第187話 後始末
というよりも、汚名返上して窓口係に見直してもらおうと頑張りすぎた4つの魂の3人組はいずれも負傷をしていて、そのうちリーダーはかなり酷い状態であった。
だから、呑気に噂話に花を咲かしているような状態ではなかったのだ。
その他にも数人の冒険者がゾルターンを止めようとして負傷していた。
町の治安維持は衛士の職分であって、冒険者は関係ないのだが、彼らはただでさえまっとうな生き方をしていると思われないことが多く、こうした時に体を張って見せるのも町で受け入れてもらう為には必要なのであった。
それで、ギルドの建物の近くで負傷した一般の市民とともに、負傷した冒険者もギルド内に運び込まれて、職員たちが騒がしく処置をしていた。
いくつか貴重なポーションの在庫が消費され、今すぐに生命の危機に瀕しているという状況の負傷者は居なかったが、当分仕事ができそうにない者、そればかりか冒険者として復活することが難しそうな者は居た。
そこに戻ってきたフロリアに目敏く気がついた受付嬢はすぐにこの少女をひと目につかない、奥の個室につれていく。
「ギルドマスターの手が空いたら、状況を聞くと思いますので、またここで待機していて下さいね。ちょっと忙しいもので」
「あの、私は治癒魔法が使えます。見たところ火傷の人が多いみたいだから、裂傷なんかの治癒を前提にしたポーションなんかよりも効果はずっと高いです」
受付嬢は少し考えると、ギルドマスターと相談するために出ていった。数分程度で戻ってくると、「それじゃあ、お願いできますか。効果が認められたら、ギルドから一定の報酬をお支払いします」ということだった。
それで、入り口すぐの大きな広間に戻り、床に毛布を敷いて横たわっている負傷者達を1人ひとり治癒魔法を掛けていく。
見たことのない小娘がしゃしゃり出てきて……という顔をしていた付き添いの人間も、最初の1人があっさりと全治するのを見て、どよめいた。
フロリアはいちいちそうした人たちに反応せずに、機械的にどんどん治癒魔法を掛けていく。10人を超える人数に相当に効果が高い治癒魔法を掛けていくと言うのは、大きな魔力を必要としていて、それこそ冒険者であればAランクパーティが頭を下げてメンバーに迎えるレベルであるし、軍人であれば国軍の司令部所属で常に最高指揮官の傍に付き従う役割を任せられることになる。
この小さな領地の領都で暮らす冒険者達は、実際に優れた治癒魔法使いなど見た経験など誰も無かったのだが、そうした"相場"は知っていて、フロリアのこの行動に大きな驚きを持って見ていた。
「もういいだろ。ちょっと俺の部屋に来い」
周りの冒険者や市民たちがざわつき始めたのを受けて、ギルドマスターは皆の眼からフロリアを隠すように、そう言った。
ギルドマスター自身、治癒魔法を使ってもらうことを了承したのだが、ポーションの足りないところを少し穴埋めして貰えば十分だという考えからのことで、よもやこのレベルだとは思っていなかったのだ。
そして、領主館での出来事を聞くと、ますます渋い顔になった。
多くの者の前で治癒魔法を使ったのは、この領地の顔役で、若い家宰がやってくるまでは実力ナンバー1であった老家臣の思惑を明らかにはずれている。
だが、貴重な冒険者を助けてもらったことも事実なので、あまりなじる事もできない。
フロリアとしても、あの老人の命令に背くような行動であるのは分かっていたが、傷ついている人(それも傷ついた原因は間接的とは言え自分にも責任がある)を見過ごすことは出来なかった。
ともあれこれ以上、貴族の重臣を挑発するつもりはない。
フロリアは、すぐに町を出ていくつもりだと言い、ギルドマスターもそれを止める言葉は無かった。
ギルドマスター自身、フロリアが冒険者としてこの町のギルドに所属してくれることで大きな利益を夢見ていたのだが、実際にフロリア発の災厄を目の当たりにすると、老家臣の言う事も否定しきれないのだ。
寝ているドラゴンの尻尾を踏みに行くことはない。
こうして、フロリアはギルドの建物をすぐに後にして、まっすぐ大門に行くとそのまま町の外に出た。
領主館からつけていた尾行は、フロリアが大門を出て、街道を見えなくなるまで歩いて行く後ろ姿を確認していたが、それが終わるとようやく尾行を切り上げたのだった。
ただ、実際にはフロリアはギルドの建物を出て、大門に行く前に一瞬、尾行の目をそらすと、その隙にトパーズと入れ替わっていた。トパーズは久々の変化でフロリアに化け、門番の眼を誤魔化して、町の外に出て歩いていったのだった。
もちろん、尾行の眼が途切れたら、大回りして町に戻る。フロリアは、隠蔽魔法とセバスチャンに作らせた魔法付与した服装のおかげで、ひと目をそらして、また町の尖塔の先端近くまで登って、ねずみ型ロボットたちの帰還を待った。
