第181話 待ち惚け
「済まねえがな、お嬢ちゃん。ちょいとギルドマスターがお嬢ちゃんに用事があるんだ。一緒に来てもらうぜ」
冒険者達の1人、「ドラゴンスレイヤーズ」のパーティーリーダーがフロリアに声をかけた。字面だとかなり怪しげで胡散臭いセリフだが、それは元来があまり生まれが良くない上に、普段は少女に話しかける機会など皆無であるので、これでも優しく声を掛けているつもりなのだ。
彼らは家宰のスタニスワフからは、少女は悪事を働いたわけではない、と聞かされているし、その前にギルドマスターからはかなりの戦闘力を持つ魔法使いと思われる、という情報も得ていた。
下手に脅して、魔法でも乱発されたらたまったものではないのだ。
「ギルドマスターですか? ギルドの建物から外に連れて行かれるのはイヤです」
一応、警戒するような応答をする。
「あ、ああ。もちろんそんなことはありませんよ。この建物の2階のギルドマスターの部屋に来てほしいだけなんです」
同行していた受付嬢も物柔らかな口調で付け加える。
「そうですか。それじゃあ、買い取りが終わるまで待って下さい」
そしてずっとカウンターの上に置きっぱなしになっていた薬草の束と、買い取り窓口のおじさんの顔を見る。
「おう、そうだったな。ちょっと待ってろ」
担当者は別に買い取りを拒否しろとは言われていないし、薬草は常に品薄気味である。
「これはちゃんと処理もしてあって状態もいいな。こんなところになるぞ」
と数枚の銅貨を出す。
だいたい自分の見積もりと同じぐらいの金額である。
「ありがとう。また持ってきます」
フロリアはおじさんにニッコリと笑いかけると、大事そうに銅貨を仕舞って、受付嬢の方を向くのだった。
……。
こうしてフロリアはギルドの建物の方に移動するが、いきなりギルドマスターの部屋ではなく、階下の個室の一つに案内されていった。
家宰に引き渡す前にギルドマスターは面談をしたがるだろうが、いきなり発見されたので、その準備をする暇が必要であった。
後に残った冒険者達は少し拍子抜けしてお互いに顔を見合わせた。
「面倒そうな依頼だったのに、えらくあっさり終わったな」
「だが、日当分が初日だけか。3日ぐらい経ってから、来てくれたほうが良かったな」
そんなことを言いながら、それぞれ報酬の使い道を考えるのであった。
***
こうしてギルドの見習い職員が領主館に走って、家宰に報告を持っていったのだが、その報告を家宰がいつまでも受け取ることはなく、従ってギルドの支部までやってくることも無かった。
その時、家宰は古くからの重臣たちから弾劾を受けて、いわば立ち往生の状態になっていたのだった。
理由は領都に治安維持上の危険が迫っている可能性が高いにも係わらず、有効な対策を取るどころか隠蔽しようとした点にある。
朝一番から行政府でもある領主館の離れにある家宰の屋敷に、武装した衛士達が突入して家宰を捕縛。重臣と半分寝ぼけている領主の前に引き出したのであった。
老臣達の影に隠れるようにして、お抱え魔法使いのカシュバルがその様子を覗いている。
それに気がついたスタニスワフは、「カシュバル!! 裏切ったな!」と叫び掛けて、それこそ自分の罪を自白するものに等しいことに気がついて、口ごもる。
カシュバルは、どこか冷笑的な様子で、
「とんでもございません、家宰様。私は家宰様のお言いつけ通りに、大きめの火災が発生してかなりの数の家屋が壊れる、という予知については誰にも報告いたしておりませぬ。
私がご老臣の方々にご報告いたしましたのは、その後で改めて予知夢を見まして、御家(チェルニー子爵家)のお為にも害にも為りかねませぬ何者かが、領都にやってきているということが判明いたしましたので、そのことについてでございます。
私は、御家に係わる予知夢を見た場合には吉夢にせよ、凶夢にせよ、ただちに報告せよ、と言うのは先代様に御家に招かれました際に命ぜられたことにございます故。
そのご報告をしている際に、家宰様のご命令の件について話が及んだのは偶然でございます」
普段はほとんどしゃべらないことから、若い衛士の間では「あの魔法使いの声を知らない」などと言われるほどであったが、ここでのカシュバルは抑揚のない単調な様子ながら、よく喋った。
