第189話 キーフルの市場で1
この時の冒険者ギルドには、フロリアを探すいくつもの勢力があった。
つい最近、この首都にやってきたオーギュストとカーヤ、ロッテの3人組。冒険者らしく1つの町で活動するのに飽きてきたので、キーフルに移ってきたという触れ込みで、当分はここに腰を落ち着けて近くで魔物狩りをして素材を持ち込むという活動を始めた。
まだまだ頑健な体つきをしているとは言え、そろそろ中年期から老年期に入ろうという年代の男が、成人して間もない少女2人――それも2人ともそれなりに魅力的で魔力持ち――を引き連れている、ともなれば、まわりの注目を集める。
それで、若く調子に乗ったリーダーが率いる売出し中のパーティが、実際にオーギュストに絡んで喧嘩になり、返り討ちにあうという事件が初日から起こった。
さらに、数日の間に3つのパーティが鼻をへし折られて、そこからようやく彼らに手を出す者がいなくなった。
オーギュストはパーティ名を聞かれた際に別に決めていない、と答えたところ、皮肉屋の冒険者達は勝手に「オーギュストハーレム」と呼び始め、カーヤとロッテが気になっている、若い男どもは、そのあだ名をきかされるたびに気を悪くするのだった。
このオーギュスト達に比べると、全く目立たなかったが、1人のソロ冒険者も少し前にキーフルに流れてきていた。特に凄みも何も感じさせるところのない中年男でブレンドンと名乗っている。"暗部"の"渡り"のエース、ウルリヒであった。ウルリヒ自体、本名であるかどうか怪しいものであったが、このキーフルではブレンドンと名乗っていた。
行商人を名乗って、ここまで使ってきた馬車などは、キーフルの手前の町で"根付き"の者に預けてある。そして、高価で売れる珍しい薬草採取専門の冒険者という身分に身をやつしていた。
薬草採取と言うと、駆け出しの仕事という印象が強いのだが、そうした未成年の見習い冒険者が採取するようなありふれた薬草ではなく、高山や深い森の奥に自生したり、人が近寄れない渓流の岩の岩底の苔など、極めて希少で薬効の高い薬草を専門に集めているのだ。
当然、下手な植物学者よりも薬草に対する知識が豊富で、冒険者仲間の中では一目置かれている存在である。
彼らは、たいていはソロで活動しているのだが、時に魔物の縄張りにまで入って採取を試みる際などは、護衛の冒険者を雇うことが有るのだった。
冒険者が冒険者を雇う、というのは知らない者からすると違和感があるのだが、こうした場合は特に珍しいことではなかった。合同パーティを組んで薬草採取に赴いて、"坊主"であった場合、採取技術を持つ1人にヘイトが集まる可能性が高く、それならばいっそ、その1人が他の冒険者を雇ってしまい、たとえ成果がなくとも、護衛の冒険者は依頼料が稼げるという形が双方に都合が良いのだった。
ウルリヒ(ブレンドン)は、キーフルですでに10年以上も活動しているアーチボルトという冒険者がリーダーを務める名無しの3人組パーティを雇って、採集活動を始めていた。
キーフルは物なりの良い土地だけあって、首都近くの森でも割合に珍しい薬草が採れるということで、こうした採取専門の冒険者もたまに流れてくるので、特に疑念を抱かれることはなかった。
そしてアーチボルトは、親の代からの"暗部"の"根付き"であった。他の2人はヴェスターランド王国とは関係が無かったが、こうしてブレンドンはある程度の現地協力者を得て、フロリアの到来を待っていたのだった。
もちろん、本国のハンゾーから、王の旧友であるオーギュスト男爵が身分を隠して、冒険者としてフロリア探索に出ている、という情報は得ていたので、このキーフルのギルドで見つけても特に驚くようなことは無かった。
むしろ、オーギュストが派手に目立ってくれたら、自分の活動がやりやすくなる、程度にしかウルリヒ(ブレンドン)は感じていなかったのだった。
そして、ウルリヒ(ブレンドン)にとってありがたいことに、自由都市連合から「マジックレディス」という有名なAランクパーティもこのキーフルに流れてきて、しばらく滞在することになっていた。
この「マジックレディス」は「オーギュストハーレム」よりもさらに男性冒険者たちの羨望と嫉妬を集める存在なのであった。
***
町に入る時、門番に行き先を聞かれたので冒険者ギルドと答えると、ここは普通の町とは場所が違うから、と言って、教えてくれた。
「初めて町に来たのなら、船着き場の方に行くと良い。荷馬車の交易隊の護衛なら、そこで依頼と終了報告だけは受け付けてるけどな」
見ると、大門の脇の門番や衛士の詰め所の向かい側に確かに冒険者ギルドの建物がある。
だが、そこはこの大門から出入りする多数の交易隊の護衛専門の受付所のみの機能しか無いのだそうだ。
