第178話 領都のパーティ
ギルドマスターの説明は、依頼人がまだ依頼内容をはっきりと説明していないこと(人探しというのだから、おそらくはこの銀髪の少女を探せ、という依頼だろうと推測されるが)と、依頼人が領主家の家宰であることを明らかに出来ないので、酷く曖昧なものになった。
冒険者達にわかったのは、かなり筋の悪い依頼だが、お偉いさんの絡みで受けざるを得ない、ということであった。
その代わり、相当な貢献ポイントを約束したし、さらにギルマスからの忠告として、この依頼は冒険者の誇りに掛けて依頼内容はきっちりと行うが、それ以上、無駄に首を突っ込まないことだという言葉があった。
「お偉いさんの内密の依頼ってぇのは得てしてこういうものだが、こっちはこっちで身を守るように立ち回らねえと、責任をおっ被さられることが多い。
いざとなれば、もっと上の連中に"お恐れながら"と訴え出られるようなネタを確保しておくもんだぜ。
それから余計な色気は出すなよ。頼まれた最低限のことだけやって、不要な詮索なんかもするな」
さらに「直接、依頼内容について説明があるまでは確定じゃないが、おそらく依頼内容は、最近このギルドに顔を出すようになった小娘の行方を調べることだろうと思う」と言って、銀髪の少女の話を彼らの耳に入れるようにした。
『ドラゴンスレイヤーズ』の1人が、「ああ、それだったらホルガーがおんなじ娘を探していたな」とつぶやいて、ギルマスが目を剥く。
「それは本当か?!」
「ああ。俺たち、冒険者仲間には隠したがってるみたいだけど、このあたりの安宿の亭主やカミさんに昨日あたり、ずっと聞き込みしていたぜ」
ギルドマスターは、ホルガーとフーベルトが、依頼主の商人に違法スレスレのちょっかいを出して、国境の町で懲罰を受けて追い払われたのは、既にギルド同士の連絡網で知らせが来たので知っていた。
それと、銀髪の少女がどう結びつくのか?
バルトーク伯爵領領都のバルトニアのギルドマスターからも、伯爵家が違法な魔法使いに襲われて領主館で戦闘が発生したという知らせが来ていた。
こちらは詳細不明であるが、伯爵家から少女に多額の現金が支払われている事実となにか関連があるかも知れない。
「もう少し、詳細な情報が欲しいところだが……」
ギルドマスターは、半分以上、自分の憶測にすぎないのだが、と断ってから、2つのパーティメンバーに、この銀髪の少女は魔法使いなのだろうと語った。
バルトーク伯爵家の騒乱に何らかの関わりがあるのは間違いないとして、荒ごとに小娘1人が首を突っ込んで、どうにかなるものじゃねえ。その小娘が魔法使いじゃない限りはな。
そして魔法使いだとすると、今回、お偉いさんがその小娘を追っているのは、どういう意図か……。チェルニー子爵家がバルトーク伯爵家にちょっかいを掛けたとはとても思えない。そんな覇気のある連中ではない。
確かに、あの家宰は陰謀家のようだが、もっと陰湿でせせこましい陰謀がお似合いである。
とりあえずは、日が落ちてから当人が直接、ギルドに来るのでそれに合わせて、またここに集合するように命じた。
「その時には酔っ払っているんじゃねえぞ」
***
フロリアは町中の適当な場所で亜空間に入ってしまったので、その日は日没後にそっと顔を出して、周囲に人がいないを確認してから町中に戻り、今度は探知魔法を張り巡らせて周囲を警戒しつつ、衛士の見回りなどとかち合わないように城壁近くまで行くと、城壁の上にのぼる。
シルフィードの助けを借りると音がするので、ドライアドとノームによって蔓草のロープと城壁に一時的な足場を作ってもらい、そろそろと登る。
城壁の上は、特に見回りはいない。
戦時ならば、警戒すべき場所なのだろうが、今のような平時は無理して町中に潜入する必要もないし(さほど入城規制は厳しくないので、昼間に堂々と大門から入城すれば良い)、壁の上に金目のものもなかったからである。
フロリアは城壁の上を大門方向に進み、その大門を挟むようにして並んで立っている尖塔の一つに登る。
「ここからだと町もよく見える」
フロリアは尖塔のちょっとくぼみになっていて足場がしっかりとある部分の壁面に亜空間への扉を出す。足場の無いところに扉を出して、それを忘れて亜空間から出る時にそのまま出て転落するのはごめんである。
「それじゃあ、町の中の情報収集をお願いね」
フロリアはねずみ型ロボットの群れを出して町中に放つと、彼らが見えなくなってからニャン丸も出して、マレクの動向を特に気をつけて探るように命じる。
同時に出すとニャン丸の狩猟本能をくすぐってしまい碌な事にならないと、フロリアは学習していたのだ。
そして、亜空間の中。
のんびりとお風呂に浸かって、食事をした後、トパーズの寝床に行って大きくしなやかな体の横に寝転んで、毛皮を撫でる。
「ね、トパーズ。マレクさん、"待っていてくれた"とか言っていたけど、あれってどういう意味だったんだろう?」
「さてな? 私に気が触れた人間のことなど分からぬ」
トパーズは生あくびを噛み殺しながら、答えた。
「フロリアの旅の歩みは、途中でここ(亜空間)に籠もったりして、普通の者よりもだいぶゆっくりしておるからな。それを自分が来るのを待っていてくれた、と解釈したのではないか?」
「ふうん。待ち合わせしたわけじゃないんだから、そんなはず無いのにねえ」
「全くだ。待ち合わせをした訳でもないし、よくも出会ったものだ」
「これからどうしたら良いと思う?」
「そんなこと、私が知るか。いつもみたいにまいてしまえば良いのでは?」
「それだとあの人、ずっと私を探して放浪するんじゃ……」
「かも知れぬが、だからどうだというのだ。ずっと、と言ってもあの様子では大して長いことはない。これまで町にある大きな屋敷でぬくぬくと暮らしておった者が、荒野で越冬なぞできるわけもなかろう。
たとえ今回、釈放されても、冬になれば餓死か凍死をして、魔物や野生動物の餌になるか、めでたくアンデッドになるか、そんなところだろう。
お前が気にすることではないわ」
「うん。それは分かっている。わかってるけど」
最初にマレクと関わりができたのはフランチェスカの乗った馬車が暴漢どもに襲われていたときであった。
先輩の騎士がすべて殺され、重傷を負いながらも1人で主君の娘を守り、奮戦していた。
己の怪我を治癒して貰いながらも、その主君の娘の事を気にかけ、我が身を省みる様子もなかった。
あの時の印象が未だにフロリアの脳裏に残っていて、その後の度重なる醜態にもかかわらず、どこかでマレクを気にしているのであった。
別に惚れた積りはない。
マレクが心をいれかえて、バルトニアに戻って、騎士修行を再開してくれればそれが一番、良いのだが……。
「ま、そのためにはもう私は会わないほうが良いよね」
「もともと、そのためもあって、バルトニアとやらをさっさと逃げ出したのだろう?」
「うん。そうね。マレクさんのことは一応、どうなったかだけ明日の朝、報告を聞いたら、あとは放っておこう」
放っておくならば、マレクの居場所や状況すら調べる必要はないのだが、フロリアはどこまで行っても甘い。甘くても、魔法やトパーズのおかげで何とかなってしまうので、心から反省する機会も無くここまできてしまったのだった。
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