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少女と黒豹の異世界放浪記  作者: 小太郎
第9章 チュルクにて
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第175話 チュルク

 マレクがチェルニー子爵領の領都チュルクにたどり着いたのはヴァルターランド暦557年の10月後半であった。

 シュタイン大公国はヴェスターランド王国に比べると南方の国であるが、それでもスラビア王国やチュニス連合王国などの国々に比べると寒い地方にある。

 地球の言い方であれば高緯度の国ということになるのだが、キチンとした世界地図も無いので、緯度経度という概念も無かった(古代文明時代にはあったのだが失伝している。その後に生まれた転生人達の中にはそうした知識を伝えた者はいなかったのだ)。


 マレクが出奔したのは、9月末頃であるのに隣の領地に行くまでに1ヶ月というのは完全に足が遅すぎるのであった。

 追手の目を気にして、街道を外れて、昼間は隠れて過ごして夜に歩き、途中で道に迷ったりしていた為にこれだけの時間を費やしてしまったのだった。

 堂々と追跡ができるミクラーシュは既に首都キーフル近くまで歩を進めていることを考えても、その歩みの遅さがわかろうというものであった。


 しかし、フロリアの方も途中で旅をサボってベルクヴェルク基地で過ごしたりしていたので、結果として同じぐらいの時期に領都チュルクに着いたのであった。

 

 そしてもう一組。

 ホルガーをスパイ役として様子を探らせていたゾルターンは、そのホルガーからの報告でフロリアを発見したとの知らせを受けて、フーベルトを従えて領都チュルクに乗り込んできた。

 

 どちらの組も見る人が眉をひそめるほどのボロを着て、何日も風呂に入っていないもので、煤けているだけではなく、異臭を放っていた。

 この時代の人間は旅行をすれば、基本的に目的地にたどり着いたときには薄汚れているものなのだが、それにしても彼らはひどい状態であった。

 

 ゾルターン一行の方はフーベルトに途中で採取や討伐して得た素材を冒険者ギルドに納品して、ある程度の資金を得ると、それを元に古着屋で割合に新しめの古着を買うと、宿を取り、水を桶に何杯も替えて体を清めたのであった。

 ゾルターンは、今は配下に従えている2人とは別の部屋にしてあり、宿の中で行きあっても互いに他人の振りをすることにしていた。

 この町に知り合いの多い彼らの知り合いとなると、好奇心の強い連中に勘ぐられるので鬱陶しいのだ。

 

 魔法使いであるゾルターンは冒険者時代も裏稼業時代も金回りが良く、常に洒落た格好をしていただけに、現在のように他人が袖を通した服を買ってきて着るのは、それだけで屈辱を感じた。

 しかし、これまでのスポンサーの貴族に連絡を取るわけにはいかない。2回続けて襲撃に失敗し、あまつさえ敵方に捕縛されるなど、そのような屈辱を受けて顔を出せる筈もない。

 そもそも、今さらフロリアを捕まえても、もうすぐ皇太子妃になるべく勉強中のフランチェスカとは価値が違いすぎる。

 だが、これまでの雇用主ではなく、他の貴族や後ろ暗い大商人などが相手であれば、若くて使えそうな魔法をいくつか持つ、見栄えの良い娘なら……。次いでに片腕になってしまったが、魔法の能力にはあまり関係ないので、自分も娘の飼い主として売り込もう。


 まだまだ、人生を諦める段階ではないのだ!!


***


「おい、お前。その風体(なり)は何だ?! どこから来たんだ」


 マレクは何も考えずにそのままチュルクの町に入城しようとして門番に咎められる。

 薄汚れた怪しい格好なのはもちろん、入城税の小銭も持ち合わせていない。

 それなのに、当然のように大門を潜ろうとして、門番の態度に豪然と怒鳴り返し、たちまち他の門番も詰め所から手槍や刺股状の道具を手に手に飛び出してきて、マレクを囲む。


「怪しい奴め! 動くな!!」

 

 周囲を囲まれて、自分の身分を明らかにして誤解を解こうとした。ここが、マレクのなんとも間の抜けたところで、今の状態で主家(バルトーク伯爵家)の名前を出せば迷惑が掛かるだけだと気がついていない。

 そればかりか、そもそもバルトーク伯爵家に照会が行っても、マレクのことはもはや身内だとは返答しないであろう。

 

 本来であれば何とか門をくぐる前に、身なりを整えるなり、行商人の一行に混ざるなりしなければならなかったのだが、マレクは子供の頃より騎士一筋を目指して努力してきた……悪く言えば純粋培養されてきて、世間のことをあまり知らない(騎士たるもの、下々の事情なんぞ不要である)まま育ってしまったためにそんなことを思いつきもしなかったのだった。


