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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第10章 マジックレディス
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第194話 裏町

 バルトーク伯爵領での出来事について、フロリアはなにか、ずいぶんと話が盛られて広まっているみたいだけど、本当は自分の出来ることを少しだけ手伝いしただけなのだ、と弁解した。

 それをアドリアもヴィーゴもどれだけ信用したのか判らないが、ともあれ2人ともあまり深くは追求しないで、話は他の話題に移っていったので、フロリアとしてはホッとした。


 ヴィーゴ商会は今では、あちこちの国に支店も出しており、フライハイトブルクの支店で大きなトラブルが起きた時に、マジックレディスがヴィーゴ商会に雇われて活躍したことから繋がりが出来て、それから時々依頼を受けることがあるのだという。

 それだけではなく、個人志向の強い魔法使いの中では珍しく後輩の面倒見が良い(女性魔法使い限定だが)アドリアを見込んで、ヴィーゴ商会で関わった女錬金術師の困りごとなどをマジックレディスに相談することもあり、現在の信頼関係に至ったのだという。


 ひとしきり話が終わると、アドリアたちがこのキーフルに滞在している間に一度夕食をご一緒に、という話になり、日にちは調整するということで会見は終わった。

 ヴィーゴ商会では、マジックレディスの定宿を把握しているので、後日使いを送るのだそうである。


 そして、今度はアドリアとフロリア、そしてヴィーゴ商会の番頭のセリオと店の従業員数名で市場に向かった。

 アメデオ少年は屋台の商売を再開していて、結構売れていた。やはり商才そのものはあるのだろう。


「あ、お姉さんたち。さっきはありがとう」


「どう? あのチンピラは戻ってきてない?」


「大丈夫だよ。でも、明日になればまた来ると思う」


「ああ、それなら大丈夫ですよ。今日でおしまいにしますから」


 セリオは、子供のアメデオにも丁寧な口調を崩さない。

 怪訝そうにしているアメデオに、アドリアはヴィーゴ商会の番頭で、お金を貸してくれる人だと紹介した。


「ヴィーゴ商会!! そんな偉い人が俺に?」


 セリオは従業員の1人に、しばらくアメデオの代わりに店番をするように命じると、屋台が並ぶ広場の脇の宿屋の1階の食堂に移動した。

 全員分のお茶を頼むと、大きな丸テーブルを1つ占領する。


「俺、毎日この前を通るけど、初めて中に入った」


 大人の来る場所に緊張するアメデオ。

 一方のセリオは、態度には全く出さなかったのだが、この食堂がどうやら庶民的過ぎたらしく、内心ではあまり快く思っていないのが、フロリアの感知魔法になんとなく伝わってきた。


 セリオは少年からはまず事情を一通り聞いた上で、今の時点で債権を持っているのは誰なのか、今いくらの借金が残っているのか、これまで返済した分の証明は出来るのか、などなどを聞き取った。

 返済した分については、朋輩に返した分も、借用証が流れた先に返した分も、返済額を明記した、正当な証書があった。

 現在借用証を持っている"その筋"の連中も最終的な目的が「場所を使う権利」であるので、取り上げたらさっさと逃げる、という訳にはいかない。なので、汚いやり口ではあっても違法なやり口にならないように、後でひっくり返される余地を残さないように、と気を配っているのだ。

 その事情を説明したセリオは、


「このあたりは、相手がプロっていうことですよ。でも、それだけに交渉の余地が有るというものです。

 それに最初の借用証自体がまともなものであるのも良かった。ともすれば、あなたぐらいの子供だと言われるままにとんでもなく不利な条件を飲まされていたりするものですが、その朋輩という人も善意でお金を貸したんでしょうね、少なくとも最初は。

 残っている借金もその程度の額でしたら、確かにあの屋台でちゃんと儲ければ2ヶ月もあれば返済可能でしょうね」


「そうなんだ。だけど、ずっと商売の邪魔され続けたら……」


「それなら心配いりません。ヴィーゴ商会があなたに借金分のお金を融資します。あなたはただちにそれを現在の債権所有者のところに行って借金を完済する。そして、我が商会からの融資は、2ヶ月かけて返してもらうことにします。

 あ、心配しなくとも、債権所有者のところには私も同行して、釘を刺しておきます。それに市内を巡回する衛士たちにも当分の間、あなたの屋台やご家族のことを気にかけておくように話しておきます」


「なんで、そんなに俺のことを助けてくれるんだい?」


「はっきり言うと、私達はあなたに対して、それほど興味がある訳ではありません。ただ、私たちの主人がこちらのアドリアさんの人柄、冒険者・魔法使いとしての能力を深く信頼していて、アドリアさんの頼みとあればたいていのことは断りません。

