第180話 窓口へ
とりあえずはねずみ型ロボット達が調査をした結果をお昼に復命してくるまでは待ちの体制になった。
もう一度、亜空間に戻っても良いが、数時間程度で何をする?
これまでは時間を惜しんで、ベルクヴェルク基地で作成した魔道具の使い方の練習はもちろん、新たに基地で得た知見にもとづいて、自分とアシュレイ師匠と共同で作り上げたゴーレムの細かい改良、そしてやはり基地で得た様々な植物(果物や野菜、ハーブ、薬草などなど)の栽培や新しい肥料の研究などを行ってきた。
最近では研究すればするほど課題は増えていく感じである。
基地まで戻って、セバスチャンにちょっと命じればそれで済むようなことまで自分で研究し工夫して自分のものにしていく方を重要視するのは、やはりアシュレイ師匠の教育の賜物か。
いずれのテーマもおそらくは納得のいく結果を得るには最低数年、もしかして数十年は平気でかかる。そしてまだまだ基地には多くのテーマが眠っていて、フロリアの寿命が尽きるまで研究し続けても、この巨大過ぎる山をどれほど踏破できることか。
フロリアは、「今はまだ自分の年齢、外見、そして知識では足元を見られるだけだろうが、魔法や錬金術の研究に生涯を捧げているような人達、研究機関と共同で研究ができるようになりたい」と思い始めていた。
どこで探せば、信頼できる研究パートナーに出会えるのだろうか?
だけど、今は研究のことは一旦、横に置いておこう。
今日は天気が良い。
生まれ故郷のヴェスターランド王国では10月後半となると、ちょっと肌寒い日も多いのだが、少し南にさがったこのシュタイン大公国ではまだそこまで寒くはない。
午前中の日差しが尖塔の庇の奥まで届き、ぽかぽかと暖かい。
トパーズも影から出てくると、フロリアの横に寝そべってゴロゴロ喉を鳴らしている。
そうして、午前中が終わる頃にねずみ型ロボットたちが帰ってきたが、特に新しい情報は無かった。
昨夜は拘束して、冒険者ギルドの奥の職員用スペースに監禁されたホルガーであったが、少し元気が出てくると別段ギルドの規約に反した行動をとった訳ではなく、監禁は違法で理不尽であると主張しはじめ、ギルドマスターに「お前が国境近くの町で何をしでかしたかは報告を得ている。改めて罰則を与えられたくなかったら、なぜ、銀色の髪の小娘を探していたのかを白状しろ」と決めつけられて、黙ってしまっていた。
ホルガーは探られると痛い腹がある。
護衛依頼を受けた商人にたかり行為を働こうとして告発された他に、その銀髪の少女を町の郊外の森の中で襲おうとして反撃された件についても、誘拐を疑われ鑑定水晶による尋問を受けている。
あの尋問自体はうまく誤魔化したが、改めて「銀髪の少女を誘拐しようとしたかも知れない」という情報が国境近くの町から、このチュルクのギルドにもたらされた場合、関連性を疑われて、尋問が拷問になるやも知れぬ。
ホルガーは、冒険者ギルド側がどういう腹積もりで、銀髪の髪の少女について、こうして神経質になっているのか知りたかったが、尋問を受ける側が逆質問しても答えが返ってくる訳が無かった。
そして、それは盗み聞きしているねずみ型ロボットにとっても、主人が一番知りたい情報を喋ってくれない、ということでもあった。
あと、ねずみ型ロボットが拾ってきた中で注目する情報としては、冒険者ギルドのギルド側職員の他に何人かの冒険者がフロリアについて、探っているようであったと言うことだ。
こちらはギルド側とは話がついている様子で、むしろギルドの窓口の職員らが協力しているほどだという。彼らは町の宿屋ではなく、未成年の見習い冒険者に最近、銀髪の見慣れない少女の冒険者が薬草を納品したと聞くが、どの辺で採取しているのか見たことはないか? と尋ねているのだ。
そして見たことがない、という返答を貰うと、自分たちがその少女を探していたということは絶対に内緒にしてくれ、と幾ばくかの小遣い銭を渡しているのだという。
「うーん。今朝から聞き込みをしている冒険者って、なんだろう。ギルドが協力しているって、むしろギルドの指示で動いているのかな。
知りたいことをペラペラ喋ってくれる便利な敵って、やっぱりお兄ちゃんが見ていたアニメの中にしか居ないなあ」
フロリアの独り言に、トパーズが顔を上げる。
「いっそ、こちらから撒き餌をすれば良かろう。収納にある薬草を少しばかり納品に行ってはどうだ?」
「顔を見せて、相手の反応を引き出すの?」
