第179話 依頼の中身
チェルニー子爵家の家宰スタニスワフ(本人はマスクを被ってやってきたが、バレバレである)は、冒険者パーティの「ドラゴンスレイヤーズ」と「4つの魂」に依頼内容を説明したが、あらかじめギルドマスターが予想していた通りであった。
報酬は、一日に各パーティに3銀銭、大きな手がかりを見つけた場合にはそれとは別に1銀貨から5銀貨まで。
本人の確保に成功した場合には1金銭を支払うということで双方合意した。
なお、この世界の貨幣制度は、商業ギルドを国際的な組織である自由都市連合が牛耳っていることもあり、どの国でもだいたい統一されている。
もちろん多少の地域差はあるが、基本的に海外では日本円で支払いは出来ない、という世界の常識からすると意外である。
その御蔭でフロリアの放浪もやりやすくなっている。
今回の依頼では口止め料込とは言え町中限定の人探しで、1パーティに3銀銭(3万円程度)、手がかりの報酬が1銀貨(10万円)から5銀貨(50万円)で、本人の確保が1金銭(100万円)と破格の依頼になっている。
「それだけ、重要な任務である。各自、精励してもらいたい」
「そのお嬢ちゃんは何か悪事でも働いたのですかい、旦那? そんなことができそうな年じゃ無さそうだが」
「悪事ではない。だから、捕獲しても乱暴な取り扱いはせずにすぐに私に連絡をするのだ」
こうして簡単な指示を出すと、スタニスワフは静かに領主館に戻っていった。
「ま、銀髪のお嬢ちゃんも、夜は寝てるだろうて。明日のあさイチから調べりゃ良かろう」
報酬額を聞いて、単純にやる気が出てきた冒険者たちだが、夜中に騒いでもあまり効果がないということぐらいは理解していた。
それで明日は夜明けとともにお互いに捜索開始することを決めると解散――しようとしたところで、「ドラゴンスレイヤーズ」のリーダーが待ったを掛ける。
「ギルマス。ホルガーの野郎をなんか理由をつけてふん縛るって訳にはいかねえかな。あれが変な騒ぎ方をして、俺らが宿屋を聞き込みするときに邪魔になったらたまらん。それに噂が広まって、おえらいさんにこっちが秘密厳守を破ったと勘ぐられると大迷惑だ」
「そうだな。とっ捕まえておくか」
「あいつのことだ。聞き込みのつもりが宿の食堂で引っ掛かって、酒でもかっ喰らってるにちげえねぇ。
ギルドマスターは、まだ残っているギルドの職員に、「そこいらの宿屋を調べて、ホルガーを引っ張ってこい。俺が折り入って聞きてぇ事があるって言え」と命じ、職員は2人1組で飛び出していった。
「さて、結構な報酬額を言い出したが、あのもやし貴族のヤツ、どこまで支払うつもりかな」
冒険者たちは、前もってのギルマスの訓示に拘わらず、すっかり報酬額を全てもらえるつもりになっているが、ギルマスはどこまで支払われるものか、相当に懐疑的であった。
「仮に成果を上げても、どうせなにか屁理屈をつけて、ケチることだろうな。もしここでケチらずに金をばら撒ける器量の持ち主なら、却って油断ならない相手ってことになるのだがな」
***
翌朝。
尖塔の頂上の近くにある窪みは、地面からではよほど気をつけて注視しないと足場が視界を遮って、フロリアの姿を見ることはできない。
そして尖塔の中などというところを見ようとする人間は居ない。
なので、フロリアは特に見つかることを気にせずにすんなりと亜空間から外に出る。既にニャン丸は帰ってきていて、屋根の急勾配を物ともせずに寝そべってひなたぼっこをしていたが、フロリアが顔を出すとすぐにやってくる。
「マレクは領主館というところの牢屋の中にいましたにゃ。ベッドも鉄格子は嵌ってるけど窓のある牢屋でしたにゃ」
ということであった。
食事も出ていたし、特に拷問されたような様子もなく(実際、スタニスワフの尋問の際にペラペラと喋ったので、殴る必要はなかったのだ。それに一応はバルトーク伯爵家の騎士と名乗っていたことも、チェルニー子爵家側では考慮した)、大人しく牢の中で寝ていた。
そして、ニャン丸は牢番同士の会話を記録して持ち帰っていた。
"このあんちゃんは、このまんま放っておくのか?"
"ああ、家宰様の命令だ。数日したら解き放つそうだ。バルトーク伯爵家の騎士と名乗っているし、それがまんざらデタラメとも思えねえ。どうせ、放逐されたんだろうが、もしまだなにかの関わりがあったら面倒だ"
"そうか。それじゃ、憂さ晴らしにぶん殴るってのもだめか。"
"やめとけ、やめとけ。家宰様の言う通り、ああいうのには触らないのが一番だ"
それだけ聞けば十分であった。
マレクがこのままでは殺される、というのであれば、フロリアはさんざん悩んだ挙げ句にやっぱり助けようとしていたであろう。
しかし、フロリアが何かのアクションを起こさなくとも、マレクは数日程度で釈放される。その後、バルトーク伯爵領に戻るのか、フロリアを求めて放浪するのか、それはもうフロリアには関係のないことであった。
「じゃあ、ネズミたちが戻ったら町を出ようか」
城壁の大門を挟むように立っている尖塔にいるので、そのまま城外に飛び降りるのが一番簡単であった。
ニャン丸を送還すると、入れ違いぐらいにねずみ型ロボットたちも帰ってくる。
「昨夜、ホルガーが冒険者ギルドの職員に捕縛されました」
「……誰?」
「……数日前にフロリア様をこの町で尾行していた男です」
そうネズミに言われて、そういえばマレクの前にそんなことあったっけ、と思い出した。あれは、国境近くの町でも町の外まで尾けてきた2人組の1人だ。
この町の時にはたまたま見つけたので後をついてきた程度の感触だったので、単純にまいておしまいにしたのだったが……
「フロリア様のことを探して、いろいろな宿屋を聞き込みしていたようです。それをとがめたギルドの職員が拘束したのです」
「……。」
なんでまた?
そのホルガーとかホーガーとかいう男が、フロリアのことを探しているのは、国境近くの町で見失ったと思っていたのに再発見して、諦めきれないという気持ちが涌いたのかも知れない。
それをギルド職員が問題視して、ホルガーを捕らえたことのほうがよほど気になる。
"私ってギルドで要注意人物とかになっているのかな……"
以前にフロリアの名前で作った冒険者登録が冤罪を掛けられて凍結され、冒険者証自体も失くして仕舞う羽目になったときのことを思い出した。
それを再現したくはない。
せっかく、バルトーク伯爵家から1金銭の報酬を得ていたのに、口座に入れっぱなしである。本当はすぐに全額引き出したかったのだが、その時の窓口係のお姉さんが子供がこんな金額を引き出すことに対して不審がって、ギルマスに問い合わせて云々と言い出したので、引き出しを諦めたのだった。
冒険者口座の現金は、遠隔地でも引き出せ、便利で安全、と言われるが、フロリアの見た目と年齢では大金を引き出すのは大変だし、自分の収納にしまっておいたほうがよほど安全であった。
ともあれ、また理不尽な理由でフィオリーナ名義で作った冒険者口座も凍結されてはたまらない。
何が起こっているのか、冒険者ギルドを調べて見よう。
フロリアはねずみ型ロボットに、ギルドに集中して調査をするように命じたのだった。
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