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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第10章 マジックレディス
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第193話 ヴィーゴ商会

 フロリアがシュタイン大公国の首都キーフルを目指した理由は、師匠であるアシュレイの昔の想い人であるヴィーゴという魔法金属を扱う商人に会う為であった。

 すでにアシュレイも亡く、今更会わなければならない用事があるわけでもない。ただ、無目的にいろいろな国を放浪するよりは、なにかの目的があったほうが、メリハリが効いて良い。

 その程度の気持ちから、ヴィーゴに会うという目的を設定したものだから、当人自身、半ば忘れかけていたほどである。


 その目的が期せずして、向こうからやってきた。

 いや、もちろんフロリアが探すヴィーゴは20数年前にアリステア神聖帝国に定期的に買付けに来ていた商人、というだけ。今、アドリアが話しているヴィーゴさんという商人とは別人かもしれない。


"だけど、行ってみる価値は十分にあるよね"


 フロリアとしては、ヴィーゴという商人を探した後、どうやってアシュレイ(とイルダ工房のイルダさん)の知り合いであったヴィーゴと同一人物と確定するのか、そしてどうやって接触を持つのか、アシュレイの話をどこまですれば良いのか、ノーアイディアであったのだ。

 その第一段階が簡単に解決してしまった。


 アドリアとヴィーゴ商会を訪ねる事になり、道筋で少し話を聞く。


 ヴィーゴ商会の商会主のヴィーゴという人はまだ60前。一代で個人営業の魔晶石の商人からはじめ、最初はアリステア神聖帝国に買付に行っていたらしいが、今ではこの首都キーフルでいくつかの錬金術師の工房の金主となって面倒を見ており、その他の工房にも素材を卸していて、ヴィーゴ商会無しでは仕事が出来ない工房も少なくない、ということだった。

 それで錬金術ギルドと商業ギルドに顔が利くのはもちろん、錬金術師の才能がない魔法使いの面倒もよく見ていて、そうした魔法使いは冒険者になることが多いので、冒険者ギルドでもある程度の知られた顔なのだそうだ。

 トラブルに巻き込まれやすい魔法使いの冒険者にとっては、頼りになる大商人というわけである。

 ヴィーゴ商会で扱う魔導具は軍事用に転用出来るものも多く、大公国軍との繋がりも公然と噂されている政商でもある。

 さらに言えばともすればトラブルに巻き込まれがちな魔法使いの便宜を図るために、町の衛士隊や大公国の騎士団などに多大な付届けを忘れないのだということだった。

 そうなれば、いわゆる裏町であやしげな生業をしている連中にとっても、ヴィーゴ商会という名前はずいぶんと重みがある。ヴィーゴ商会が後ろ盾についた露店、となるとチンピラ風情が手出しを出来るものでは無くなるのだ。


「そんな人に簡単に会えるんですか?」


「さあ。ヴィーゴさんも忙しいからね。会えるかどうかは分からないけど、店には番頭さんが何人もいるから、その中の誰かにこのアドリア姐さんから話をしておけば、大丈夫なのさ」


「そういうものなんですか……」


 イルダ工房のイルダさんから聞いた、誠実そうな青年商人と、政商っぽいヴィーゴ商会の商会主とは、どうもイメージが合わない。

 まあ、確定的な情報がない段階で決めつけられる訳も無いのだが。


 ヴィーゴ商会は、建物の造作自体は質実剛健というか、華美な装飾など皆無な門構えであったが、周囲の商会の建物だって大きいのに、それよりもさらに2まわりほども大きく、重厚で風格を感じさせた。

 小売りだったら、一般のお客さんでは入りにくい店構えであるが、どうやらアドリアの話だと前世で言うところの商社的な仕事をしているようなのでこれで良いのだろう。


「こんにちわー。あら、セリオさん、お久しぶり」


 そんな重厚な店の中に気軽に入っていったアドリアは、中にいたお仕着せを来た青年に話しかける。


「おお、これはアドリア様。お久しぶりにございます。いつ、こちらにお越しで?」


「昨日の夜、着いたところなの。ヴィーゴさんにちょっと頼み事があって来たんだけど、会えるかな?」


「はい、店主はただいま、別の来客がございますが、その後でご案内いたします。とりあえずはこちらへどうぞ」


「うん、ありがと。――どうしたのフィオ? さ、行きましょ」


 アドリアは店の入り口に立ち止まるフロリアも促して、客間へ。

 店の中に魔法使い、それもかなり熟達の魔法使い数人の気配を感じたフロリアは立ち止まっていたのだが、アドリアは平気な顔をしているし、特に敵意も無さそうだったので店内に足を踏み入れたのだった。