トパーズが戻ってきてフロリアに合流し、さらに時間が過ぎて、日が落ちて地面の様子が見えなくなった頃に、ねずみ型ロボットたちは帰還し始めていた。
負傷者が集中した冒険者と兵士のうち、冒険者の方はフロリアが治癒魔法を掛けまくって、死人は出なかった。
衛士の方だが、ねずみ型ロボットたちの調べた結果、領主館の中の衛士の溜まり場に寝かせられているそうだ。
その中には、かなり酷い重傷の者もいる。何処かから呼ばれたと思しき、薬師(は居ない筈なので、正確には準薬師だろう)から「今夜が峠ですね」と言われている者もいる。
治癒魔法使いが居ないとなると、前世でいうところの医師はこの世界には居ないので、ちょっと体の構造に詳しい者が医師を名乗ったり、薬師がその役割を担っていたりするのだ。
この町の場合は後者だったのだろう。
フロリアは夜まで待つと、領主館に忍び込み、さらに衛士が寝かされているあたりに潜入する。既にねずみ型ロボットによって邸内の詳細な地図は分かっているし、探知魔法で人がいる場所もわかっている。
怪我人、特に重傷者数名が寝かされている場所には不寝番で世話を焼く衛士仲間やメイドもいたが、フロリアは久々にザントマンを呼び出して眠らせる。
いきなり完治させると問題になりそうなので、とりあえずは峠を越せる程度の効き目で、ただし後々じわじわと治っていくように治癒魔法を掛ける。これは本人はそうとは思っていないが超絶レベルに難しい治癒魔法で、いっその事、一気に治すように掛ける方がずっと簡単なのであった。
その後で、看病している人たちが自然に目覚めて、寝落ちしていたという自覚すらほとんど与えないようにザントマンに微妙な調整をしてもらったのだった。
そして、町を出ていきながら、こんなことをしても自分がすでに殺人者だという点は変えられないのだと、フロリアは思っていた。
ゾルターンにとどめをさしたことも事実だが、それ以上にねずみ型ロボットの攻撃で、ゾルターンの盾代わりにされたフーベルトも死亡していたのだった。ねずみ型ロボットはどういう心境なのか(そもそも心は無い筈だが)、それをフロリアに報告していなかったが、フロリア自身はフーベルトの死もしっかりと把握していた。
***
チェルニー子爵家の若き家宰スタニスワフが、元からいた家臣たちに拘束をされた直接の理由は、御家に災いをもたらす予言をお抱え魔法使いから受けながら、それに対処するどころか、私欲から内密にさせようとしていた、不作為の罪であるとされた。
だが、それだけでは中央の法衣貴族の身内であるスタニスワフに重い処分を下すには弱い。それが分かっていた家臣たちは、家宰が行動の自由を奪われると同時に、以前から準備していた通りに、各自分担してスタニスワフの仕事の内容を精査した。
そして、目星をつけていたように、スタニスワフが御家の金銭を誤魔化していた証拠を発見した。その証拠を現当主に突きつけ、スタニスワフを盲信していた当主の目を覚まさせた。
そうなれば、次はスタニスワフに真実の水晶で横領の罪を認めさせることで、これは難なく完了。もうスタニスワフに逃げ場はなくなった。
スタニスワフに対する断罪は速やかに、しかし密やかに行われた。それでも罪状が確定する頃には、スタニスワフが家宰の地位を得てから「自分のスタッフ」欲しさに呼び寄せた昔の仲間や、いつの間にやら潜り込んでいた昔の知り合いやらといった連中は蜘蛛の子を散らすように逃げて仕舞っていた。
これでスタニスワフを斬首にでもできる状況になったのだが、老家臣達は子爵にそこまで厳しい措置は求めなかった。
それよりは、スタニスワフの実家に連絡を取ると、息子の悪行の内容を伝え、さらにその証拠をガッチリと握っているということを匂わせた。
スタニスワフの実家は、チェルニー子爵家が蒙った損害額を素早く割り出し、その数倍近い賠償金を密かに支払った。
これで金銭的被害をカバー出来た老家臣たちは、現当主に対し、もっともらしい顔で寛恕の心の重要性を説いて、スタニスワフは自領から追放、実家からの迎えに引き渡すことで決着させた。
老家臣達にとっては、失った権力を奪還し、金銭的損害はカバーでき、さらに首都の大貴族家に貸しまで作ることができたので大満足であった。
これ以上、小娘の魔法使いのような将来の災いの種など欲しくもなかったのだった。
なお、スタニスワフは、首都への帰路の途上、"急病"に掛かり敢え無く最後を遂げてしまったのだったが、老家臣にとってはもはやどうでも良いことなのであった。
いつも読んでくださってありがとうございます。
今回で道草は終わり、いよいよキーフルに!