普通の町と違い、このキーフル旧市街には、大門を入るとすぐに店が大きな道路の両脇に並んではいるが、市民が行き交う広場はなく、店も小売をしてなくて、前世でいうところの問屋みたいな店構えばかりである。
「ここから交易隊がでてるんだね」
キーフルの旧市街は今でもゴンドワナ大陸北部における物資の一大集積地でモルドル河の船運で運ばれてきた物資や、この周辺で収穫される大量の穀物などが馬車で各地に運ばれるのだ。
そういえば、大門をくぐるまでキーフルに向けて街道を歩いていると、しょっちゅう大規模な交易隊にすれ違った。
大門から伸びる大道は途中で右に折れる。その道筋に沿って歩くと、モルドル河から引き込んだ運河が縦横に走り運河に面して、多くの商店の船着き場や荷揚場が並ぶ一角に出る。
その一角をさらに河の方に歩くと大きな市場があって、市民の為の食料品から旅人のための土産物まで雑多に売っている小さな露店が立ち並んでいる。
特に祭りの日でもないのに、フロリアがこの世界に来てから初めて見るほど大勢の人が行き来している。
「うわっ、渋谷みたい」
と、実は憧れの渋谷は友達と何度か遊びに行ったことがあるだけで詳しくは知らないのだったが、そう口にしてみた。
この市場の向こうのモルドル河の川岸に作られた巨大な船着き場の前の広場に商業ギルドと冒険者ギルド、そして錬金術ギルドの支部が仲良く並んでいるのだった。
モルドル河を河口からキーフルまで行き来する、平底だが巨大な荷役船から、この船着き場で小さな舟に載せ替えて運河を商店の倉庫で運ぶのだ。
もちろん、荷役船の護衛をしている冒険者はこの船着き場で依頼終了となり、依頼主からサインをもらうと、そのままギルド支部に行って完了報告をする。
大門から出る交易隊の護衛は、大門脇の出張所が依頼と完了報告のみを受け付ける。
そして、採取の買い取りやら、護衛以外の依頼やら新人登録やらは、船着き場の方のギルド支部で処理をするという形である。
フロリアは、まずはいつも通りに薬草を少し買い取ってもらいながら、ギルドの様子を確かめよう、と思っていたのだったが、そのギルドまでたどりつけなかった。
ギルドの建物に到達するのであれば、大門からだと市場を抜けていくのが一番わかりやすく距離も近い。
始終、混雑している市場を避けようとすると、少々(かなり)治安の悪い場所を通らなくてはならず、門番としては安全のため、この少女に市場を抜けていけ、と教えたのだった。
実際のところ、採取の冒険者達は慣れてきたら、大門ではなくみなと口という船着き場の脇にある門を通って、市外に出入りしているのであった。そこからならば混雑する市場を通らなくて済むのだ。
フロリアは初めてキーフルに来る、ということで大門を目指したのが間違いであったのだ。
これが普通の旅人であれば、交易隊に便乗するとか、徒歩で旅していても井戸があり、焚き火を焚いたり、テントを張れるスペースを整備した休憩場所で他の旅人と情報交換をして、初めての訪問であっても、みなと口を目指すのが正解だという情報を得られたことだろう。
しかし、そうした普通の旅人のような行動がともすればトラブルを招きがちな外観をしている上に、亜空間という安全で快適な手段を持っていて、他人と触れ合わなくとも旅が可能なフロリアの弱点が出たと言えるだろう。
それでも、市場を抜けていく程度のことなら、そこまで大きな時間のロスになったりはしない。ギルドに行くのは、別に誰かと時間の約束をしているわけでは無いのだし、そのうちに着けば良いのだ。
ましてや、前世でも今回の人生でも田舎育ちのフロリアは市場というところが好きであったので、単純に通り過ぎるだけではなく、どんなものが売られているのか見て回るのがそれなりに楽しみであった。
それにキーフルの市場はこれまでフロリアが訪れたことのある市場とは様相が少々、違っていた。
"あ、バナナを売ってる!! この世界に来て初めて見た! これってフライハイトブルク経由で南から来たんだろうな。"
"こっちにあるのはアボカドかな? これも南の方の果物みたいだけど何だろう?"
別の屋台では魚を売っている。川魚はこれまでも時折、市場で売っているのを見かけたのだが、この屋台では海の魚を売っている。
"これはフライハイトブルクのまわりの海で獲れたお魚だろうな。川船を使うと、痛む前にキーフルまで届くんだ"
キラキラを目を輝かせながら、市場を回っていて、頭からギルドに行くことが抜け落ちているフロリアであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
一部変更した箇所があります。
これまでも誤字脱字や、おかしな表現を改めた箇所が多々ありますが、今回についてはのちの展開と矛盾を生じる箇所があったので、文章の意味自体を変えてあります。
具体的には「渋谷に来たことが無かった」→「渋谷に来たことがほとんど無かった」に変更しました。




