第20話 交易隊
「あの、良ければ私が馬車を出しましょうか?」
その商人風の男は不思議そうな顔をする。
「少し土魔法が使えるんです。轍の下から土を盛り上げさせれば、簡単です」
「そりゃあ、本当かい。確かに昔、そんなことが出来る魔法使いを知ってるけど、お嬢ちゃんもできるのだったら是非ともお願いしたいな」
冒険者風のいでたちで剣を佩いた男の人も言う。
それで、とりあえず試してみようということになり、フロリアは皆に下がっていてもらって、轍nの下の地面に土魔法を掛ける。下から土を少しずつ盛り上げさせるのだ。
急に盛り上げると危ないので、ゆっくりとゆっくりと……。
片方の車輪が轍に深く嵌って斜めに傾いた荷馬車が、正常に戻る。
以前にアシュレイと一緒にニアデスヴァルト町まで遠征した時に、同じように轍に嵌った馬車と行き合い、アシュレイから教えてもらった魔法である。
フロリアは、子供時代に父と2人で行商していたのだが、その時にもやはり馬車が轍に嵌まり、その時には父が1人で頑張って馬車を押していたのだが、一度荷物をほとんど下ろさなくてはならないので、ちっぽけな馬車であったが、とても時間が掛かったことを思い出す。
「さ、これで良いと思います。前に出してください」
と御者に声を掛けると、お爺さんの御者は馬に鞭をあて、荷馬車はごく普通に前に進みだす。
周りの男性達は一斉におおっと声を出す。
時間を掛かる力仕事をせずに済んで、あからさまにホッとした様子である。
「もう大丈夫ですね」
これで赤ちゃんを抱いたお母さんも安心することだろう。
「よし、これで、道は広くなっているところまで進んだら荷馬車を反転させられるぞ」
と商人。
「そうですね。あと20~30分も進めば休憩所があるから、そこで反転出来ますよ」
男性達が理解に苦しむことを言っている。反転?
商人がフロリアに「どうもありがとう、お嬢さん。おお、そうだ。少ないけどお礼をさせてもらうよ」と声を掛ける。
「ありがとうございます。――あの、どうして来た道を引き返すのですか?」
「ああ、水が足りないのですよ。大事な水樽を落としてしまって。馬用の水樽はあるのですが、人間用はせいぜい今晩の分ぐらいしか無いのです。ビルネンベルクまでは途中で補給できる井戸もないし、引き返して、水を補給するしかないのです」
そうなると、あの赤ちゃんは自宅だかなんだか知らないが帰り着くのが数日遅れるのか……。
「それなら、樽さえ直せれば、水は私が入れられますよ」
周りの男性達は、少し離れた場所にいた女性陣も一斉にフロリアの顔を見る。
「あ、水魔法か。なるほど、そういえば、水筒も持たずに旅してるものな。だが、樽1つ分だぞ」
冒険者風の男が尋ねる。
「このぐらいの樽なら多分大丈夫です」
フロリアが道端に置かれた樽を眺めながら答える。
また皆がフロリアの顔をみるが、商人が「どうせ、どこかで樽は直さにゃならないのだ。できるというのなら試しにお願いしてみよう」と決断し、この場で樽の箍を締め直すことになった。
御者のお爺さん(クリフ爺さんという名前だそうだ)が箍を締め直し、「旦那、これで漏らないと思います」と報告する。
荷馬車の上で水漏れをおこすと厄介であるので、フロリアは鑑定して、大丈夫なのを確認する。
樽を荷馬車の上に載せてしっかりと固定して貰うと、まずは清浄魔法を掛けてから、中に水を注ぎ入れる。
何もないところに水を発生させるのは水魔法の中でももっとも基本的な技でそれほど難しい魔法ではない。まして空気中の水分を集めて凝縮させるのだ、というイメージが出来るフロリアにとってはほぼ最初に覚えた魔法と言っても良い。しかし、この場合は必要な発生量が相当に多い。
20人近い人達が5日間に渡って使うだけの水が入る樽である。
ところが、フロリアに掛かると、その大きな樽にドードーと音を立てて、空中から水が流れ込んでいき、数分程度でいっぱいになってしまった。
他の荷馬車に載っている、おそらく商売用のお酒などを入れた樽は、前世で言うところの洋樽(ウイスキーなどを入れる樽)なのでこんなふうに中身を注ぎ入れることは出来ないが、水樽は丈の長い木桶のような形をしていて、中身をどんどん入れて最後に蓋をする形になっているので、こうした扱いができるのだ。
水樽に水を入れ終わると、商人は荷馬車に登って、水質と水量を確認した。
商人の「大丈夫だ」という言葉を聞いて、周りの人々は一様にホッとした表情を浮かべる。ビルネンベルクにたどり着くのが遅れずに済むのである。
「いやあ、ありがとう、お嬢さん。もちろん水の代金も払わせて貰うよ」
と商人。
「それもそうだけど、ビルネンベルクに行くのなら、一緒に行こうよ。ね、ね」
町娘風のお姉さんが近寄ってきて、フロリアの手をとらんばかりに勧める。
「ああ、そりゃあ良いな。どうせ行き先は同じなのだから、一緒に行った方が安全だ。ハンスさんもそれで良いだろ?」
冒険者風の男の言葉に、商人――ハンスさんというらしい、は「もちろんですとも。うん、着くまでのお食事ぐらいは面倒を見させて貰いますよ」とニコニコ笑う。
「あら、あなた、帽子なんか被ってるからわからなかったけど、すっごいかわいい。私の妹に欲しい!!」
町娘風のお姉さんがフロリアをギュッと抱きしめる。苦しい、とフロリアは思った。
「リタ、おやめ。苦しがっているじゃないか」
と御者のクリフ爺さんが町娘を止めてくれる。
そんなこんなで成り行きでフロリアはこの交易隊の隊商と旅を共にすることになってしまった。
"トパーズ。珍しいわね、私が他の人間と関わるといつもはいやがるのに"
"別に他の人間と関わるのをきらうわけではないぞ。嫌な匂いをさせている人間に近づくな、と言っているのだ。この者たちはそうでもない。特にあの冒険者の男は、昔、アシュレイがつるんでいた男達を思い出させる"
"冒険者をしていた時の仲間?"
"そうだ。そういえば、その男たちとこの先の町に滞在していた時があったな"
再出発して30分も経たないうちに、休憩所につくと、商人のハンスは「ちょっと遅くなってしまったが、ここでしっかり休憩しよう。この先は夜まで休めるところがないからな」と決断する。
それで、すぐに荷馬車をおりて、各自、体を伸ばすやら、赤ん坊のおしめを替えたり、お花摘みにいったり。
こうした休憩所にはトイレも設置されているが、その清潔度はまあご想像の通りである。フロリアには到底耐えられるものではないので、個室で1人になると速やかに亜空間に移動して用を済ませると、また個室に戻る、と言うかたちで対処することにした。
一通り、皆が用事を済ませて、落ち着いて話ができるようになる。
そうなると、新メンバーとなったフロリアに興味津々なのは町娘のリタ。
その他の女性陣も農家の奥さんも優しい感じで、フロリアと話をしてくれるし、冒険者パーティ「剣のきらめき」のイルゼも気安い感じであるし、エマのほうも口数は少ないがフロリアを歓迎してくれた。
男性陣も概ね、良い感じである。
ただ、冒険者の中で若い男性パーティ「野獣の牙」の3人は、こちらを意識しているのがまるわかりだが、目を合わそうともしない。
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