 我が商会としては、今回あなたに用立てる金額で、アドリアさんの御役に立ち、より良い信頼関係が結べるのであれば、良い取引といえるのです」


 アメデオはセリオに言われたことを少し噛みしめるように考えていたが、椅子から立ち上がるとアドリアに深々と頭を下げて、助けてくれてありがとう、今は何も出来ないけど、きっとお礼をする、と言った。


「それでは、契約をしましょうか」


 そう言うと、セリオはカバンの中から、いつの間に用意したのか判らないのだが、金額と借り主のところだけ空欄になった借用書を出してアメデオに示す。

 アメデオはその借用書を時間を掛けて読み、意味が判らない部分をセリオに聞く。


「ほう。文字の読み書きが出来るのですね?」


「うん。うちは貧乏だけど、商人になるのなら読み書きと計算は必要だから、と父ちゃんに言われて教わってたんだ」


「商人だけではなく、どんな仕事に就くのでも、読み書き計算が出来るとずっと有利になりますよ」


 そう言って、セリオは丁寧に言葉の意味を説明する。


 こうして借用書が完成すると、早速、現在の債権所有者のところに行くことになった。

 セリオはアドリアに対して、「アメデオ君は一緒に来て貰いますが、お嬢さんはどうしたものでしょうか? ここで待っていてもらった方が良い気がします」と聞く。


「あまり過保護にする必要は無いと思うよ。これも良い経験になるだろうから、一緒に行ったほうが良いさ」


 それで、フロリアも同行することになった。


 セリオの後ろに控えた従業員は、食堂のメイドに「碌に注文もしなくてすまなかったね」と言いながら、お茶代とは別に迷惑料を渡していて、メイドは「え、こんなに?」と驚いていた。


 現在、債権を持っている者は、市場からそんなに遠くには住んでいなかった。

 市場にほど近い、しかし一般の市民は近寄らない悪所、市場の裏の怪しげな通りにその店はあった。

 これまでフロリアが訪れた町にもこうした、感知魔法を使うまでもなく危険な匂いが漂っているような裏通りはあったのだが、ここまで奥に足を踏み入れたことは無かった。


 その店は外から見える商品はどうみてもガラクタばかりであるし、第一お客が訪れるとも思えないような場所にある。

 フロリアの怪訝そうな顔に、アドリアは「ああ、こうしたところは本気でモノを売る積りは無いのさ、ま、半分は"おかみ"への申し訳代わりだねえ。実際のナリワイはチンピラを手先に使って小銭稼ぎしたり、違法な魔道具や薬なんかを闇取引で売買したりってとこかな」と教えてくれる。

 大声という訳でもないが、特に声も潜めてないので、店の前にたむろしている連中は露骨に一行に鋭い視線を送るが、アメデオ以外は気にする素振りも無い。


 さっさと店に入ると「店主の方にお会いしたいのですが」と店番をしている老婆に声を掛ける。

 セリオの顔を知っていたのか、それともヴィーゴ商会のお仕着せだと分かったのか、老婆は慌てて奥に引っ込むと、歯の抜けた小男が代わりに出てきた。


「表通りに大店を構えておられるようなお方が、どんな御用でしょうか?」


 セリオが自分の名前と要件を告げると、小男は嫌そうな顔をした。


「どうしました? 一刻も早く金を払えと、この少年にたびたび申し入れていたそうじゃないですか? 払いに来たのです。さあ、すぐに精算して下さい」


 小男は肩をすくめると、奥に引っ込んで、証文を持ってきた。セリオは上着の内ポケットからメガネ状のもの(おそらくは鑑定魔法を付与した魔道具だろう)を出して掛けると、その証文を検分した上、アメデオにも見せて彼が書いたものに間違い無いかを確認してから、残っている金額を精算して証文を回収した。


「これで、貸し借りは無しですね。あ、それから、ヴィーゴ商会はこの少年や彼の家族の安全に気を配っています。あなた達も、彼らが何事も無く暮らせることを祈っていてくださいね」


 そう釘を刺すと、さっさと一行はその怪しげな古道具屋(?)を引き上げていったのだった。


 こうしてアメデオ少年は父の残した屋台を守って、商売を継続することが出来るようになった。

 商会に対する借金を返済し終えた後も、セリオはアメデオ少年を何かと気にかけて応援しつづけた。

 10数年も後のことになるが、成長したアメデオは露天商組合の理事になって、組合が商業ギルドに入会する際には、商業ギルドの顔役であるヴィーゴ商会を知っているということで、交渉役として大きな役割を果たしたのであった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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