 店の奥の大階段を登ると、大商会らしく2階にはいくつも客間があるようだった。

 アドリアたちが通されたのは、広い部屋に高価な調度品が並び、中央には猫脚の背の低いテーブルとソファの応接セットが置かれた部屋であった。

 後で判ることだが、こうした大事なお客を通す応接間とは別に、単なる商談相手が通されるような、商品見本を吟味したり、契約魔法の書面にサインするのに適した事務テーブルが置かれた部屋も階下にはあるのだが、フロリアにはもちろんその違いなど分からなかった。

 ただ、バルトーク伯爵家の応接室やベルクヴェルク基地のいくつもの部屋を知っているフロリアは、特に部屋の様子に気圧されることもなかった。それは田舎から出てきたばかりの身よりのない少女の態度としては不自然だったのだが、アドリアは素知らぬ顔をしていた。


 しばらくすると、先程のセリオと一緒に身なりの良い老年の紳士が入ってきた。60歳前後だろうか。この世界ではそれなりの老齢なのだが、スラリとした体型を維持していて、姿勢も良い。

 低音で渋いが柔らかさのある声で「おまたせしましたね、アドリアさん。今日は可愛らしい娘さんとご一緒ですか」と

 大商会の商会主、それも権力者と繋がりがある政商じみた人だというから、てっきりでっぷり太った、時代劇の悪役のような人が出てくるのかと思ったらちょっと肩透かしであった。

 

"お師匠様はあの世でがっかりせずに済んだだろうけど"


 アドリアは冒険者らしいざっくばらんな口調で、屋台の少年にお金を貸してほしい、と口にした。

 ヴィーゴは細かい事情は聞こうともせず、「アドリアさんの口利きでしたら」と借金額がいくらになるのかすら確認もせずに一諾した。


「ありがとう、ヴィーゴさん。それで、もう一つお願いがあるんだけど」


 アドリアはその少年が死んだ父親の朋輩に借金したのが、証文が良くない筋に流れて苦労しているのだ、良くない筋は少年が相続した屋台の権利が狙いでねじ込んできているのだとごく簡単に事情を説明した。


「ああ、分かりました。それでご自分で貸さないで、私のところに来たのですね。その良くない筋とやらには、その屋台の子の後ろ盾にヴィーゴ商会が付いているのだと判らせるようにしておきましょう」


 そして後ろに控えるセリオを振り向くと、「後でアドリアさんたちと一緒にその子供のところに行って、必要な処置をしておいてくれ」と続ける。


 セリオは「かしこまりました」と頭を下げる。


「やっぱりヴィーゴさんだ。話が早くて、助かるよ」


「アドリアさんのお頼みでしたら、最優先ですよ。――それで、そちらのお嬢さんが気になるのですが」


 ヴィーゴは笑顔を崩さずにフロリアを見る。特に含むものを感じさせない顔だが、相手は政商である。油断は出来ない。


「私も詳しいことは知らないんだよ。さっき町で見かけて、スゴイ魔力を持ってるみたいだから、連れてきたのさ」


「おお、そうですか。お連れの方はいないのですが?」


 後半の質問はフロリアに向けられたものであったので、例によって世話になっていたおばさんが死んだので、田舎から町に出てきて冒険者登録をして、このシュタイン大公国を旅しているのだ、と答えた。


「そうですか。フィオリーナさんというと、しばらく前にバルトーク伯爵様の御領地においでになった魔法使いと同じ名前ですね」


"あ、バレてる"


とフロリアは思ったが、ここでごまかすのも逆に不自然かと思ったので、たまたま知り合いになって少しだけ伯爵様のお屋敷にお世話になったとだけ答えた。

 チェルニー子爵領の領都チェルクの騒ぎのことは聞かれなかったが、あえて聞かれなかったのか、フロリアが絡んでいるのを知らなかったのかまでは判らない。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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