第183話 戦端
スタニスワフが、老家臣達から弾劾された罪状は、領都に危難が迫っているのを把握しているにも係わらず、家宰として必要な措置を行わなかった職務怠慢、不作為の罪によるものであった。
従って、この家宰の罪を追求するのと同時に、迫っている危難に対して速やかに手を打つ必要があるのは言うまでもない。
それにしては、家宰憎しで頭が一杯になっていたので初動が遅れたが、ようやく老臣達は衛士隊長に指示を出し、衛士隊長は、ただちに非番の衛士まで呼び出して、市中を警らする衛士の数を通常の2倍に増やし、さらにカシュバルの予知夢に出てきた町に災厄をもたらす人間について、「そういえば、昨日捕らえた気の触れた浮浪者が何か言っていたな」と衛士の1人が思い出し、ようやくフロリアという魔法使いの存在がチェルニー子爵家首脳陣に把握された。
早速、冒険者ギルド出向いて、その少女の動向について調査することとした。
もし暴力的な性向を持つ魔法使いであった場合、危険が伴うかもということで、直接衛士隊長が向かう事になった。衛士隊長ならば、ギルドマスターとアポイントなしですぐに面会して情報を引き出せるほどの役職者であるということも考慮された。
領主館の正門を慌ただしく出ていく数名の衛士の勢いに、ギルドの使いの職員は跳ね飛ばされないように慌てて脇に飛び退く。
自分の要件に関わりのある衛士達の出動であったが、それを知らされることもなく、ギルドの使いは「なんか、騒がしい日だなあ」と思いながら、更に待機し続けたのだった。
ギルドを訪問し、受付嬢にギルドマスターへの面会を申し込んでいると、ちょうどギルドの建物に入ってきた冒険者が声高に銀髪の少女について噂をしていた。
「4つの魂」の連中である。彼らにしてみれば、内密に、と言われたのは娘を捉えるまでの間のことで、すでに身柄を確保したのだから、いつまでも機密保持をしている必要を感じなかったのだ(おかげで、「4つの魂」の面々は、この後長い間、受付嬢から冷たい眼で見られることとなった)。
「ほう。その少女を既に確保していると? それは領主館で詳しく取り調べたいですな。そもそも、我らが家宰様の依頼によるものなのでしょう。家宰様の代わりに身柄を受け取って、領主館まで護衛しようではないですか」
冒険者ギルドは国際的な組織で、建前上は各国とは対等な関係で、各支部もその所在地を支配する領地貴族とは対等であるべきである。
だが現実的には、貴族側の方がギルドよりも立場が上であるケースが多い。
明確な理由もなしに、ギルドの構成員を貴族側に引き渡すことに対しては慎重になるべきであったが、元来がフロリア確保は貴族側の依頼によるものであったし、事情を聞きたいだけで特に犯罪者扱いしている訳でも無かった、ということでギルドマスターは悩んだ挙げ句、フロリアの引き渡しに同意した。
ただし、ギルドマスターは領主館には自分も同行すると主張した。
どうも衛士隊長の主張に不審な点があり、何かを隠しているように感じられたのだ。
実際に、家宰が一種のクーデターによって、古くからの家臣たちに押し込められて問責を受けている最中だということを衛士隊長は隠していた。
そのちょっとした態度の違いを敏感に感じ取るあたりは、ギルドマスターも只者では無かった。
***
「なにやら、どんどん面倒な方向に来ているのではないか。また貴族とやらに係わるのか?」
トパーズが囁いてくる。
ギルドの2階から、今度は領主館にいくように命じられ、物々しい捕り物の装備をした衛士数名に前後は挟まれて、移動を開始した。ギルドマスターが隣に居るものの、まるで捕縛されて連行される犯人のようで、周囲の市民たちは道の両側に逸れて、こちらを見ながらヒソヒソ話をしている。
「うん。でも、午前中一杯かけてギルドに居たのは、自分が変な疑いを掛けられてないことを確かめる為だったのに、ここで逃げちゃったら、それが原因で疑いを掛けられちゃうかも」
だが面倒なことには変わりない。どうも身寄りや後ろ盾の無い魔法使いというのは果てしなく面倒が降り掛かってくるものらしい。
「! ……フロリア!」
「うん。私もわかった」
フロリアは常時発動させている探知魔法に、殺意の波動を感じて、思わず立ち止まった。