 そして、大門の騒ぎに門を入ってすぐの広場にいた市民の注目が集まってくる。

 その中に、彼がほんの一瞬も忘れたことのない少女の姿があった。

 変装とまでは言えないが、マレクが知っている服装とはまた変わっていて、瀟洒なマントをしていて、膝丈より少し長めのスカート姿出会ったのだが、見間違える筈もない。


「フィオリーナ!! フィオリーナ、俺だ。マレクだ。よく待っていてくれた!!」


 その少女はぎょっとした表情になる。他の市民たちの注目が集まるのを避けるように、くるりと背を向けると、広場から小走りで逃げていく。


「おい、どこに行くんだ!! 俺だ、マレクだ! 俺のことを説明してくれぇ!!」


 門番と、騒ぎを聞きつけて集まってきた衛士達は目で合図すると、数名がフロリアの後を追いかけ始めた。


 残りはもちろん門を押し入ろうとするマレクを集団で取り押さえに掛かるのであった。

 フロリアを追跡する衛士達は最初は小娘1人ぐらいすぐに捕らえられると思っていたのだが、それほど本気で走っているようには見えなかったのだが意外と足が早く、引き離されていくのに焦りを見せ始めた。


「おーい、その娘を足止めしてくれぇぇ」


 衛士の叫び声に、たまたま通りかかった冒険者がフロリアの前を塞ごうとする。

 これで挟み撃ちだと思った瞬間、その娘は道の脇の建物の屋根に飛び乗った。


「何ぃ!」


 人間とは思えない動きに驚く衛士達。


「慌てるな。あの建物の周囲を囲め。所詮は、小娘1人だ。逃がすものかよ」


 そう言うと味方を集めるために呼子の笛を吹く。ところが応援も含めて大勢の衛士で捜索したが、その小娘は宙にかき消えたかのように消滅してしまったのだった。


***


 衛士隊長から報告を受けたチェルニー子爵家の家宰スタニスワフ・マスリュコヴァは自分に運が向いてきたのを感じた。


「良いか。その男は他の者とは別にして、私のところにつれてこい。私自らが尋問する。それと、男のことは口外するなと皆に伝えろ」


「しかし、捕縛するところを大勢の市民が見ていますが……」


「うぬ。……それならば、単に気の触れた者が騒いでいただけだと言っておけ」


 その男が捕縛されたときには、あの娘は俺の嫁だ。嫁を迎えに来ただけで、俺は怪しい者ではない。由緒あるバルトーク伯爵家の騎士なのだ! と叫んでいたという。


 それを聞いただけなら、確かに女に惑わされて、頭がオカシクなった若者が騒いだようにしか聞こえない。

 しかし、スタニスワフには心当たりがあった。


 彼はこのチェルニー子爵家の家中には仲間は居ない。

 子爵に言上して、かつての自分の仲間を数名、食客として呼び寄せたりしているのだが、彼らとてイマイチ信用しきれない。スタニスワフの威勢がよい間は味方になるだろうが、いざ風向きが変われば一瞬で変心して散ってしまうだろう。かつてのスタニスワフがそうであったように。

 いっその事、一貫して敵対している古くからの家臣の方が、わかりやすい。


 そうした意外に脆い立場にいるスタニスワフにとって、その若い男が追っていたという少女はチェルニー子爵家中での地盤強化、ひいては自分自身が功績を立てて爵位を得るための秘密兵器になりかねない「腹中に飛び込んできた珍しい宝」なのであった。


 スタニスワフはエセ経営コンサルタント時代から、独自の情報網を持っていた。羽振りがある程度良くて、自分が漬け込む余地がある貴族を探すのが主目的であったが、このチェルニー子爵家に職を得てからは、近隣の他家の動向を探るのに使っていた。

 情報網とは言っても、ちょっと怪しげな商売をしている商人や、あまり筋の良くない仕事をしている冒険者などにあちこちの町の噂や酒場で囁かれる与太話などを集めさせている程度のことであった。

 それでも、"情報"というものの価値に無頓着な田舎貴族の間にあっては、スタニスワフは大きなアドバンテージを持って立ち回ることが出来たのだった。

 今回も、バルトーク伯爵家中の騎士を名乗る男が追う、銀髪の少女。すぐに、バルトーク伯爵家を襲った一連の事件で活躍をしたという魔法使いの少女の噂が頭をよぎったのだ。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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