第196話 年長者の会話
そうしたソーニャの心遣いはフロリアには通ぜず、ちゃんとした和食なんて、ベルクヴェルク基地以来なので、楽しみだなあ、などと呑気に考えていた。
宿の部屋は年長者であるアドリアとルイーザ、そして若手のモルガーナとソーニャで分かれて、同じ大きさの部屋をとっていた。
贅沢にも3~4人部屋を2人で使っていたのだが、若手部屋の方にフロリアが加わることになったのだ。
アドリアは自室に落ち着くと、猫が何もない空間をじっと見つめるように天井の一角を見つめた。
「どうかしたんですか?」
とルイーザに聞かれ、
「あ、いや、なんでも無い。気の所為だったみたい。……で、ルイーザ。あの娘のことはどう思う?」
と聞いた。
「そうですね。魔力はかなりのものだと思います。かなり強力な隠蔽魔法が掛かっていてはっきりとは判りませんが、私よりは強力なのは確かだと思います。
それにあの気配。……従魔だと思いますけど、よく分かりません」
「ああ、多分、黒豹だと思うよ。私にもはっきりとは分からなかったけどね」
「黒豹?」
「そうだよ。みんなには黙っていたけど、実はこの町に来たのは"表"の依頼とは別に、冒険者ギルドのオリエッタから内密の依頼を受けていてね。ルイーザにまで黙っていたのは悪かったと思うけど、かなり神経質な依頼だったものでね」
ルイーザは少し傷ついたような表情をすると
「姐さんがそう判断したのでしたら、私は何も言いません。でも、私は決して姐さんを困らせたり、裏切ったりすることは無いですよ。言って貰っても大丈夫だったのに」
ルイーザがアドリアを裏切らないことはアドリアにも判っている。
もし、ルイーザが敵の手におちて、どんなに苛酷な拷問を受けても決して裏切らないであろう。
そして、自らの意志では決して抵抗出来ないような混沌魔法や薬物の拷問を受ける可能性が出てきた場合、ルイーザはアドリアを守るため、潔く自らの命を絶つ。
それがアドリアには判っているからこそ、逆に重要な秘密はルイーザに教えられないのだった。
「もう娘の確保に成功したから、後は他の追跡者に接触させないうちにできればフライハイトブルクに連れ帰ること。これが依頼の内容だよ」
「そんなに重要人物なのですか? でも、姐さんはマジックレディスに加入させるようなことを言ってましたけど。
その積りでフライハイトブルクに着いていったらギルドに引き渡されたんじゃ、あの娘に対して裏切りになるんじゃ……」
「大丈夫だよ。オリエッタの依頼は彼女を他の国に渡さないこと、だからね。私がフィオちゃんの保護者としてパーティに入れて連れ歩くこと自体は別に構わないってさ」
オリエッタとは、女性ながらフライハイトブルクの冒険者ギルド本部のギルドマスターを務めている。この大陸に位置する各国の冒険者ギルドを束ねる国際本部もフライハイトブルクにあり、実はギルド本部と同じ建物内にあって、組織は「冒険者ギルド連合会」という名称で、その会長のマルセロ女史はオリエッタの公私共にパートナーになっているという噂である。
もっとも、その手の噂は割りとありふれたもので、アドリア自身、女性魔法使いを集めてレズパーティを組んでいると噂を、他のパーティからやっかみまじりでささやかれているのだった。
「それで黒豹っていうのは?」
「あの娘の従魔らしいよ。ずっと昔に、ヴェスターランド王国の今の国王が冒険者をしていたのを知ってる?」
「いえ、初耳です。国王が冒険者ですか?」
「ああ、どうやら王位継承問題があって、兄弟に皇太子を譲って、自分は王宮を出て気楽な冒険者をしていたんだそうだ。それが結構腕利きのパーティを組んでいたんだけど、その中の魔法使いが連れていた従魔らしい」
