第182話 ギルドマスターの悩み
さて、いつまでも家宰からの連絡が無いとなると困ったことになったと言わざるを得ない。
何の理由もなしに、何時間も眼の前の少女をギルドに待たせている訳で、これ以上はあまり待たせておくというのも無理がある。
この娘が魔法使い、それも相当に腕利きの魔法使いで無かったのであれば、領主館の事態がはっきりするまでの間、待たせておいても問題は無い。どうせ、小娘ひとりぐらい、2日でも3日でも放置しておけば良い。
酷い話だが、十把一絡げの見習い冒険者などどこに行ってもそんな扱いである。それをくぐり抜けて、徐々に一人前の冒険者に成長していくのだ。
だが、この娘はそうはいかない。
伝わってくる不確かな情報だけでも、相当に上位の魔法使いであることが判る。いくら魔法使いに年齢は関係ないとは言っても、この少女がそうだとは信じられない部分もあるのだが、子爵家の家宰も内密に自分の懐に取り込みたいと考える程である。
腕利きの魔法使いが1人居れば、どれほどの利益をもたらすことだろうか。困難な、ということは巨額の依頼料の依頼が指名で舞い込んでくれば、その都度、ギルドの手数料も膨れ上がる、魔法使い目当てでそれなりに使えるパーティがたくさん近隣の町から移ってくる、すると今度はそのパーティ目当てで若い冒険者が集まってきて、ギルドが活気にあふれてくる。
このチェルニー子爵領のような小さな領地では、現在は攻撃魔法使いは1人もいない。昨年までどうにか魔法使いを名乗れる程度の中年の冒険者がいたが、そんな程度でも他の町の上り調子のパーティから誘われて移住してしまったのだ。
ギルドマスターとしては何とか、この少女をこの町にとどめておいて永く活動してほしい。もちろん、バルトーク領などに返すつもりも無い。
なので、いきなりずっと放置しておいて、へそを曲げられても困る。
「あー、そのなんだ、長く待たせて悪かったな」
「どういったご要件ですか?」
少女は割りとしっかりとした口調で問うてきた。どうやら子供っぽい外見ほどには中身は幼くはなく、それなりに年長者と話をした経験がありそうだ。
それにしても、可愛い顔立ちをしている。これなら、成人を待つまでもなく、魔法使いという点を抜きしても、男たちの間で取り合いになっても不思議はない。
「要件という訳では無いのだがな、いくつかお前さんに問いただしたいことがあるのだ」
いきなり領主館からの呼び出しだ、などというと警戒される。家宰の名前を出すのは実際に家宰が来てからで良い。
ギルドとして問いただしたいことがあるのは事実である。
「あー、君は少し前にバルトーク家で依頼を受けたのかね? 大きな金額が振り込まれているようだが?」
「はい」
フロリアは少し悩んでから答えた。自分の口座の履歴を見られる立場の人間が相手では隠せないし、別に犯罪を働いた訳ではないので隠す必要もない。
「ふむ。差し支えなければどんな依頼であったのか、教えてもらおうか」
「差し支えます。冒険者は依頼人の秘密は守るのが規則です。違法な依頼では無かったことは、バルトニアの冒険者ギルドが確認して振り込みを受けています。
合法でも、他の町のギルドにも周知すべき事案なら、バルトニアから知らせが来ている筈です。
それがないということは、依頼の秘密が優先される筈です。まずはバルトーク伯爵様の許可を見せて下さい」
まったくその通りなので、ギルドマスターは返す言葉もない。
わざとらしく、大きな声で笑うと、
「いや、君はしっかりしているな。よろしい、よろしい。その心根があれば、冒険者として独り立ちしてやっていけるぞ」
そして大きくうなずいた。
「だが、単独で活動しているようなのは誉められないな。どうだ。腕利きで信頼できるパーティを紹介するから、しばらくそこで厄介になって冒険者としての経験を積むというのは?」
町に不在であったので、すぐに引き合わせることは出来ないが、この町には「乙女の誓い」という女性だけのパーティがある。女性だけだが浮ついたところがなく、物堅い活動をしていて、ギルドマスターも信頼している。リーダーは20代なかばぐらいだが、メンバーの中にはまだ成人したての剣士も居る。
「見ての通り、私はまだ未成年ですが? 私をメンバーに入れると、そのパーティは討伐依頼や護衛依頼が受けられなくなります」
「あ、ああ、それはとりあえずは見習いという形でな。君のような魔法使いが加入するのであれば、色々とかわいがってくれる。
あ、いや。君が魔法使いだということはすでにわかっているのだ。実はバルトーク伯爵家の依頼内容はある程度は流れてきていてな。かなり優秀な魔法使いのようではないか。 君のような将来有望な若者には、ギルドの方でも様々な便宜を図ろうと考えている」
「私は、この町は旅の途中でたまたま立ち寄っただけです。ここに腰を落ち着けるつもりはありません」
「ふむ。どこか、目的地はあるのかね」
それを答える必要はない、と返されるかと思ったが、この少女は素直に
「首都のキーフルに人を訪ねていく用事があります。魔法のお師匠様の昔の知り合いなのです」
と答えた。
「おお、それは魔法の修行をするということかね。それは感心だが、錬金術師はそうした師弟関係は多いが、冒険者になるような魔法使いはそれぞれ独自に技を極めるものがほとんどだ。
この町で、自分で攻撃魔法を磨いていくと言うのは悪くない選択肢だと思うのだがな」
フロリアは自分が不思議と攻撃魔法が使えないということを言うつもりは無かった。出来るだけ手の内を明かさないのは冒険者の心得であるし、そもそも普通の攻撃魔法よりも遥かに攻撃力の大きな手段をいくつも持っている。
「私はどちらかというと、錬金術師系統の魔法使いです。多少付与系以外の魔法も使えるので冒険者登録をしていますが……」
「そうなのかね」
フロリアはどうやらここに呼ばれたのは、以前のように身に覚えのない罪を擦り付けられた訳ではない、ということが得心出来たので、そろそろお暇することにした。
「あの、それで他に用事が無いようでしたら、もう良いですか?」
あまりしつこく勧誘しても逆効果になりそうだと思ったギルドマスターは、フロリアが帰るのを認めたが、このまま連絡がとれなくなるのも困る。いつ家宰がやってくるかわからないのだ。
「ああ、この町のどこに宿泊するのかはっきりさせておいてほしい。我々がすぐに連絡をとれるようにな」
フロリアは怪訝そうな顔になり、「特に犯罪なんかの容疑を掛けられている訳でなければ、そんな必要は無いと思いますが」と返す。
「それと、この数日は野宿をしていたので、町に宿をとっていません。今日もこのまま町を出て、次の町に行こうと思っているのですが」
「いや、それは困る。町の有力者で君に会いたいという者もいてな。ちょっと忙しくて、時間ができるまで掛かりそうなのだが、それまでは町に滞在してもらわなくては。
宿が無いのであれば、ギルドでおすすめの宿を用意しよう。君のような女性1人だけでも安心して泊まれるし、うむ、特別に宿代はギルドの経費で持たせてもらおうか」
町の有力者? どうやらそれが、自分がずっとギルドで足止めをされている理由らしいと思ったフロリアは、馬鹿らしくなってきた。
だが、その有力者に会わないで、さっさと町を後にした場合、また後を追われるかも知れない。
仕方ないので、たまには普通の宿に宿泊することにしようかと思ったフロリアであったが。
そのタイミングで、執務室のドアがノックされた。
「どうした?」
先程の受付嬢で「町の衛士隊長が数名の部下を連れて訪問してきた」と言った。
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