「小娘! さっさと早くあるけ!!」
後ろの衛士が刺股の石突きでフロリアの背中を小突く。軽く小突いただけなのだが、小柄なフロリアは思わずよろけ、慌てたギルドマスターが転ばないように体を押さえた。
そして
「おい! この娘は何かの罪を犯した訳でもなんでも無い! その態度は何だ!」
と怒鳴る。
衛士はむっとした表情になったが、犯罪者では無いし、まだ容疑者ですら無いのは確かである。さすがにやりすぎたかと思ったのか、それ以上は何も言わずに横を向く。
「フロリア。覚えのある魔力の波動だ。確か、以前に片腕を落としてやった奴だな。先手必勝だぞ」
「うん。でも、町中で戦闘は避けないと……。あ、そうだ。ネズミたちにお願いするよ。それと、この人は私がやるから、トパーズは手を出さないでね」
「分かっている。ま、あの変な形の槍の頭の方を使おうとしていたら、今頃、あの男の首は胴体と生き別れになっていたがな」
フロリアは、収納に仕舞っていたねずみ型ロボットたちを出す。ただし、自分の直ぐ傍に出すと目立つので、少し離れた路地の影に出す。
ベルクヴェルク基地でつくらせた魔導書の遠隔地に魔法やスキルの効果を届ける魔法陣を使えば、1キロ近くも離れた場所に収納スキルの取り出し口を設定できるようになった。それで、色々と練習しているうちに、現在では魔導書の魔法陣を使わずとも10数メートル程度であれば、離れた場所でモノの出し入れが可能になっていたのだ。
ネズミたちには通信魔法で、ひと目につかないようにフロリアに敵意を向ける魔法使いの元に向かうように命じる。
「おまかせ下さい。フロリア様」
ネズミたちは魔力感知も可能なので、すぐにフロリアも感じている魔力の主を感知して移動開始する。
「あとは」
フロリアは後を振り返ることもなく、先程小突いた衛士の鼻先にスパイスの爆弾を破裂される。ごく微量であるが。
たちまち衛士はクシャミが止まらなくなり、眼に涙を浮かべる。
「どうした?」
前を行く衛士隊長は振り返り、その衛士をたしなめるが、まともに返答も出来ない状態になっている。
「まさか、お前。なにかしたのでは無いだろうな?」
フロリアを怖い目で睨むが、「何もしていません。それとも、証拠でもあるのですか?」と答える。
***
フロリアが、以前に戦った片腕の男の魔力を感知していたように、ゾルターンの側もフロリアの魔力を感知していて、現在、大きな通りを町の奥に向かって移動しているのを追跡していた。
ホルガーを先行して町に潜入させて、自分は近隣の農家に滞在(もちろん、無理やり)していたゾルターンであるが、そのホルガーからはフロリアを見かけたが見失ったという報告が来ていた。
時間的にみて既にこのチュルクは発っているだろうと思っていたゾルターンは狂喜した。これでおもったよりも早く片腕の借りを返すことができそうである。
そして、迎えにくるように時間を指定してチュルクの大門についたゾルターンであったが、ホルガーの姿は見えない。昨夜のうちにギルドの職員に確保されていたのだったが、そのことはゾルターンには判らず、仕方ないので、フーベルトを道案内にまずは冒険者ギルドの支部に向かうところであったのだ。
忘れもしない、あの小娘の特有の魔力の波動を感じ、ゾルターンの気力は燃え上がるようであった。いつまでも小娘の混沌魔法の影響が抜けず、かつてほどの魔力量を貯めることが出来ず、片腕を失った為に普通の戦闘にも支障がある。
今のゾルターンは普段のせいぜい半分以下の力しか無いのは、彼自身、分かっていたが、だからといってこの屈辱を忘れることなど出来ない。
ゾルターンは、懐から時間制限で魔力の限界量を増大させるという触れ込みのポーションを出すと一気に呑んだ。
増大させる代わりに異常な興奮状態に陥って正常な判断ができなくなる可能性がある。なので、冷静にターゲットをしとめることを重視していたゾルターンはこれまで使ったことはなかったが、片腕だけではなくいつまでも魔力の水準が元に戻らない為、やむを得ず使用したのだ。
「む?」
早速、効果が出たのか、ゾルターンは何か小さな群れが急速に迫ってくるのを感知した。
いつも読んでくださってありがとうございます。




