その傷口すらもうっすらと消えていく。もちろん、意識的に同時に感染症対策も行っているし、恐るべき速度で創造魔法で彼女の血管の中を新しい血(体に残った血を参考に同じものを創造魔法でどんどん複製していくのだ)で満たしていく。
普通はどれほど才能に恵まれた治癒魔法の持ち主でも、これほど瀕死の状況にあるけが人を救うことは不可能である。この世界の知識しか無い人間は人体の構造について知らないことが多すぎて、どうしても力任せの治癒魔法になり、無駄が多いのだ。それでも、七大転生人の1人、大薬師如来の尽力で「感染症」という概念が広がって、随分生還率が上がったのだったけど……。
フロリアは魔力の質量ともにそこいらの治癒魔法使いに比べて桁外れな上に、その力をずっと効果的に使うことが出来るのだ。
女性剣士の顔に血の気が戻ってくるのに比例して、少しずつ治癒魔法の光が弱まっていく。
「どうにか大丈夫です。危ないところでした」
フロリアの言葉に、被害者の女性は言葉も出せず、ぼんやりとフロリアを見上げるだけであり、アドリアですらも「あ、う、うん」としか反応出来ずにいた。
「ああ、もう終わってるぅ!! ていうか、スゴイ光りだったけど、何があったの、姐さん?」
やっと追いついてきたモルガーナが叫ぶ。ソーニャも後に続いている。
「モルガーナ、ソーニャ。この辺に転がっている男どもを縛り上げな!」
***
ヴェスターランド王国の男爵オーギュストは、フロリアを探すために昔とった杵柄で、再び冒険者の出で立ちでシュタイン大公国を目指して旅立ち、その途上でかつての教え子のカーヤとロッテの2人と邂逅し、旅路を共にすることになった。
彼は人探しの最中なのだとは2人に話したのだが、その探している相手の特徴などを教えなかった。
フロリアは国王自らが自分が直轄する密偵組織の暗部に命じて探させているほどで、その風体(10代前半の少女で、銀髪の美少女。黒豹を従魔としているが、普段は隠しているので判らない)を教えることを憚ったのだ。
カーヤとロッテも、「国王絡みの人探し」と言われるとそれ以上追求することは無かった。探す相手の人相も知らないのなら、人探しに同行する意味はあまり無さそうなものであるが、2人としては久しぶりに道場の先生と再開して、楽しい冒険旅行に同行できれば十分で、国家の秘密とやらは先生に任せておけばいいや、ぐらいの積りだったのだ。
そして、このシュタイン大公国の首都キーフルでしばらく滞在していたのだが、つい先日、オーギュストに知らせが届いた。
たまたまオーギュストを知るベテラン冒険者が、彼の古い友人が病を得て、もう長くはないと教えたのだ。
その古い友人はオーギュストが駆け出しの頃、まだアダルヘルム王と「大森林の勇者」を結成する前に、ある町で知り合って数年、冒険を共にしたのだった。その友人は怪我をして冒険者を続けられなくなったために引退したのだが、やがては妻の実家のシュタイン大公国に移住してしまい、この20年以上も連絡をとることも無かった。
その友人がもうすぐこの世を去る、という時にそのことを知ったのは偶然とは言え、オーギュストは捨て置くことが出来ず、友人が住む町に片道5日程度の小旅行に出ることにしたのだった。
当初は2人も同行する積りであったが、これから死にゆく友人に若い女性の同行者2名を連れて会いに行くのは憚られた。
「いや、もちろんお前たちとはそんな間柄じゃないのだが……」
というオーギュストを1人にしてあげた、2人組は10日あまりを以前のように2人で稼ぐことにした。
オーギュストからは、収納袋を預かっていて、その中の金貨も好きに使って良いとは言われていた。なので、10日ぐらいならば旧都で観光して過ごすのもありだったのだが、やはり2人は冒険者であった。
「観光ならオーギュストが戻ってからでも出来るし、久々に2人で稼ごうよ」
という訳である。
オーギュストと邂逅する前には、彼女たちだけで活動していて、それなりに男性冒険者に絡まれることもあったので、対処法には自信がある積りだった。
しかし、しばらく頼りになるベテランと一緒に活動して、どこか気持ちに油断が生まれていたのかも知れない。
さらに言えば、金持ちや貴族でなければ手にすることが出来ない収納袋なぞを持ったために、森に採取に行くというのに、見るからに軽装で行動したのも失敗である。
中身は空っぽでも良いから、見た目はそれなりにかさばる荷物を背負っていくべきだったのだ。
見る人間が見れば、カーヤとロッテの2人は若くて割りと見栄えの良い女性で、しかも収納袋持ちか収納スキル持ちだとわかる。
それで、ちょっとちょっかいを出してみたら、どうやら剣士はそれなりの腕だが、もうひとりは攻撃魔法使いでも無さそう。
真面目にやっていても贅沢出来るほど稼げる能力の無い冒険者にとっては、悪心を起こすには十分に魅力的な獲物であった。
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