家宰に対してよほど思うところがあったのであろう。
「しょういうわけじゃ。お館しゃまもごりゃん下さりませ。彼奴めはおのが利益ににゃりそうだと思えば、御家が損害をこうむろうときゃまわぬ、ちょいう態度でごじゃいます。よしょ者の彼奴めに重責を任せたお館しゃまのご期待をうりゃぎるものであり、重大な罪にあたるものですじゃ。
どうかお目を見開いて、彼奴めの本性を見通してくだしゃりませ」
先々代からチェルニー子爵家に仕えてきた老人はここを好機と一気にまくし立てたが歯が抜けていて滑舌が悪く、いまいち何を言っているのか良く分からない。
あまつさえ領主のチェルニー子爵は連日の深酒ですっかりアルコール漬けになった脳みそはまだ目覚めておらず、なぜ自分がこの老人たちからこの場に呼び出されたのかよく分かっていなかった。
だから、スタニスワフがいつもの爽やかな弁舌でまくし立てれば逃れることができたのかも知れない。
しかし、これはスタニスワフだけに限った現象ではないのだが、各地を遊説している経営コンサルタントもどきは相手の弱点を攻めたてあげつらうときには異彩を放つのに対し、一旦自分が守りに入ると、たちまち萎れて仕舞うのであった。
そのため、これまでその頑迷固陋ぶり嗤ってきた老人たちの追求を満足にかわすことも出来ず、真実の水晶による家宰としての仕事の是非を鑑定される羽目に持ち込まれていくのであった。
そんなこんなでいくら待っていても、フロリアの元に家宰が訪れることは無かったのである。
***
ギルドの見習い職員の持っていった報告は、直接家宰に手渡すようにという指示であったので、彼は領主館の入り口で延々と待ちぼうけを喰らう羽目になった。
他の者には絶対に報告を渡すな、という命令であったし、すぐに出てくると聞いていた家宰がいつまでも姿を見せない理由すら、門番に聞いても答えが返ってくることはない。
一旦、ギルドに帰ろうかとも思うが、すでに取次は頼んであるので、家宰と入れ違いになると、相手はこの町のナンバー2なのでちょっと困ることになる。
それで1時間以上も経ってから、見習い職員はようやく機転を効かせて、お屋敷に食べ物を納品しにきた商人の小僧に、短い通信文を書いて冒険者ギルドの窓口に寄って渡してくれ、と小遣い銭を添えて頼む。
ちょうど、その商人の店への帰り道の途中にギルドがあったので、小僧は気軽に引き受けてくれて、今後の指示を仰いだ通信文はギルドに届く。
届いた通信文を読んだ受付嬢とギルドマスターは、しかしフロリアを放すわけにもいかず、「それじゃあ、とりあえず領主館には別のものを走らせて、別命あるまでそのまま家宰様を待て、と伝えろ。あと、娘を私の執務室へよこせ」と指示した。
受付嬢が、フロリアを待たせてある個室を覗くと、フロリアはすっかり暇を持て余して、弁当を遣っているところであった。
小さく可愛らしいデザインの、竹を編んだ弁当箱に俵型のおにぎりとおかずを詰めたもので、陶器製と思しき水筒から小さなグラスにお茶を注いである。
まずはちょっと呆れた受付嬢であったが、でも2時間ちかくもすでに待たせてあることを考えると、まあお腹ぐらい空くのは判らないではない、と思い返した。
魔法使いと聞いていたが、おそらくは収納スキル持ちで、食事も仕舞ってあったのだろう。それにしても、普通の冒険者たちはせいぜい石のように硬いパンを水で胃に流し込むのが外に出た時の食事である。
それを考えると、この娘は日頃からずいぶんと贅沢をしているのだな、と思った。
ほとんど食べ終わっていた弁当の中身を見ていたら、この世界で実現しようと思えばとてつもなくコストが掛かるものだと気がついたことだろう。
「取り込み中を悪いんだけど、ギルドマスターがお呼びです。2階のギルドマスターの部屋に案内します」
フロリアは少し顔を赤らめると、慌てて弁当と水筒などを仕舞って、「ちょっと待ちくたびれたもので」と小さな声で答えた。
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