「そうだ。ここから立ち去るのは簡単だが、ギルドと言うのは連絡網がかなりしっかりしておるのだろう。そうなると、この先どこの町に行ってもフロリアの人相書が出回っていて、ギルドに顔を出す度に騒ぎになる、という可能性もある。騒動になるならなるで、ここで事情をはっきりさせて置くほうが後々、楽になるぞ」
トパーズは20数年前、アシュレイが冒険者パーティを組んでいた当時にパーティリーダーのアド(現アダルヘルム王)が言っていた言葉を思い出して、そう言ってみた。
「それもそうねえ。今回は私は、そんなお尋ね者扱いされなきゃならないようなことはしでかしてないし」
実際には前回のビルネンベルクでも別に何もしでかして無くて、完全な冤罪であったのだが、本人的には今回は前回ほど派手な騒動を起こした訳じゃない、という思いもあった。ただ、面倒くさい伯爵家がフロリアを取り込もうと画策するので、さっさと逃げただけで、その伯爵家も諦めたらしく未払いであった報酬を口座に支払っていたではないか。
マレクのことは気になるけど、大門でかち合ってしまったときの風体を考えると、伯爵家から命じられた追手という訳でも無さそう。
「うん。そうしよう」
フロリアは決断して、ネズミ型ロボット達を収納した。
そして、尖塔から降りる。
まずは尖塔を回って、町の外側を向いた面に移動する。それで町の中に居る市民たちは頭を空に向けて尖塔を見ることがあっても、フロリアの姿は尖塔の張りだしの影になっていて見えない。
町の外には、ちょうど町を出ていく荷馬車の交易隊や徒歩の行商人が何人か見えるだけで、町に入ろうとする(つまりは外から町を見ている)者は居なかった。
フロリアは蔓草を尖塔の出っ張りに絡ませると反対側を下に垂らして、スルスルと降りていった。
高所にも慣れたもので危なげない。もちろん、眼には映らないが防御魔法の盾を足下に出して足場代わりにもしている。
城壁の上に一旦降りると、そのまま城壁を移動して門から距離を取る。城壁の上は通路になっていて、その両側をフロリアの胸の高さぐらいの石の手すりになっているので少し頭を下げれば、気づかれない。
門番の眼からは見えない位置まで来ると、今度は城壁の手すりを乗り越えて、地面に飛び降りる。
ベルクヴェルク基地謹製の魔道具でもある短靴のおかげでやはり魔力のクッションが効いていて、5メートルはある城壁なのだが、なんとも無い。
町の内部に降りたほうが入城税が掛からないのだが、ひと目につく可能性がずっと高くなるので、外に降りたのだった。
そして、外壁を回って大門に戻って入城。
大門の門番は、家宰のスタニスワフから特にフロリアについての警告を受けていなかったのでそのまま通した。このあたりが、衛士隊を始めとする主家には内密で動こうとしている家宰の限界なのだろう。
フロリアは、大門を入ってギルドの買い取り窓口に向かいながら、緊張してきたのを感じた。そして、トパーズに自分に変化して貰えば良かったのだと気がつく。
でも、今さらどこかひと目の無いところで入れ替わるのも難しいし、このまま進むしかない。
当たり前にギルドの買い取り窓口に行って、時間的に午前中から他の冒険者は並んでいなかったので、すぐに窓口に立つことが出来た。
「あの、薬草の買い取りをお願いしたいんですが」
そう言いながら、適当な量の薬草を出す。
フロリアのことは出来るだけ内密に、と言われていたギルマス達であったが、さすがに買い取り窓口に訪れる可能性は考えていたので、そこには声を掛けていた。
どのギルドでも買取額で揉めることが多い買取カウンターには強面の元ハンターのおじさんを配置していることが多い。
そのおじさんが、フロリアの顔を見ても、表情は平然といつも通りでありながら、「嬢ちゃん。少し待っていてもらうぞ」という声にはごく僅かな緊張が感じられた。
フロリアも緊張するが、ここで止められるのは想定済み。
また、以前のように身に覚えのない嫌疑を掛けられたら、さっさと逃げるだけだ、今の自分はあの時よりさらに戦力アップしているので、ギルドの職員ぐらい振り切るのは簡単なのだ。そう自分に言い聞かせている内に、数名の冒険者と通常窓口の受付嬢がやってきた。
冒険者たちは「ドラゴンスレイヤーズ」と「4つの魂」の面々である。あさイチで聞き込みの役割分担を決める為に一旦ギルドに集まったところに、「フロリアがやってきた」といわれて、買い取り窓口に飛んできたのだ。
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