「へえ。今の王様のパーティにいた従魔なんて連れていたら、それだけで話題になりそう。あ、だから常に隠しているのか。それにしても召喚獣みたいに召喚する訳でも無いのですね」
「その辺のことはさすがのフライハイトブルクの冒険者ギルドでも良く分からない、というのが正確なところかな。王様は、跡継ぎだった筈の皇太子が早逝したんで呼び戻されたのが20数年も前のことで、それから魔法使いも従魔も音沙汰が無かったんだけど、あの子がそれを従えてヴェスターランドに現れたということさ」
技術の継承が重要で、基本的に定住する錬金術師ならば、工房に弟子をとるのはそれほど珍しく無いのだが、冒険者になるような魔法使いは、使う魔法も独学で覚えるのが基本。性格的に弟子を取るのも弟子になるのも適さない者が多い。
だから、マジックレディスがとてもめずらしい例外で、ほとんどがソロで活動している。たまにそれなりの社会性がある魔法使いが居ても、非魔法使いのパーティで後衛でもやっているケースばかりである。
ただでさえ、従魔使いは魔法使いの中でもあまり居ない上に、従魔を消耗品扱いする術師が多い。また従魔と従魔使いの絆は強固なものでいくら弟子と言えど簡単に入れ替われるものでもない。というわけで従魔を弟子に伝えていくというケースは、昔話などに少し出てくる程度の珍しさだったのだ。
「でも、あの気配を考えると、とてつもなく強い従魔ですね。それなら代替わりして伝えていくというのも判らないじゃないです」
「ああ、それに黒豹の従魔は、多くの猛獣を眷属として呼び出せる上に、その猛獣一頭一頭がオーガ程度なら瞬殺出来るのだって」
「それは凄いですね」
「それだけじゃなくて、戦闘用のゴーレムを複数体、収納に隠し持っていて、それを自在に操ることが出来るのだって。なんでも、オーガキング率いるスタンピードをほぼ単独で食い止めたという話よ」
「まさか。……でも、音に聞こえたフライハイトブルクの早耳と遠目が、デマを拾ってくるとも考えにくいし……」
「そうね。私だって単独でスタンピードの鎮圧なんてちょっとキツイわ。それをあの娘がやったなんてね。でも、その後も行く先々で騒動を起こしてるらしく、アリステア神聖帝国の鉱山都市や、この国に入ったところにあるバルトーク伯爵領でも騒動を起こしているみたい」
「そんなに騒動好きには見えないですが」
「多分、騒動の方からよってくるんだろうさ。それは私達の若い頃を思い出せば、心当たりがあるだろ」
「ええ。それはたしかに。……あの娘は年齢的にもまだ未成年だし、何よりも可愛いし、確かに私の時より"虫"にたかられやすいかも」
「そうだね。とりあえずは私達が守れば、"虫"は大丈夫でしょうね。それにしても、うまい場所でフィオと出会ったものですね。善意で屋台の少年を助けるところを見せれば、すんなり姐さんを信用するようになるでしょうね」
「そうね。"占い"であの場所に行くように出たんだよ。そしたら、これからどうやって探そうかと思っていたフィオが居たってことさ。今日の占いは大正解だったよ」
「ヴィーゴさんは、フィオのことを何か言っていませんでした?」
「さてね。フィオがバルトーク伯爵領で暴れたことだけは情報を持っていたよ。その前にヴェスターランド王国に居たことまでは知っているのか、いないのか……。
いくらヴィーゴさんでも個人で、フライハイトブルクの情報網に匹敵するほどの早耳じゃないと思うけどね。
さて、そろそろ時間だ。子供らを呼んで食事に行こうか」
「はい、姐さん。モルガーナたちには秘密依頼は教えなくて良いんですね」
「ああ、あの娘らは、変に意識するよりも自然体が良いさ。フィオをパーティのメンバーに加えようっていう目的は変わらないんだからね」
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